2話 双子と遊ぼう!
さて、今日こそは魔術について調べてみよう。
うちの家には地下室がある。そこには小さな図書館並みの蔵書が、少々埃を被って陳列されている。父様がたまに利用しているだけであまり入ったことはないのだが、そこになら魔術の本くらいは置いてあるだろう。
今日は朝早くから父様は出かけて行ったので、安心して書庫に入ることができる。
……しっかりと剣を携えて出て行った。この世界では当たり前に帯刀が許されているのだ。異世界怖い。銃刀法違反はこの世界にはない。
ちなみに、魔物がいるといっても日常で当たり前にエンカウントするほど数が多い訳ではないのだ。基本的に生息地は判明しているし、あまりそこから離れることはないので人里には滅多に降りてこない。なので基本的に帯刀している意味はないとは思うのだが、何故だか外出する時、父様はいつも剣を持っていく。無いと落ち着かないのかもしれないが。
別に書庫に入ることを禁じられている訳ではないのだが、普段殆ど入ることのない場所にドキドキしながら、私は意気揚々と書庫に向かうことにする。
幼児ではある私だが、日本語なら当たり前に読むことが出来る。これぞ転生特典、漢字もどんと来いだ! と思っていたのだが。
「ひなー、遊ぼー!」
「遊ぶー!」
気が付くと私の足は書庫から庭へ向かっていたのだった。
さて、私には二つ上の双子の兄と姉がいる。
黎一兄様と、黎名姉様である。
記憶が戻った時には既に私は彼らを兄様姉様と呼んでいた。
一般家庭で兄妹を様付け。勿論父と母も父様母様だ。というのにも理由がある。裕福な家庭だなーと軽々しく思っていたのだが、うちはかなり格式高い家だったらしいのだ。
父が不在の時に来ていた剣の家庭教師が、ぐんぐんと上達する姉様に「さすが剣の名門鳴神家のご令嬢!」と褒めていたのを見たのだ。剣は今のところ姉様の方が上手いらしい。
その家庭教師が言うには、鳴神家は剣の世界ではかなり有名どころで代々の当主はそれはすごい剣豪なのだそうだ。
……確かに父様に剣を向けられたら、大の大人だって泣きそうな迫力がありそうだ。
「ひーちゃん、何して遊ぶ?」
「鬼ごっこは?」
「それ昨日もやったよ」
兄様が私に問いかけたのに、姉様が先に答えた。姉様は体力が有り余っているのだろう、鬼ごっこが大好きなのだ。
ちなみに、私達は幼稚園に通っていない。兄様も姉様も、いまのところ家庭教師が付いて文字などを教わっているとのこと。私はまだだが、そろそろ……という話を両親がしているのを聞いた。
まだあまり外に出してもらえず友達もいないので、必然的に私の遊び相手は兄様と姉様だけなのである。
「んー、かくれんぼは?」
「ぼくもそれがいい」
「えー」
遊具もない家の庭でできることなど限られている。私がそう提案するとすぐに兄様が乗ってきた。しかし姉様はやはり鬼ごっこが良いらしく、不満そうだ。
ぷくりと膨れた姉様が可愛い。しかし絆されていると毎日走り回らなければならない。
「鬼ごっこは明日がいい」
「……分かった」
二人は、割と私に甘い。そう言うと姉様は明日は絶対ね、と言って受け入れた。
「ああ、うちの子達が天使……」
先ほどから母様はずっと私達の様子を録画している。母様はこうして私達を撮るのが趣味なのだ。気が付くといつも私達が戯れている様子をこうして映していた。
……将来見せられて恥ずかしくなるような行動は避けようと決めた。
しかし確かに母様の言うことは正しい。
双子の兄と姉は、それはもう天使のように……いや、見たことないけど絶対に天使よりも可愛いのである。
キューティクルの眩しい黒髪、ぷにぷにした頬、そしてどう考えても将来綺麗になるだろうと確信できる顔。双子というには男女の差もある為そっくりとはいかないものの、二人とも美人の母様の面影を感じる容姿である。父様の遺伝子どこ行った。
ちなみに、私はあまり似ていない。父様のあの顔に似ていても困ったのだが、母様にもそんなに似た個所はない。まあよく少女漫画とかの背景にいそうなそこそこの顔だ。前世の顔とも違う。
だが、母様は双子ともども私のことも天使と言って悶えながらカメラに映している。
……まあ、自分の子供って可愛く見えるものだよね。
双子がきらきらと目を輝かせて早く遊ぼうと急かす姿に、私は顔が蕩けそうになりながら二人に続いた。
「もーいいかーい」
「まーだだよー」
鬼は姉様だ。じっとしているのが性に合わないのか、じゃんけんをする前に鬼になると言った。
私は庭を見渡して考える。隠れる場所と言ってもそんなにある訳じゃない。案の定兄様は庭の角にある植木の中にがさごそと隠れている。じっと周囲を見ていると、庭で一番大きな木が目に入った。
幹はごつごつと凹凸が沢山あり、登るのにも最適だ。
ふふん、ここは前世の記憶を生かす時である。かくれんぼする時は目線よりも上に隠れるのが鉄則だ。姉様の身長よりも遥かに上にある木の上ならば、見つかることもないだろう。
五歳児相手に何を張り切っているのか、と言いたいかもしれないが今の私は三歳児である。全力で五歳児にかかって何が悪い!
