22話 魔道具作成計画 その1
さくさく成長していきます。
4年生にもなると授業も一層難しくなり、着いていくのもやっとだ。特に歴史に関しては、私は既に諦めの境地に達し始めていた。
「ひなたお前、流石にこの点数はないだろ……っていうか誰だよ織田信長って」
「いるんだよ……いるんだよ信長は!」
「逆切れするなよ」
頭を抱えていた私の目の前にあった歴史のテストを見て、藤原君が呆れたようにそう言ってくる。何なんだよ、どうしてこの世界には織田信長がいないの!?
もうこの世界分かんない……と机に突っ伏してしまう。
私の成績は、国語と算数、そして剣術などの運動全般はかなり良い。反対に歴史が最も壊滅的で、魔術は少しだけ苦手である。歴史とは違い、前の世界には全くなかった魔術の授業は興味もあり、自分で実践出来ない分多少理解しにくいものの非常に好きな授業である。
そして、そんな魔術の授業で今日課題が出た。
自分が使うことが出来る魔道具を考え、そしてそれを実際に作成してみようというものだ。兄様と姉様から話は聞いていた。
まずは魔道具の作り方を学び、そして魔術式を組み立てて先生に合格を貰う。そこまでいってからようやく魔道具作りが始まる。授業は週に数時間しか行われないので完成するのは四年生の終わりになるのだという。一年かけて一つの魔道具を作り上げていくのだ。
今回の宿題は作りたい魔道具の計画書を作成することだ。私はその後魔道具作成の為のより詳細な魔術式を組み立てて、それが終わってしまえばまた個別授業となってしまう。
しかし他の子はその後の授業で先生に見てもらいながら専用の機械を使って作成するのである。
「いいなあー」
すっごく楽しそう。絶対楽しいだろう。
実際、その話を聞いた授業後は皆わくわくした様子で集まってどんなものを作るか話している。その輪に入れなかった私は、黙々とやり直しを命じられた歴史のテストを教科書と交互に見ながら書き直しているのだ。
「藤原君は何作るのかもう決めた?」
「まだ……っていうか、俺魔力少ないし、どの程度なら作れるんだろっていうのが分かんないんだよな」
藤原君は、コントロールは上手いけど魔力自体は少ない。成長と共に多少は増えているらしいのだが、それでも微々たる所なのだ。
ちなみに私は全く変わらない。逆に変な期待をしなくて済むのかもしれないが、もうこれはむしろこれだけの魔力で健康に生きていられることに感謝するだけである。
「でも魔道具なら少しずつ魔力を込めていけば、どうにかなるものじゃないの?」
「理論的にはな」
実際の所、一度に込めた方が魔力の純度も高くなるし、外に流出してしまう魔力も抑えられるのだそうだ。魔力を注ぎ込むためには、それを溜める専用の器のような物質が必要になる。その器の蓋を開けて魔力を流し込むのだが、何度も蓋を開け閉めしていると中に込められた魔力は少しずつ抜けていくし、外の空気に触れることにより魔力が酸化……ではないが、そんな風に質が悪くなっていくのだ。
「二人とも何話してるの?」
魔力理論について考えを巡らせていると、恭子ちゃんが近づいてきた。先ほどまで他の子と魔道具について話し合っていたようだが、もう終わったようである。
「皆と同じ、魔道具の話だよ」
「あと、ひなたの歴史のテストの悲惨さとかな」
反射的に隣にあった藤原君の足を踏みつける。悲鳴が聞こえたが無視である。
「そっかあ。私も教科書とか見たけど、いまいち作りたい物が思いつかないんだ。簡単なのだと炎の魔術を込めたライターとかあるけど、どうせ作るなら自分が欲しいものがいいよね」
「うん、でも欲しい物があってもどうやって作ればいいのか分からないんだよね」
計画書の時点ではまだ魔術式の構築はしなくてもいいが、後々術式が組めるようなものでなければ、どのみち計画書は通らない。
「ひなたちゃん、作りたい魔道具あるの?」
「攻撃を防げる魔道具がいいなあって。私騎士科に入るだろうし、そういう戦闘に役立つ魔道具があるといいと思うんだ。……まあ、私はどうせ作らないけどさ」
それでも、いずれはそういう魔道具が欲しいと思う。
私がそう言うと、恭子ちゃんは成程、と納得したように頷いた。
「帰りに図書館によって魔道具の本借りる?」
「……貸出し中じゃないといいけど」
何せ四年生は皆同じ課題だ。望みは薄いと考えていいだろう。
「……うちに魔道具作成の本ならいくつかある。見に来るか?」
そんな私達に救いの手を差し伸べたのは、先ほどからずっと隣に居たものの一言も言葉を発しなかった陣君である。彼はずっと隣でよく分からない魔術の本を読んでいた。そもそも日本語かどうかも怪しい。
「いいのか? 正直すげえ助かるけど」
「兄貴が魔道具を作るのが趣味なんだ。実際に完成した物もいくつかあるから、参考にすればいい」
「へえー、司お兄ちゃんってすごいね」
「陣君のお兄さんって、あのすごいかっこいい人だよね。何でもできるんだねー」
恭子ちゃんが感嘆したように言う。そういえば昔、恭子ちゃんが言っていた。不知火の長男――つまり司お兄ちゃんは魔力コントロールは当然優れているし、頭脳も歴代当主に並ぶ程であると。
見た目は言うまでもないし、何度か話したが性格も悪くないように思う。
……あの人欠点ってあるのか?
