23話 魔道具作成計画 その2
あれからも陣君の家には時々お邪魔していた。泊まったのは結局一度だけだが、何度か恭子ちゃんや藤原君も一緒に遊びに行っている。
放課後、四人揃って駐車場に行くと運転席で新聞を読んでいる佐伯さんがいた。窓をコンコンと叩いて呼ぶと、はっと驚いたようにこちらを向き、すぐさま車の扉を開ける。
「お坊ちゃま、お帰りなさいませ。今日はご友人も一緒でよろしいですか?」
「……ああ」
ちらりと陣君の呆れたような視線が先ほどまで佐伯さんが読んでいた新聞に向けられる。釣られて私も見ると……競馬新聞だった。
ギャンブラーだから料理もあんな博打ものなのだろうか。おじさんによると、思い立ってアレンジをしようとすると、低確率でああなるらしい。基本的には美味しくなるため、中々止められないのが現状なのだそうだ。
ちなみに何度も遊びに行っているが私がハズレを引いたのは一度だけだ。だがあの後しばらくティラミスが食べられなくなった。
たまにではあるが、陣君もうちに来ることもある。
私はもちろん、兄様と姉様も歓迎してくれるので嬉しいのだが……時々私が二人に可愛がられている陣君にちょっと嫉妬してしまうこともある。
皆でわいわい騒ぎながら話していると、すぐに到着してしまう。
「おかしいですね……来客の予定はなかったはずなのですが」
駐車場に車を停めた佐伯さんが、家の前に駐車されているタクシーを見て呟く。車から降りた私達に少し待つように言うと、彼は裏口から家の中へ入って行った。
「今日は来たらまずかったかな……?」
「いや、約束もしてない相手だ。そっちが悪いんだから俺達が遠慮する必要なんてないだろ」
「陣君、私達も連絡すらしてないんだけど」
「……まあそうだけど」
だから連絡した方が良いって言ったのに、携帯を使うのを面倒くさがったから……。
しばらく待っていると、家の中から騒がしい音が聞こえてきた。
それとほぼ同時に玄関の重厚な扉が勢いよく開け放たれ、恭子ちゃんが「うわっ」と驚いた声を上げる。
出てきたのは――いや、追い出されるようにして外に押し出されたのは、四十代くらいと思しき女性だった。品のよさそうな顔立ちをしているが、ごてごてと大量に装着されたアクセサリーがそれを全て台無しにしている。
女性に続いて、不知火のおじさんも顔を出した。
「せっかくあなたを想って何度も忠告しているのに、何故聞いてくれないの?」
「余計なお世話だと言っているのが分からないのか。この件について貴女は無関係だ」
「いいから姉の言うことを聞きなさい。早くあの鳴神の子を――」
「黙れ!」
二人は言い争っていたが、突然のおじさんの怒鳴り声に言われた当人の女性はもとより私達四人も、自分に言われた訳でもないのにびくりと肩を揺らし息を呑んだ。
おじさんがこんな風に怒っている所なんて初めて見た……。
動揺して陣君の方を見ると、彼としっかり目が合った。鏡を見たわけではないが、きっと私も今同じような顔をしているのだろう。
「お坊ちゃま方、こちらへ」
どうしようもなく、ただ時間が過ぎるのを待っていると、戻ってきた佐伯さんが小さな声で私達を呼び、手招きをして裏口の方へと誘導する。
おじさん達はまだ私達の存在には気付いていないようだったので、音を立てないように素早く裏口へと回り込んだ。そうすると、玄関の様子はもう見ることは出来ない。
そのまま家に上がると、佐伯さんはほっとしたように一つため息を吐き、「お見苦しい所を申し訳ございません」と謝った。
「佐伯、さっきの伯母さんだよな」
「……よく覚えていらっしゃいましたね。以前お会いした時は随分前のはずでしたが」
「前見た時も、さっきみたいに父さんに騒ぎ立てていたからな」
結構前だけど、印象に残っていると陣君は玄関の方を気にしながら言う。
