28話 林間学校とカレー論争
五年生の一大イベントといえば、林間学校である。奇数学年の遠足は毎年山だが、五年生は一泊二日で山でキャンプをするのだ。
とうとうその日ということで、私は朝からずっとテンションが高かった。同じ山でも、キャンプということで一年や三年の時とは比べものにならないくらい楽しみだった。
山に到着するとまずはハイキングから始まり、キャンプ場までたどり着くと次はテント張りと飯盒炊爨である。ここまでは前世でもお目にかかった光景で、懐かしいなあと昔を思い出して回想に耽っていた。
しかし、いざ火を付ける場面になった所で恭子ちゃんの言葉に現実に戻される。
「火の魔術、私がやってもいい?」
「いいけど、恭子に出来るのか?」
「馬鹿にしないでよ! そのくらい出来ますー」
そうなんだよなー、こっちが現実なんだよね。
細い薪を組んで準備を終えると、恭子ちゃんが薪に向かって手を翳す。そうして「燃えろー」と気の抜ける掛け声を出すと、目の前の薪がちりちりと焦げ出した。
この世界の魔術は基本的に声に出さずとも発動するものだ。体内で魔力の種類を調整し、魔力を放出させやすい手に必要な魔力を流してそこから外へ放出する。
けれど人によっては「燃えろ」とか「水よ」など掛け声を出した方が上手く発動する人も結構いるのだ。その方が魔術をイメージしやすいのだとかなんとか。
元々コントロールが得意な藤原君や陣君はあまり声を出して魔術を使うことはないが、恭子ちゃんは苦手ではないにしろ、二人ほど上手くはない。
「もう少し魔力多めで」
「分かった……うわあっ」
陣君のアドバイスを聞いた彼女は更に多く魔力を放出する。
しかし今度は多すぎたのか先ほどまで端を焦がしていただけだった炎が、今度は火柱を作るほど燃え上がってしまったのだ。
思わず魔術を止めて後ろにひっくり返った恭子ちゃんを起こす。
「大丈夫?」
「うん……でもほら、付いたみたいだし成功ってことで」
組んだ薪を見てみると、先ほどの火柱は収まったものの一度全体に燃え広がったので上手く全ての薪に火が付いたようだった。
「……恭子、お前もうちょっと加減覚えろ」
藤原君が呆れたようにため息を吐き、火を安定させる為に風の魔術を発動させた。
その後定番のカレー作りが始まったものの、ルーの辛さについてまたもや争いが勃発し、更にそれはクラス中に広がってしまった。先生よ、わざわざ数種類持ってくるからこうなるのだ。
「甘口とかなんなの!? お子様すぎるよ!」
「あんな辛さが平気とか、お前味覚崩壊してるだろ!」
辛口派と甘口派の熾烈な舌戦が繰り広げられている中、私達のようにどっちでも良い派は、大人しく静まるのを待つばかりである。グループ内で特にこだわりがない子達はせっせとルーを溶かしており、良い匂いが漂って来てお腹が空いてくる。
「お腹空いたー。もうどっちでもいいから早く決めてくれないかなあ」
「ならあの二人をどうにかすればいい」
どうでもよさそうな陣君は、ハイキングで疲れたのか眠そうだ。このままだと鍋も焦げてしまうし、早々に決着をつけてやろうと私は二人の間に立った。
「……ていうか、間を取って中辛でいいじゃん」
「「中途半端は黙ってろ!」」
……なんでそんなにカレーに情熱を燃やしているんだ、この二人は。
結局どうなったのかというと、言い争っていた他のグループの子達も次々と和解してカレー作りを再開した為、気が付いた時には中辛しか残っていなかった。
まあ喧嘩両成敗ということでどちらかが勝つよりも良かっただろう。
「今回はこれで勘弁してやる」
「同じく」
……中辛、美味しいと思うんだけどなあ。煮込みすぎて小さくなったジャガイモを口に入れながら思った。
夕飯を食べ終えると、お次はお待ちかねのキャンプファイヤーだ。ここではクラスごとに出し物をやることになっている。
「まずは一組によるトワリングです」
