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日本で騎士を目指します!  作者: とど
初等部編
30/93

29話 小さな騎士

「……」

「陣君、どうかしたの?」




 肝試しがスタートしてすぐ、陣君がキョロキョロと辺りを見回して首を傾げていた。



「いや、多分気のせいだ」

「何が?」

「近くで魔力の乱れを感じたような……」

「それって幽霊じゃねえの。だって幽霊って魔力と魂の欠片で出来てるんだろ」

「ややや、やめてよ!」



 恭子ちゃんが恐怖のあまりに藤原君の服を思い切り引っ張り、その所為で藤原君は首が締まったようで「ぐえっ」と悲鳴を上げていた。


 それにしても幽霊か。みーちゃんを思い出して懐かしい気持ちになる。




「とにかく、早く行こうよ。もう怖いの嫌だよ」



 本格的に恭子ちゃんが泣きそうになってきたので、私達は歩くスピードを速めてずんずんと森の中を進んでいった。















「やっぱり、気の所為じゃない」



 半分ほど進んだところで、陣君が足を止める。


 私も薄々違和感を感じ取っていた。魔力の乱れなどは到底把握出来ないが、先ほどから何かがいるような気配を感じていたのだ。最初は後から着いて来る先生かとも思ったが、違う。もっと別の何かだ。それこそ、本当に幽霊かもしれない。



「何だろう、この気配」

「ひなたも分かるか? 人間や動物にしては魔力が大きすぎる。――まさか」



 そんな訳がない、と陣君がぐるりと周囲を一瞥する。その間に暗闇でありながら一瞬何かが光ったのを、私は確かに見た。




「危ない!」



 何が危ないか、自分でも分かっていなかった。だけど最大級の警報が頭の中に鳴り響き、気が付くと藤原君と恭子ちゃんを全力を込めて突き飛ばしてしたのだ。



「うわ、何だ!」

「きゃあっ」



 二人の悲鳴がこだまする。その瞬間、私の体は横から突っ込んできた何かに吹っ飛ばされ、宙に浮いた。唖然とした声で陣君が私の名前を呼んでいるのが聞こえる。


 一度地面に叩き付けられたかと思うと、再び何かに転がされるようにぶつかられた。その時、私はようやく“何か”の正体を目の当たりにすることが出来た。



 暗闇の中に浮かび上がるようにはっきりと姿を現していたのは、魔物だった。




「なっ」



 どうしてこんなところに魔物がいる?


 狼のような魔物に吹っ飛ばされながら、その疑問だけが頭を過ぎる。しかし考えていられたのは僅かな時間だった。突然、転がっていた先の地面がなくなったのだ。



 落ちる。


 崖から体が投げ出され、私の意識は一瞬だけ途切れる。








 次に意識がはっきりとした時には私は崖の下に転がっていた。体の節々が痛いが、擦り傷だけで他には大した怪我もしていない。上を見上げると落ちた場所は思っていたよりも高くなかったようだ。役に立たなかった安全の為に張られていたロープが風でたわんで揺れている。



 そうだ、魔物はどうなった。



 私は気配を探るよりも早く、傍にあった木の枝に飛び上がってぶら下がる。そして大きく体を揺らして体重を掛け、枝を折った。細い枝や葉を足で折って取り除けば、即席武器の完成だ。


 もうその頃には、わざわざ探ることをしなくても嫌な気配が周囲に漂っていた。この可笑しな気配が、陣君の言う魔力なのだろう。背後を取られないように崖を背にしていると、暗闇に一匹の狼が姿を現した。



 無論ただの狼ではない。狼の姿をとっているだけで、正体は魔物である。


 魔物は基本的に姿が固定されていない。魔物の体の大部分は魔力で出来ており変幻自在に形を変えることが出来る。大概は傍に生息していた動物の姿を真似て形を成しているものである、とは授業で習ったことだ。


 魔物と戦ったことなどあるはずがない。そもそも実際にこの目で見たのも初めてである。

 攻撃方法、スピード、何もかも未知数である相手に先手を打つのは危険すぎる。



 私は父様に言われたことを思い出しながら枝を構え、魔物が攻撃を仕掛けてくるのをじっと待った。

 その時はすぐにやってきた。魔物は牙を剥きながら一直線にこちらに向かって走ってくる。私は冷静になれと何度も言い聞かせながらタイミングを計り、牙がこちらに届くよりも前に枝を振るった。


 そこそこ太い枝を選んだおかげだろう、枝は魔物の横っ面にしなるように直撃し一撃で大きく吹っ飛ばした。かなり強い力でぶつかったが、けれど枝が全く折れそうな気配はなかった。



 遠くの木の幹に叩き付けられた魔物はしばし蹲っていたものの、やがて何事もなかったかのようにこちらを威嚇し、唸る。


 恐らく魔力でガードされていたのだろう、先ほどの一撃は殆ど効いていないらしい。


 騎士ともなれば剣で魔物を一刀両断することも可能だが、基本的に魔物相手に一番有効な手段は魔術である。大半が魔力で構成されている魔物は魔術の影響をかなり強く受ける。


 魔術が一切使えない私は何とか自力で倒すか、助けが来るのを待つしか選択肢がない。どちらにしろ長期戦になりそうである。




「ガアァ!」


 耳障りな声を上げた魔物は私に向かってかまいたちを放ってきた。どの程度の魔術ならば無傷でやり過ごすことが出来るのか、最近はもう分かってきている。私はかまいたちを意に介すことなく魔物に突っ込み、再び枝を振り抜いた。