一番下の根を足掛かりに、少しずつ登っていく。案外するすると上がることができた。これも日頃姉様に追いかけられて必死に逃げているうちに体力が付いた所為であろう。
……鬼ごっこの時の姉様は、正直怖い。ものすごいスピードで止まることを考えることもなく突っ込んでくるのだ。あれにぶつかられたらやばい、と思って全力で逃げると、更に勢いよく追いかけてくる。そしていつも疲れた私は姉様タックルを食らうのであった。
枝の元に座ると、家の外観がよく見渡せる。それにしても、本当にうちの家って大きいんだな。前世の中流家庭で育った頃が懐かしい。庭で縄跳びをしては物干し竿に縄が引っ掛かってしまった。
少し過去を思い出しながら、私は初夏の涼しい風に吹かれていた。
……来ない。
体感で一時間程経過したのだが、全然姉様が来ない。
最初の五分くらいで姉様が木の下で私の名前を呼んでいたのだが、それからどこかへ探しにいってからは全く誰の姿も見えなくなってしまった。
これはもしや、よくある途中で家に帰ってしまったというあれではないか!?
かくれんぼをしているとたまにある。鬼の子が全員探すことが出来ずに先に帰ってしまうのだ。
そういえばいつの間にか夕日で空が薄く染まっていた。風も冷たくなってきたし、そろそろ降りようと思う。戻ったら一番に姉様に文句を言ってやる! とむっとしながら私は先ほど登ってきた幹の出っ張った部分に足を掛ける。こういう時にありがちな枝が折れて降りれなくなった、という失態はしないのだ。
が、次に足を掛ける部分を探そうとして、私は固まった。
先ほど楽に登ってきた出っ張りが、とても遠く感じる。ゆっくりと足を下ろそうとしても中々引っ掛かる場所まで届かないのだ。
行きはよいよい帰りはこわい。
木登りとは降りる時の方が余程大変であると認識した瞬間だった。少しでも気を抜くとそのまま滑って下まで落ちてしまいそうだ。
「どうしよう……」
考えているうちに時間は過ぎていく。一旦木の上に戻ろうとして体を上に引き上げようとした時、ずるりと引っ掛けていた方の足が滑った。
「! わ、」
慌てて傍にあった枝を掴むものの、自分ひとりの体重を支える腕力などありはしない。私の小さな手はあっさりと枝から離れ、後は重力に従って落ちていくのみ。
登る前に下から見上げた時は家の二階くらいの高さがあったと思う。そこから落ちれば当然怪我する。骨折で済めばいい、もし頭から落ちればどうなるかなど言うまでもない。
しかし無常にも、頭が重い幼児の体は自然の摂理に従って逆さになり……。
何かにぽすっと受け止められた。
……なんだろう、暖かい。
死ぬのが怖くて閉じていた目を恐る恐る開いてみると、そこには……地獄が広がっていた。
地獄というか、視界いっぱいに父様の顔が映し出されたのだ。
「……」
父様は無言だ。だがむしろ沈黙が怖い。
怒られる。今まで手を上げられなかったけど、今回ばかりは叩かれるかもしれない。自分が悪いと分かっていても、思わず体が逃げようと動く。無論軽く抱き直されるだけで阻止された。
顔はいつも怖いが、だが今日は特別恐ろしい。
「ひなた……」
「ご、ご、ごめんなさーい!!」
父様が口を開いた時、色々と耐え切れなくなった私の涙腺は一気に決壊した。
「ひなた、もう絶対に木に登ったりしたら駄目よ」
「っうん……」
母様の言葉に、私は泣きながら頷く。あれからずっと泣きっぱなしだ。
父様は泣き出した私に大きくため息を吐くと、そのまま私を抱いたまま家の中へ入っていった。
姉様と先に見つかった兄様はというと、庭に居なかったので家の中に隠れたと思い探していたらしい。が、見つからずに二人は泣き出し、疲れて眠ってしまっていた。
心配した母様が警察に連絡しようとした所に、大泣きした私を連れた父様が帰ってきたのだ。
父様は結局、あれから何も言わなかった。
私はえぐえぐと涙を拭いながら母様に抱きつく。そのまま寝てしまった。
余談だが、その後起きた兄様と姉様が私を見つけて、眠った私にダブルタックルを食らわせたのは言うまでもない。しかし今回は私が悪いので、痛いのと苦しいのは我慢しよう。