24話 兄様と勝負!
「特に制限はない、最初に一撃を入れた方を勝ちとする。準備はいいか」
「はい」
「大丈夫」
とある日曜日、私は兄様と父様と共に庭の修練場に立っていた。
今日の稽古はなんと、兄様との手合せなのである。今までこうした手合せなどしたことは無く、せいぜい父様に向かって打ち込んだくらいだった。だからこそ、今朝突然言い渡された内容に、私は驚くと同時にとてもわくわくしてしまった。
私とは反対に兄様はあまり嬉しくはなさそうである。兄様はいつも姉様と手合せをして、その度に負けてしまっているので好きではないのかもしれない。
私と兄様は防具をつけて距離を開けて向き合う。間には父様がおり、そして少し離れた場所には姉様と母様が見守っている。
姉様には負けている兄様だが、だからといって弱いはずがない。本人は剣が得意ではないと言っているものの、それでも学校での剣術の成績は上の方だ。
私は気付かないうちに緊張していたのか、木刀を握る手に早くも汗を感じた。
「――開始!」
静寂と緊張に包まれた一瞬、父様の声が響き私は即座に足を動かした。
私の戦い方は正直あまり騎士らしくはない。基本的にヒットアンドウェイで相手を翻弄するように素早く動き回るようにしている。いくら鍛えているからといっても私が力で勝てる相手などたかが知れているし、力の代わりに速さは私の長所だと父様に言われているからだ。
私の戦闘スタイルにはもう一つ理由がある。私は出来るだけ相手の攻撃を受けないように、回避優先にする必要があるのだ。何故かというと、私の体が魔術の影響を受けにくいのは当然であるが、それは治療魔術も同じなのである。致命傷を受けても回復する術が私にはないので、出来うる限り相手に付かず離れず距離を保つことが大切なのだ。
先手必勝、と私は兄様に接近し木刀を振るった。だがそれはしっかりと受け止められてしまう。
姉様と手合せをしている兄様を見る限り、彼は相手の動きを見極めてから隙を突くカウンターを得意としている。基本的に防御に重点を置く兄様の戦い方は、私との相性はあまり良くはなく戦い辛い。
鍔迫り合いでは力負けしてしまうので、すぐに剣を弾いて距離を開ける。すると今度は後退する私に合わせて兄様が距離を詰めてきた。急いで体勢を立て直して受け流し、そしてそのまま滑らすようにして中段から横薙ぎに振うが、後ろに飛び退くように回避されてしまった。
そうしてしばらく互いに攻撃を仕掛けて相手の隙を突こうとするが、中々一撃が決まらない。
焦れて攻撃が単調になってしまってきた頃、突如兄様がまっすぐこちらに切っ先を向けて突きを繰り出してきた。
「っと!」
思わぬ攻撃に意表を突かれて一瞬動きが止まってしまったが、なんとか回避することができた。危ない危ない。
しかしそうなると、今度は逆に兄様に攻撃を仕掛けるチャンスが生まれた。兄様は大きくこちらに木刀を突き出しており、手元に戻すまでにタイムラグが生じる。一撃を入れるには十分な隙だった。
私は足をバネのようにして一気に兄様の懐に飛び掛かる。そうして一気に木刀を振り抜こうとして……しかし次の瞬間、兄様の右手が光ったことに気付き動きが鈍った。
「いけっ」
魔術だ。剣の手合せとはいえ、最初に制限は無しと言われていたので魔術を行使することは反則ではない。しかし私に対して魔術を使うということは無意味に等しい。兄様が発動させたのは風の魔術だ。私でなければ至近距離で受ければ吹き飛ばされたかもしれない。
ところが兄様が起こした風は私に向けられずに、そのまま地面に叩き付けるように巻き起こされたのだ。地面が削り取られ、砂が巻き上げられる。その時になってようやく、私は兄様の意図を理解した。
魔術で作られた風は効果が無くとも、それによって巻き上げられた砂は魔術ではない。私は吹き飛ばされることなく、砂に自ら突っ込むような形になってしまったのだ。
