25話 姫様の恋心
三学期が始まり、姉様達が初等部を卒業するのもあと少しという一月。私と姉様は何故か姫様に呼び出されていた。
「二人とも、忙しい所を呼び出して済まなかった」
「いえ、それはいいのですが……」
学園のとある教室に、姫様と向き合うように私と姉様は座っている。まるで三者面談だというような様相に、一体どんな用事なのだろうと考える。
「実は、な……」
姫様は言うか言わないか悩むようにしばらく言いよどんでいたいたものの、決心がついたのかしっかりと私達を見て、非常に真剣な表情で宣言した。
「黎一のことが好きなんだ!」
「……」
「……」
姫様はそう口にすると、まるで判決を待つ容疑者のように俯いてしまった。
私達姉妹は、姫様の言葉に少しの間沈黙を保った。そうしてどちらともなくお互いを窺うように顔を見合わせる。アイコンタクトを交わした後、姉様がこくりと頷く。
姉様は私の分まで代弁するように「姫様」と呼びかけた。
「あの、知ってました」
「……え?」
姫様が顔を上げる。
「というか多分、親しい人は皆気付いてるんじゃないかと……」
やっぱり姉様も知っていたのである。
姫様の態度は非常に分かりやすい。それこそあまり彼女と頻繁に会うことのない私でもすぐに気付いてしまったのだ。姉様はクラスは違えど姫様の友人だし、それこそいつも一緒にいるクラスメイトなどは一目瞭然だと思う。
生憎、兄様本人が知っているのかは不明だが。
姫様は予想外の事実に打ちのめされてしばし呆然としていたが「……そう、だったのか」と呟き、
「ならば話は早い」
と早々に開き直った。姫様切り替えが素早い。
思えば気付くべきだったのだ。私の姉様が二人して姫様に呼び出される理由など、兄様関連以外にありえないことだと。
「私達はもうすぐ卒業だ。しかし初等科ではずっと同じクラスだった黎一も、中等部に入れば学科が分かれてしまう。私は政治学科だし、黎一は勿論騎士科だ。そうなるともう中々会うことが出来なくてそのまま疎遠になってしまうかもしれない。だから、それまでにどうにか意識してもらいたいのだが……どうすればいいと思う」
指先を弄りながら頬を赤くする姫様は大変美しい。ちょっと兄様め、と思ってしまう。
しかし、姫様はどうして兄様が好きなんだろう。私も言うまでもなく兄様は好きだけど、それは勿論兄としてだ。
「姫様は、兄様のどこが好きなんですか?」
「え……その、誰にでも分け隔てなく優しい所とか、剣は苦手だと言いながらも頑張ってる所とか……後は、笑顔が……と、とにかく! 何か良い案は無いだろうか?」
段々話していて恥ずかしくなってきたのか、誤魔化し気味に話を切って本筋に戻す。
うーん。けど私が見ている限り、今の兄様は姫様をそういう意味で全く意識しているように見えない。それをどうにかするとなれば、もういっそはっきり言うのが早いのでは無いだろうか。というか寧ろ、それしか方法がなさそうな気がする。
そう思っていた時、姉様が「そうだ」と手を合わせる。
「姫様、ここはバレンタインデーにどかんと告白してしまいましょう!」
「こ、告白!?」
「そうです。もうはっきりすっぱり言ってしまった方がいいと思います」
「しかし……」
姉様の言葉に、姫様は動揺を隠しきれずに狼狽えてしまう。
そういえば忘れていたが一か月もすればバレンタインデーである。また沢山作らないとなー。
「……黎名」
「はい」
「とりあえず聞いておきたいのだが……黎一は今、好きな人とかはいるのか?」
「私が見た所ではいないですね。ひなはどう?」
「……正直、兄様に好きな人とかはあり得ないと思います。というか、兄様が恋をしている所が想像つきません」
姉様がある日好きな人が出来たと言っても別に驚くことはないが、兄様がそんなことを言った日には大騒ぎになるだろう。主に私と姉様が。
別にそんなことが起こる日も来るのかもしれないが、今の兄様からは何故か考えられなかった。
