20話 遊園地での一日
次の日、私達は遊園地に行くべく車に乗っていた。
「なあなあ、俺お化け屋敷って絶対入りたいんだけど!」
「私コーヒーカップが一番好き。最高速度で回転させるのすごい楽しい!」
運転席にいるのは佐伯さん、助手席にいるのはおじさんだ。
そしてその後ろの席には司お兄ちゃんと陣君と私。そして一番後ろに恭子ちゃんと藤原君が座っている。
突然二人人数が増えることになったことは快諾してもらったのだが、しかし不知火の家にある車では全員乗ることが出来なかった。という訳で、今日はレンタカーを借りたとのことだ。
余談だがこの車、ガソリンは一切使わない特別な車である。なんでも電気と魔力のハイブリット車なのだそうだ。家を出る前に、おじさんと司お兄ちゃんが魔力を車に溜めていた。
出費が嵩むことに私はおじさんに謝ったが、むしろ人数が多い方が嬉しいと言われた。
「陣がこうやって一緒に遊びに行ける友達が出来ただけで、本当に嬉しいからね」
陣君は私と一緒で幼稚園には通っていなかったらしい。特にその頃は魔力制御も出来ず、殆ど外に出ることも叶わなかった。こうやって友達と出かけるのは初めてのことなのだそうだ。
不知火家を出発し、途中で恭子ちゃんと藤原君の家を経由して遊園地へと向かう。
昨日遊園地に行きたいと猛アピールしていた恭子ちゃんはもとより、藤原君のはしゃぎ様もすごい。なんでも、彼は遊園地に行くのは初めてだと言っていた。
藤原君の家はかなり厳しい家庭らしい。彼は長男ではないので家を継ぐわけではないのだが、それでも門限もきっちりしており、そして毎日華道の稽古に勤しんでいるのだ。
昨日も親に許してもらえるかと不安そうだったが、どうやらお許しが出たらしい。「不知火の名前が効いた」と喜んでいた。
無事酔うこともなく目的地に着くと、一日パスポートのチケットを購入して園内に入る。佐伯さんは来なかった。私達を車から降ろすと「時間になりましたら迎えに来ますので」と再び車を発進させたのだ。
私達が遊んでいる間は彼も自由時間になるらしく、おじさん曰く「どうせ競馬でも行くんだろう」とのこと。予想外だ。
「最初はどれから乗る?」
「お化け屋敷!」
「コーヒーカップ!」
「……ジェットコースター」
私の言葉に藤原君と恭子ちゃんが手を上げて自分の意見を主張していたが、陣君がぼそ、と言った言葉に、二人は思わず動きをぴたりと止めて彼を凝視した。
「……なんだよ」
「……うん、ジェットコースターにしよう!」
「そうだな、最初はそれだ!」
二人はそのまま陣君を見た後、お互いに顔を見合わせて頷きあった。珍しく彼が自ら意見を出したのに驚いたのだろう。これは叶えて上げなければ、と思ってしまったのだ。
しかしながら私も、陣君の主張には驚いている。
ジェットコースターに向かう途中、私は陣君の服を引っ張った。
「ねえ、陣君そんなにジェットコースター乗りたかったの?」
「悪いかよ」
「いやいや、私も大好きだし嬉しいけど」
私が遊園地のアトラクションの中で一番好きなのはジェットコースターだ。だからこそ嬉しいが、まさか陣君も絶叫ものが好きだとは。
「……乗りたいって言ってただろ」
「え?」
一瞬、聞き逃しそうになるくらい小さな声で、彼がそう言った。何とか聞き取った私はその言葉を反芻させて、そして理解する。
まさか、私の為に言ってくれた……?