「……」
司お兄ちゃんを恭子ちゃんと二人で褒めていると、段々陣君の機嫌が悪くなってきてしまった。やはり兄弟だから比べられていたのかもしれない。
陣君も勿論すごいよ、となけなしのフォローを加えて見たものの、結果はあまり芳しくなかった。
結局、帰りに不知火家へお邪魔することになった私達。一緒の車に乗せてもらうので、私は休み時間の間に家に連絡することにした。
非常階段まで来て電話を掛ける。実は去年の誕生日に強請っていた携帯を買ってもらっていたのだ。姉様と兄様の物もそうだったが、この世界では基本的にスマートフォン型のタッチパネルの携帯電話が主流のようである。基本的に操作は前世とあまり変わらないが、魔術の所為で色々と機能が増えている物もあるらしい。例えば指紋認証などのパスも使えるが、それよりも便利な物として魔力認証なる物も近年では利用されるようになっているのだ。
無論、私が自分の魔力を登録できるはずもないので使うこともない。
「……もしもし、母様?」
「ひなた? 学校からなんて珍しいじゃない」
「今日ちょっと陣君の家に寄ってくから、学校までの迎えはいらないんだけど」
「……不知火さんの所?」
「うん、ちょっと宿題で本とか見せてもらいに行くから」
「分かったわ。あんまり迷惑掛けちゃ駄目よ」
「はーい」
帰る時間になったら連絡すると言って、私は電話を切る。
実は帰りも陣君が「佐伯に頼めばいいだろ」と当たり前のように言っていたが、流石にこれ以上あの人の負担を増やすと可哀想だと思い、止めさせた。
教室に帰ると、既に連絡を終えた藤原君が戻って来ていた。連絡しに教室を出たのは私と藤原君だけである。恭子ちゃんはメールで済ませ、陣君に至っては連絡すらしていない。
余談だが、私達四人は全員携帯を持っている。というかこの学園で四年生にもなれば、大体の生徒は所持している。
一番意外とも言える藤原君は、もしも万が一のことが無いようにと厳しいおじい様の目を盗んで両親が持たせてくれたらしい。が、操作のたどたどしさを見ると万一の事態に即座に連絡など出来そうにない。反対に恭子ちゃんはいかにも今時の子というべきか、私にはとても理解できないスピードでメールを打ち込んでいる。
陣君はというと、持っているというよりも無理やり持たされているというのが正しい。私が携帯を買った時に見せてもらった時も、家族しか連絡先が登録されていないという状態だった。
「家の人、大丈夫だった?」
「ああ、今日はおじい様が老人会の旅行に行ってたからなんとかなった」
「話で聞いただけだけど、大吾郎君のおじい様って厳しいよねー」
「うん、まあ嫌いじゃないけどさ……もう少し自由にしてほしいかな。別に俺が後継ぎって訳でもないし、正直そんなに華道も好きではないんだよな……」
「そうだったんだ」
「なんていうか……わざわざこういう角度が、とかこの高さでこの花を飾ると映えるとか、そんな手を加えなくても花は綺麗だし、俺は自然に咲いてるのを見るのが一番好きだな」
藤原君はそう言って教室から見える花壇を見下ろした。
そこに咲いている花は、クラス委員から緑化委員になった藤原君が世話をしているものだ。毎朝早くから水をやり、雑草を抜き、心を込めて育てている。
「俺……いつか自分だけの大きな花畑を作るのが夢なんだ」
藤原君は少し照れ臭そうに、そう言って笑った。
きっと彼なら実現するだろう、と脳裏に花に囲まれている藤原君が容易に想像できた。
「お前なら出来るんじゃないか」
本から顔を上げて花壇を見つめた後、陣君は聞こえるか聞こえないかという声でぽつりとそう呟いた。藤原君は一瞬驚いたように動きを止めたが、ほんの少し笑って陣君を小突く。
「ありがとな、陣」
「……別に」