そうして思わず目を閉じてしまった。戦いの途中で目を閉じることがどういう結果に繋がるかというのは、当然言うまでもない。
目を開けた瞬間、防具を付けた頭に兄様の木刀がぽん、と当てられるのを感じた。
「僕の勝ちだね、ひなた」
「……負けました」
悔しい。年上の兄様に絶対に勝てるとは思っていなかったものの、しかし必ず負けるとも考えていなかったのだ。魔術が発動する直前までは、ひょっとしたら勝てるかもと期待を抱いていた。
「終了だ」
父様の声に二人揃って最初の位置まで戻り、礼をする。
「ひなた、黎一がわざと作った隙に誘われたな。戦闘スタイルを変えろとは言わないが、お前はもう少し慎重になれ。今のようにすぐに足を掬われるぞ」
「……はい」
「黎一は悪くない動きだった。魔術の使い方も良かったが……何だ最後の攻撃は。妹だからといって手加減するんじゃない、しっかり打ち込め」
「……すみません」
確かに頭に当てられた木刀はちっとも痛くなかったし、軽く小突かれた程度だ。
父様はその後細かい改善点をいくつか指摘した後、怖い顔で無常に私達に宣告する。
「二人とも、反省として外周五十周」
えー!
この手合せをする前に準備運動で既に結構走っている。それに兄様との打ち合いでもかなり消耗したというのに、まだやるのか。
疲れた顔をした兄様と少々不満げな私を見て、父様はぎろりと眼光を更に鋭くした。
「何か文句があるのか」
「「ありません」」
やっぱり稽古中の父様は普段の十倍怖い。こればかりは一生慣れないと思う。
「二人の雄姿、ちゃんと撮っておいたから安心してね」
離れて観戦していた母様の声が聞こえる。一体何に安心すればいいというのか。
「兄様、大丈夫?」
「僕よりひなたの方が大丈夫なの? 手合せの時、あんなに動き回ってたけど」
「まあ、ああいう戦い方だからね」
兄様と一緒に黙々と外周を走るが、段々とペースを落としてきた兄様に思わず声を掛ける。私は回復が早いのか分からないが、さほどに疲れていない。
今更なのだが、兄様はいつからか私のことひなたと呼ぶようになった。ひーちゃん呼びが恥ずかしくなったのかもしれない。どちらでも構わないけど、ちょっと距離が開いたように感じ、当初は少し寂しかった。
「ひなたはすごいな、やっぱり騎士に向いてるんじゃないか?」
「そうだといいけど。……兄様はやっぱり騎士科に行くの?」
兄様は現在小学六年生。もう来年には中等部に進学し、学科に分かれることになる。姉様のことがあったため聞いてみたが、兄様はそうだ、と頷いた。
「黎名は結局経営学科に進むけど、僕は騎士科に進学するよ」
「姉様が当主を継ぐみたいだけど、じゃあ兄様は騎士になるの?」
「……いや、正直僕には騎士は向いてないと思う」
兄様はそう言うと、少し辛そうに息を吐いた。あと二十周だよ。
「黎名と違って、昔から剣の稽古はそんなに好きではなかったし、騎士になりたいと思ったこともなかった」
「でも、騎士科に行くの?」
「他に入りたい学科がある訳でもないし、父様も黎名の手前、僕には絶対に騎士科に入ってもらいたいみたいだから。それに剣は得意ではないけど、戦術とかそういうのを考えるのは好きなんだ。だから騎士科の授業もきっと楽しめると思う」
そういえば兄様、チェスや将棋に関しては姉様よりもずっと得意だ。いつも負けず嫌いの姉様が勝負を仕掛けて返り討ちにあっているのを見かける。ちなみに私はルールも知らない。
騎士になりたくなくても、嫌々騎士科に行くという感じではなくてよかった。そんな風に六年も学校生活を送るのは苦痛でたまらないだろうから。
兄様が騎士科に入ったら、授業の話を聞くのが楽しみだ。
「ところで、あと何周だったっけ。多分五周くらいだよね」
「……兄様、現実を見て」
あと十五周です。