「姉様、兄様は姫様の気持ちに気付いてないの? こんなに分かりやすいのに」
うぐ、と姫様が呻く。ごめんなさい、つい思ったままに言ってしまいました。
私の質問に、姉様は難しい顔をして「知らないと思う」と返す。
「……黎一は多分、あまり自分に自信が無いんです。だから姫様がどんなに分かりやすい態度を取っても、それに万が一感付いても、そんなことはあり得ないって思い込んじゃうんだと思います」
姉様が姫様に向かってそう言うと、今度は姫様が眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
「姫様、だからこそ兄様にはっきりと言葉にして伝えないと理解されないってことですよ」
「そうです。黎一のあの性格は、正直言って私でも手に負えません。姫様が本当に黎一に意識してもらいたいのでしたら、やはり告白しかないと私は思います」
「そうか……」
姉妹で畳み掛けるように姫様を説得する。いや本当に面倒くさい兄ですみません。けど兄様を好きならば、ここは絶対に越えなければならない壁である。
沈黙ががらんとした教室を包み込む。私達が大人しく答えを待っていると、顔を上げた姫様はひどくやる気に満ち溢れた表情をしていた。
「分かった、頑張ってみよう!」
ぐ、と拳を握りしめてそう宣言する。
「バレンタインまであと一か月、私はやるぞ!」
姫様が立ち上がり、気合いを入れて大声を上げた。
それからバレンタインの計画を三人で練り、「二人とも、相談に乗ってくれて本当にありがとう!」という姫様の言葉で私達は解散し……。
……とは何故かならなかった。
「ところで、ひなたはそういう相手はいないのか?」
姫様のバレンタインの話が終わってから、何故か話は私の方へとシフトしてしまったのである。
姫様がふとそう切り出すと、姉様も何故かキラキラした目をこちらに向けてきた。
え、なんだこの展開。
「いえ……私は、まだ」
「ひな、陣君は? いつも一緒にいるでしょ」
「いつも一緒っていっても、恭子ちゃんも藤原君もいるし……」
「そうかなあ」
何が言いたいんだ。
意味深な笑みを浮かべる姉様に、私はどうしたものかと悩む。
「陣、というのか不知火の次男か?」
「そうです、ひなとすごく仲が良いんですよ。姫様も知ってますか?」
「長男とはたまに話すが、次男の方は一度見たことがあるだけだ。殆ど知らないな」
そう話す姫様に、姉様は陣君のことを説明し始める。
……姉様は陣君のことを可愛がりすぎだと思う。妬いてしまう。
「……それで、ひなをいじめていた男の子をやっつけてくれたんですって!」
「おお、やるな。ひなたはその子のことをどう思ってるんだ?」
「勿論好きだよね、ひな」
姉様、勝手に答えないで。あと私を置いて盛り上がらないでほしい。
……というか姉様。一年の時のことを言っているのだと思うけど、詳しい内容は知らないよね? 知られてないよね……?
「……別に、陣君はそういう風に好きな訳じゃあ」
「でもこれから、そういう可能性もある訳でしょ!」
姉様はなんでそんなに拘るのか。そりゃあこれからのことなんてちっとも分からないけど、陣君を恋愛的な意味で好きになるっていうのが想像つかない。
というか陣君に限らず私が恋に落ちるのが全然考えもつかなかった。私、兄様似なのかもしれない。
当人を余所に楽しそうに話す二人に、思わず大きくため息を吐いた。
こういう時の盛り上がり様ってすごいよね。なんでも恋愛に絡めたいお年頃なのかもしれないが、少しは当人の話を聞いてもらいたいと思う。
それにしても、陣君かー。
「……なんだよ」
「別にー」
後日、陣君をじいっと見ていると鬱陶しそうな顔をされた。やはりそういう顔をされると慣れていても怖い。
彼を見ていても別段ドキドキすることもない。やっぱり私にはまだ恋は早いと思う。