そう聞き返そうとしたが、陣君は私を置いて司お兄ちゃんの方へとすたすた早足で進んでしまっていた。
私は嬉しさを隠しきれずに、思わず顔を綻ばせてしまう。
「……」
「あの、大丈夫?」
ジェットコースターはものすごく楽しかった。そういえばこの世界では初めて乗ったことになる。家族で何度か遊園地には行ったが、年齢制限や身長制限の所為でなかなか迫力のある物には乗れなかったのだ。
久しぶりにあの爽快感を味わえて私は満足だったのだが、陣君はといえば青い顔をして黙り込んでいるのであった。
「思ったより楽しかったな。次はどうする?」
「今度は私の乗りたいのにしてよ。大吾郎君だって絶対に気に入るから」
「そうか? 別にいいけど……陣は休憩しとくか」
心配そうに藤原君に様子を窺われる陣君はろくに言葉を発することも出来ず、ただ小さく頷いた。私の責任だという自覚はあるので、司お兄ちゃんと一緒に陣君をベンチに座らせて待つことにする。コーヒーカップに乗る他の三人を見送ると私も陣君の隣に腰掛ける。
「陣、何か飲むか?」
「……お茶」
「待ってろ」
か細い声をしっかりと聞き届け、司お兄ちゃんはすぐ傍の自動販売機で緑茶を購入する。それを陣君に渡すと、更にお金を入れて私の方を振り向いた。
「ひなたは何がいい?」
「え、いいんですか?」
「どれがいい」
ここからでは種類が見えなかったので、私は立ち上がって自動販売機の前まで行く。そして一通り確認した後、最初に目星をつけたいちごミルクを指さした。
缶のいちごミルクって懐かしいな。前世でもたまに見つけては買っていた。
「ありがとうございます!」
「ああ」
ベンチに戻ると、陣君はお茶を飲んで少しは話せるくらいには回復していた。
「何なんだよジェットコースターって……」
「ごめんね、っていうか苦手だったんなら無理して乗りたいなんて言わなくてよかったのに」
「見たことはあったけど、乗ったのは初めてだったんだよ」
あ、そういえばそういうこともあるか。私もこの世界では初めてだったし。
「あれの何が楽しいんだ?」
「あの登ってる時のドキドキだったり、頂上に着いた瞬間の落ちるぞ落ちるぞー、って感覚がすごく面白いんだけど……」
「一生理解できない」
まあ好き嫌い分かれるよね。無理に乗せたりしないから、今回はごめんねと頭を撫でるとすぐさま振り払われた。
その瞬間、パシャリと聞き慣れた音がすぐ近くから聞こえた。
その音の発信源を見ると、司お兄ちゃんがこちらにカメラを向けている。
「兄貴撮るなよ」
「父さんから頼まれているからな」
おじさん、抜かりなさすぎる。
そしてそのおじさん達はというと、ようやく順番が回ってきたのかちょうどコーヒーカップに乗り込む所だった。遠目からでも恭子ちゃんがわくわくしているのが分かる。藤原君はきょろきょろと忙しなく周りを見て首を傾げている。どんなアトラクションか分かっていないようである。
そして動き出したコーヒーカップは……私は気持ち悪くなる前に目を逸らした。
「……」
ああ、二人目の犠牲者が出てしまったようだ。
戻ってきた藤原君は先ほどの陣君のようにゾンビ状態になっていた。
「楽しかった!」
「大人でも結構楽しめるんだなあ、最近のアトラクションは」
藤原君と引き換え恭子ちゃんとおじさんはぴんぴんしている。三半規管どうなってるんだろう。
その後、休憩を挟みつつお化け屋敷やゴーカートなど、色んなアトラクションを回った。お化け屋敷では今まで元気だった恭子ちゃんが意外にも苦手だったようでひたすら私にくっついていたり、また陣君はゴーカートが気に入ったようで、ぼそりと「また乗りたい」と言っていた。勿論それをしっかりと聞いた私達の行動は言うまでもない。
そして夕方、やっぱり最後は観覧車だろうということで列に並ぶ。観覧車はお客さんの回転率の良いので列はどんどん進み、そして私達の番になる。
全員一緒には無理だったので、二手に分かれることになった。
おじさんと恭子ちゃんと一緒に乗り込んだ観覧車はどんどん高くまで上がっていく。
「高いね」
「うん、海まで見えるよ!」
夕日で赤く染まっている海は絶景だった。
「二人とも、今日は楽しかったかな」
「勿論!」
「最高でした!」
おじさんの言葉に私達は同時に声を上げる。本当に楽しかったなあ。
家族が誰もいない状態でこうやって休日に出掛けるのは初めてだったけど、不安など一切なく楽しむことができた。
「また、来たいな……」
今度は家族皆で来られたらいい。そうやって思うと、少しばかりホームシックになってきた。
楽しさと僅かな寂しさ、そして疲労を抱えて不知火家に帰宅した私は、出された夕飯を存分に味わう。
そうして油断した所に、何故か醤油の味がするティラミスを口にした衝撃は凄まじいものであった。