 とにかく攻撃あるのみだ。すぐさま追撃を掛けようとした私は、しかし背後から響いた咆哮にその手を止めて振り返る。



「もう一匹っ!」



 私が開いてをしていた魔物とは違う、もう一匹の狼が私の懐目掛けて突っ込んで来ていた。枝を振るうには距離が近すぎる。


 私は咄嗟に、服の下にあるペンダントを握りしめていた。



「守れ!」



 防御結界展開の魔道具。


 発動させたのは初めてだったもののやはり陣君の作ったものだ、すぐに私を中心に結界が展開され、魔物は私にぶつかる直前に逆方向に跳ね飛ばされる。




「ひなた!」



 私が結界を消して魔物から距離を距離を取っていたその時、ずざざ、という音と共に崖の上から陣君が滑り降りてきた。即座に彼は結界にぶつかった魔物に対して雷の魔術を使ったが、しぶとく元気だった魔物はそれを悠々と躱してしまう。



「陣君、どうしてここに」

「悪い、ひなたを襲った魔物を追い回してたんだが、合流させちまった」



 陣君は私が魔物に襲われたのを見て魔術を使ったのだそうだ。しかしそれは先ほどのように躱され、追いかけているうちに魔物は崖を降りて私の所へ来てしまったのだ。


 私が相手をしていたのは最初の魔物ではなかったらしい。




「二人は?」

「結界を張らせて先生を呼びに行ってもらってる」



 陣君はそう言いながらも、何度も魔物に魔術を当てようとしているが、掠めるだけで中々直撃することがない。枝を構えて警戒していた視界の端でぎり、と食いしばるのが見えだ。




「早いな」

「陣君、私が囮になってあいつらの動きを止める。その隙に魔術を使って」


「そんなの駄目に決まってるだろ」

「じゃあどうするっていうの」



 私がそう畳み掛けると、陣君は黙り込んだ。当たらないのなら、当てられる状況を作り出すだけだ。私ならば魔術に巻き込まれても大丈夫であるし、魔物を倒すには陣君の魔術が必要不可欠だ。



 それに……。


 私は陣君の前に立ち、魔物を見据える。




「桜将軍――騎士と魔術師が共に戦う時は、騎士が守って魔術師が倒す。これが鉄則でしょ」



 私がそう力を込めて言うと、背を向けていたので顔は見えなかったが、確かに少しだけ笑ったようだった。




「頼りない騎士だな。……仕方がない。だけど俺が魔術を使うときは必ず結界を使えよ」

「了解!」



 私達が会話している間にも、勿論魔物は待ってはくれない。


 返事を返しながら私は一匹の魔物を薙ぎ払い、次いで遅れて飛び掛かってきたもう一匹の口に思いきり枝を突っ込んだ。



「ガアッ」



 思ったよりも効いたようで、魔物は気味が悪いうめき声をあげながらのたうち回る。

 しかし枝はしっかりと噛まれており、口から抜こうとしたのだが全く抜ける気配がない。


 私が枝を引き抜こうと苦労していると、復活したもう一匹が先ほどから攻撃している私にターゲットを絞ったようで、牙を剥いて襲いかかる。



 武器は振るえない、ならばどうするか。




「こうする、だけだ!」



 私は咄嗟に思い切り右足を振り、魔物の顎を蹴り上げようとした。しかしやや目測を見誤ったのか、足は顎を通り過ぎて喉元に直撃する。魔物も一矢報いようと私が喉を蹴るのと同時に脛に噛み付いてきた。



「くっ」


 痛いが、喉への蹴りが効いたのかすぐに牙は脛から離れ、魔物はぐったりと地面に伏した。きっとすぐに回復してしまうだろう。だがその前に終わる。



「陣君!」

「分かってる!」



 私の声に殆ど被さるように答えた陣君は、指先をバチバチと放電させて一気に魔力を放出させた。

 私も約束通りに叫んだ。



「守れ!」



 結界と雷が同時に発生する。目の前が圧倒的な光に包まれ、私も目を焼かれぬようにしっかりと視界を塞いだ。







 瞼の向こうで暗闇が戻ったのを感じるとゆっくりと目を開ける。そこには静寂と、木が生い茂る森、そして一本の棒が転がっていた。


 魔物を、倒したのだ。魔物はただの魔力に戻り、空気に解けてしまった。




「やった、ね」



 無意識に感じていたプレッシャーがなくなったことで体の力が抜けてしまった。へなへなとその場に座り込むと、ざくざくと後ろから足音が聞こえてくる。



「大丈夫か」

「うん」



 私に合わせてしゃがみ込んだ陣君と目を合わせる。なんだかほっとしてへらっと笑ってしまう。



 私達はしばらく黙っていたが、どちらからともなく右手を伸ばして拳を合わせた。





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