「皆さんには申し訳ないのですが、先ほどのことはくれぐれも口外なさらないでほしいのです。特に当主様には見ていたことを秘密になさって下さい」
「……どうして?」
「どうしても、です」
恭子ちゃんの疑問にも答えを返すことなく、佐伯さんは有無を言わせない雰囲気で私達にそう約束させた。
正直、言われなくてもあの剣幕だったおじさんにことの詳細を聞くつもりなどない。
ただ、気になることはある。先ほどあの女性が言った言葉だ。
あの人は確かに“鳴神の子”と言っていた。
……私のことなんだろうか。おじさんが声を荒げるような内容に、私が関係しているのか。
もやもやした思いを抱えながら、けれどその疑問を口に出すことは出来なかった。
それから書庫を見せてもらった。しかしおじさんは中々帰ってこない。
「とりあえずひなたは作る物も決まってるから、デザインと大まかな魔術式の作成だな」
「よろしくお願いします、陣先生」
私が頭を下げると、「アホか」と軽く叩かれた。だって陣君に教えてもらわないと出来る気がしないのだ。
まだ作りたい魔道具が決まっていない恭子ちゃんと藤原君はいくつか陣君が本棚から出してきた魔道具のカタログのようなものを眺めながら、あれこれ議論している。
そして私達の机には、司お兄ちゃんが作ったいくつかの魔道具が置かれている。ペン型だったり腕時計型だったりと見た目では何の魔道具かは分からない。
「ちなみに陣君は何を作るのかもう決めたの?」
「……一応。治療魔術を込めた腕輪にするつもりだ」
「治療魔術!?」
何だって!? 陣君って戦闘魔術だけじゃなくて治療魔術まで使えるのか!
私が驚いたのには訳がある。戦闘魔術――魔術師が魔物と戦う為に覚える炎や氷などの魔術のことだ――はそれこそ初等部の基礎魔術の授業でも習い、程度の差はあれど使えるようになる魔術だが、治療魔術は全く違う。術式の複雑さが段違いであるし、何より治療魔術や強化魔術など人体に変化をもたらす魔術は国で厳しく管理されており、緊急時を除き、基本的に資格がなければ使用を禁止されているのである。
確かに治療魔術の術式を込めた魔道具ならば余計な手順もなくすぐに発動させることができるが、その魔道具を自作する場合、やはり治療魔術の資格が必要だ。
「陣君、一応聞くけど資格は……」
「あるに決まってるだろ」
彼はそう言うと、ちょっと待ってろと告げて部屋を出て行くと、すぐに戻ってきて治療魔術の許可証を私に見せてくれた。多分自覚はないけれど陣君はどうだ、とばかりに誇らしげである。自慢したかったんだな。
許可証を見ると、取得したのはかなり最近だ。陣君、さては別に治療魔術の魔道具なんて作る必要はなかったけど資格に受かったのが嬉しくて治療魔術が使いたかっただけなのでは。
「それで、ひなたはどういうデザインにするんだ?」
「剣を使う時に邪魔にならないものがいいよねえ……ペンダントとかどうだろう」
「いいんじゃないか」
動きの邪魔になるような物は駄目だし、しかし肌身離さず持てる物である必要がある。ペンダントならば服の中に入れておけば邪魔にならないしちょうどいいだろう。
大体のデザインを計画書に描けば、次は魔術式の構築である。細かい所は授業で習いながら組んでいくが、術式を組む為に必要な魔道具の性能を決めなくてはいけない。
「陣君、作る物は決まったけど、計画書ってどう書けばいいの?」
「ちょっと待ってろ」
恭子ちゃんがカタログ片手に陣君を手招きする。陣先生は大活躍である。その間私は自分で分かる所を埋めていく。
「えーと……機能は結界展開で、装備者を包み込むような球体、と。対象人数は……装備者一人じゃないと術式が難しいな。それで、発動条件?」
条件かー。どうやって設定すればいいんだろう。
治療魔術なら攻撃を受けた衝撃を感知したりすればいいんだろうけど……受ける前に結界を張らないと意味ないしなあ。
「先生ー、発動条件ってどうすればいいのー?」
