21話 姉様の進路
不知火の家に泊まった時からしばらく経った。やっぱり家は落ち着くなーと料理を含めて実感していたある日、学校も休みの日に姉様が家のパソコンに向かっているのを見た。
姉様はここ最近よくパソコンをしている。
何をしているのかは不明だが、毎日決まった時間に使っていることから何か調べものをしているのではなさそうである。
大丈夫かな? 姉様は見た目よりもしっかりしているのは知っているけど、何かうっかり怪しいサイトに行ったり、フィッシング詐欺に遭っていたりしないだろうか……。
「姉様、いつもパソコンで何してるの?」
「……あっ、ひな」
キーボードを打っていたらしい姉様は手を放すと、私の方を向いた。
ちらりと画面を見ると、沢山の文字の羅列が目に入る。姉様は特に私に隠すことなく画面をこちらに向けてくれた。
「チャット?」
姉様が開いていた画面はチャットのものだった。右下に「現在2名」と書かれている。
「そうよ。ちょっと悩んでいることがあった時に学校の子に、ここで相談するといいって教えてもらったの。ここは華桜学園専用のサイトで、卒業生や先輩とか、先生も使ってるんだって」
「そうなんだ」
サイトには他にも掲示板などがあり、一瞬学校の裏サイトなどを連想させたが、見る限り非常に健全な内容だった。姉様は悩みを掲示板で相談した所、それに答えてくれた人物と意気投合しチャットでも話すようになったのだという。
学校がしっかりと管理しているサイトのようなので、私は当初の心配を打ち消した。
「姉様、どんな悩みだったの?」
私はともかく、兄様にも相談できないことだったのだろうか。
私がそう問いかけると、姉様は少し言葉に詰まった後「実は……」と口を開いた。
「私ね、中等部から経営学科に入りたいと思ってたの」
「……え!?」
「剣の練習は嫌いじゃないけど、騎士になりたい訳じゃないし……それに私、勉強して父様の後を継ぎたいなって」
詳しく話を聞くと、姉様は以前から父様の仕事――つまり経営などに興味を持っていたらしい。前に家族で沖縄に旅行に行った時などは、うちの経営しているホテルに泊まったのだが、設備や接客など一つ取ってもかなり優秀で、凍えそうな外の空気とは裏腹に温かみのある空間だったと母様と姉様は絶賛していた。
最初はそれをきっかけにして父様に仕事の話を聞くようになり、次第に仕事を手伝いたい、自分が後を継ぎたいと思うようになったのだそうだ。
「姉様が当主になるの?」
「まだ決まってないけど、黎一にだけは話したの。黎一はむしろ喜んでくれたけど、父様が何て言うか……」
確かに、鳴神家は代々騎士科に所属している。それを姉様だけ経営学科に入ることを許してもらえるだろうか。どのみちどちらかが家を継ぐのは決まっているのだから当主になることは許されるだろうが、とりあえず騎士科に入れとは言われるかもしれない。
「それで、このサイトで中等部高等部の先輩達に相談したの。勿論匿名だから誰かは分からないけど、凄く親身になってくれて……ほら、ここ」
姉様はマウスを動かすとページを切り替え始めた。そうしてチャットのログらしき画面に移ると、スクロールさせてとある所でページを止める。
私も身を乗り出してその画面を覗き込んだ。
『私も同じような立場だから分かるわ。私の場合、どうしてもなりたい職業があるけれど、家を継ぐことができるのは私だけだから諦めなければいけないの。学科だけは選べたけれど、いずれ諦めなければならないわ。だからR.Nさんは、身勝手だけれど私の分までどうか頑張ってほしい』
R.Nというのは姉様のハンドルネームだ。そして相手の名前は……。
「ヒナタ?」
「そう、この人のハンドルネーム、ひなと同じ名前なのよ。だからこそ親近感が湧いたっていうか。……私、きっと誰かに背中を押してもらいたかったのよね。自分の心の中では決めてたくせに、こうやってヒナタさんに言ってもらわなければ決意できなかった」
姉様はそう言って画面を閉じて、パソコンをシャットダウンさせた。
「よし、今から言ってこよう!」
「今から?」
「どうせ言うなら今から言うわ。それで、なんとしてでも父様を説得させるんだから!」
鼻息荒くそう言うと、姉様は勢いよくリビングから出て行ってしまった。途中勢い余ったのか開け損ねた扉にぶつかっていたが、何事もなかったかのように飛び出して行く。
そうか、姉様経営学科に行きたかったのか……。
当たり前に中等部に上がったら兄様と姉様と一緒に騎士科に通えると思っていた。
家の伝統を打ち切ることに葛藤もあっただろう。何せこの鳴神家はかなり続いているのだから。だけどそれでも、中等部からその世界に入りたいと思うほど姉様の想いは強いのだ。
正直、父様の説得はあまり心配していない自分がいた。
だって父様は、もともと騎士に、それも桜将軍に選ばれかけた所で夢を潰えさせてしまったのだから。姉様の気持ちが分からないはずがない。
しかし父様のやはり伝統を破ることには抵抗があったのだろう。将来の夢はともかく、学校くらいはお願いだから騎士科に入ってくれと懇願したかもしれない。
姉様と父様はそれから数時間後、夕飯の時間になってようやく書斎から仲良く出てきた。
そうして姉様は私に抱きつくと「ひな、やったよ!」と嬉しそうに報告してくる。
姉様の影から見えた父様は、嬉しそうな、疲れたような、なんとも言えない顔をしていた。
今回ちょっと短いですが、キリがいいのでここまでです。