早速私達の出番である。両手にまだ火の付いていない棒を持って一段高いステージに上がる。棒を持った子が全て立ち位置に着くと両手を上げてスタンバイ。
すると、全員が持つ棒に一斉にぼわっと火が付き、他のクラスの子から歓声が上がった。
火を付けたのは、陣君を始めとしたクラスでも指折りの魔術制御が得意な子達だ。離れた場所から正確に火を付けるのは想像よりもずっと難しいことなのだが、しっかりと全員分成功したようだ。
そこまで制御が得意ではない子やそもそも使えない私は炎が円を描くように回し、練習してきたトワリングの演舞を開始した。
途中で炎が大きくなったり細長く形を変えたり、また風魔術の応用らしいが酸素を送り込んで炎の色を変えるパフォーマンスもあり、とても盛り上がった。
演舞が終わり最後に全員で礼をすると、ふっと全ての炎が消えて割れんばかりの拍手が巻き起こる。うちのクラスは魔術が優秀な人が多いらしく、目立ったミスもなく終えることができた。
次に始まる他のクラスの出し物を見ながら達成感で満たされた体を休める。練習の時は投げた棒を落としてしまったり、魔術が揃わなかったりと失敗ばかりだったが上手くいって本当によかった。
他の出し物で目を引いたのは、三組のシンデレラの劇だった。
シンデレラに扮する女の子に魔法使いが杖を振ると、まるで本当のシンデレラのようにボロボロだった衣装が綺麗なドレスに早変わりしたのである。これには見ていた生徒全員が息を呑んだと言っても過言ではなかった。
「ねえねえ、今の魔術ってどうやったの?」
「修復系統……? でもあんなに上手く行くのか?」
疑問符を頭に浮かべる私達は揃って陣君の方を見る。彼はほぼ同時に自分にぐるりと顔が向けられたことに驚きつつも、少しシンデレラの衣装を眺めて考えていた。
「……多分、だけどいいか」
「うん、むしろ多分でも思いつく時点ですごいよ」
「シンデレラは最初にぼろぼろの衣装を着て、その上から予めあのドレスを着ていたんだと思う。あの光り方から言って魔力がよく流れる素材を使ってるのは間違いないから、透明に見えるように光の魔術を使って上のドレスを見えなくしていたんじゃないか?」
「それで最後に光の魔術を解除したら、あのドレスになるってことか。すげえな」
「あくまで予測だけどな」
さすがにこの世界でも魔術でドレスを、しかもあんな一瞬で作り出すなんてことは出来ない。すごい演出だったと感動しているといつの間にか劇は終わってしまっていた。
しまった、あのシーンに注目しすぎてその後あんまり見てなかった。他の子も同じようにはっと我に返り、慌てて拍手を送っている。
四組の子達は、まばらな拍手に何とも言い難い表情をしていた。
寝る前にもう一つ大事なイベントがある。それは、キャンプファイヤーの行われた広場からキャンプ場までの肝試しであった。
広場へ行く時は先生に先導されて列になって歩いたが、帰りはグループごとに分かれて一組ずつ森の中を進んでいかなければならない。距離は大したこともないのだが、恭子ちゃんはぶるぶると震えて「絶対嫌だ」と頑なに肝試しを拒んでいた。
本来は一組なので最初の方なのだが、先生の頼んで順番を最後にしてもらって、その間に恭子ちゃんを説得することになった。
「何が肝試しよ、馬鹿じゃないの……」
「恭子ちゃんそう言わずにさー、藤原君を盾にしてたら怖くないよ」
「何で俺なんだよ」
「一番体が大きいから」
藤原君の背中に引っ付いていれば目を瞑っていてもどうにかなるだろう。
私がそう言うと、藤原君は「しょうがねえなあ」と恭子ちゃんの手を引いた。
「恭子、目瞑っててもいいからいくぞ。さもないと次の給食のカレーに蜂蜜入れてやる」
「……行く」
しがみ付いていても良いと許可を得たからか、それともカレーの脅しに屈したのかは分からないが、彼女は諦めたかのように藤原君を盾にするように歩き出す。
こうしてようやく、最後の組になって私達は肝試しをスタートすることとなった。