少し声を張り上げて陣君を呼ぶと「少しは考えろ」と冷たい言葉が返ってきた。
「もう考えたよ。けどこの場合どうすればいいのか……」
「……恭子はこれでいいだろう。大吾郎は……」
「藤原、な」
「……とにかく、デザインを考えろ」
無視されたのかと思ったが、陣君は二人に指示を出すとすぐにこちらに戻って来てくれた。忙しくさせてごめんなさい。
「他はちゃんと書けてるな」
「うん。それで、発動条件ってどんなものにすればいいかな?」
私の計画書を逆から覗き込み、仕様を確認すると少し考えるように黙り込む。
「……この魔道具だったら、考えられる条件は三つってとこか」
「三つ?」
「一つはスイッチ式で手動で結界を展開させる方式だ。二つ目は音声式、キーになる言葉をあらかじめ設定しておいてその言葉を認識すると発動する方法。そして最後は意志方式。発動しろと強く念じることで発動させるもの。この三つだな」
しかしながら、それぞれの方式には欠点がある。
スイッチ式の場合、ペンダントのスイッチを押さなければならず、戦っている途中では即座に展開し辛い。
音声式は口に出せばいいだけなので楽だが、はっきり言わないと認識してくれなかったり、周りの声に反応して誤作動を起こす可能性がある。
そして意志方式。ある意味一番発動が早いが、これは雑念が混じると上手く発動されなかったり、そもそも定義が曖昧なので一般的にはあまり使われていないのだそうだ。
私は暫し考えたが、結局音声式を選ぶことにした。
そうこうしているうちに外は既に真っ暗になってしまっている。家に迎えの連絡をして、恭子ちゃんと藤原君と一緒に玄関で待たせてもらうことにした。
おじさんは結局帰って来ていない。陣君、不安じゃないだろうか。
「二人はどんな魔道具にしたの?」
「私はね、翻訳機にすることにしたの。うち、海外からよくお客さんが来るし」
「俺は悩んだけど、魔力を蓄えておける魔道具にした。いざって時に魔力が必要なこともあるからな……実技試験とか」
藤原君はデザインが決まらなかったようだが、恭子ちゃんの翻訳機は、イヤリング型の物にしたそうだ。
「翻訳機って、術式大変そうだよね」
言語を全て術式にするなんて、どうやるんだろう。
「うん、私もそう思ったんだ。だから正確には翻訳機とはちょっと違うの。双方にイヤリングを付けて、お互いが考えていることを魔力を通して伝えるっていう感じになるのかな」
「……つまり、相手の感情がだだ漏れになるってことだよね」
あんまり良い感情を持ってない人とやると、ばれて大変なことになりそうだ。
そうして、次の授業から魔術式の構築が始まり、それが終わると私の魔道具作成の授業は終了してしまった。せっかくしっかりと考えても作れないのなら意味がない。
「ひなたちゃん」
ため息を吐きながら自習室を出ると、そこには笑顔の恭子ちゃんが待ち構えていた。こんな所にいるなんて珍しい。
「どうしたの?」
「いいこと教えてあげようか」
「いいこと?」
私が反復すると恭子ちゃんの笑みが深くなる。
「あのね、さっき陣君が授業の終わりに先生の所に行ってね、『自分の分が完成したら、ひなたの分も作っていいですか』って聞いてたんだよ!」
「えっ?」
「陣君、魔道具が作れなくてひなたちゃんが落ち込んでたの分かってたからね。先生も許可してくれてたし、ひなたちゃん良かったね!」
陣君が、そんなことを……。
どうしよう、すごく嬉しい。
「あっこの話言ったこと、内緒ね。驚かせたかったみたいだったから」
でもひなたちゃんが授業の度に落ち込んでるのを見てられなかったから言っちゃった、と恭子ちゃんはへらりと笑う。
「……ありがとう」
私って、本当に友人に恵まれてるなあ。
それからしばらく陣君の姿を見る度に口元が緩みそうになってしまい、彼から不審そうな目で見られてしまうことになった。




