16話 誕生日、おめでとう
結局、司さんとやらの美形さんのことはすぐに忘れてしまっていた。
別に恋に落ちたわけでもなかったし、すごい美人だ、と驚いていただけである。それから会うこともなかったので、自然と頭から彼のことは一切消え去っていた。
そう、そんなことより今の私に重要なことは、ケーキ作りである。
今日は兄様と姉様の誕生日なのだ。毎年私は母様と一緒にケーキを手作りしてプレゼントしていたのだが、今年は折角小学生になったのだし一人で作ると宣言してしまった。
勿論レシピもあるし、毎年作っていたのだから勝手は分かる。しかしながら兄様達は母様のケーキに見慣れている為、見劣りしてしまうかもしれない。
本日は平日だ。まだ一年生なので割と早く帰れる為、双子が帰ってくる前に作ろうと思う。
さすがに手出しはしないと約束したものの、傍には母様がいる。今日の夕飯は特別仕様になるらしく、早くからその下ごしらえをしているのだ。品数も多く、準備は大変であるはずなのに、何故か母様のエプロンのポケットにはカメラが忍ばせてある。
私が卵と砂糖をかき混ぜている間にも、母様は鍋をかき混ぜ皿を洗い、食材を切りそして私をカメラに収めている。凄まじいな、主婦ってすごい。
時々アドバイスを貰いながら、ようやくケーキをオーブンに入れてスイッチを押す。
そういえば前世でも、たまにケーキとか作ったなあ。とはいえ私はあまりお菓子作りが得意ではなかった。しかし、我が家のチーズケーキは材料をミキサーで混ぜて、型に流し込んで焼くだけの、非常に簡単でおいしいものだった。なんとか材料の分量を思い出して今度作ってみよう。
うちにはミキサーは存在しないので、自力で混ぜることになるだろうが。別にこの世界にミキサーが無い訳ではないのだが、うちの家では自分でかき混ぜるのが当たり前だ。多分、腕力も鍛えられるし鳴神家では修行の一環なのだろうと思う。母様も一見華奢に見えるが学生時代は父様と肩を並べるほどの剣の使い手だったと、学校でおじいちゃん先生が言っていた。
「ただいまー」
「美味しそうな匂いがする」
そうこうしていると双子が帰ってくる。バタバタと足音を立ててまっすぐキッチンに向かってくると、匂いの元を見つけてこちらに近付いてきた。
「ケーキの匂いだ!」
「今年はひなたが一人で作ったのよ」
「本当!? ひな、ありがとう!」
何とかオーブンの中を覗こうとする二人からケーキを死守する。こういうのは最後のお楽しみに取っておくものだ。
その後、キッチン進入禁止令を発動させて、デコレーションを完了する。ふむ、良い言い方をすれば手作り感溢れる、悪い言い方をすれば生クリームの失敗を苺で隠したケーキが完成した。
父様が帰ってくるまではお預けなので、そわそわと落ち着きのない二人を母様から借りたビデオカメラで撮影しておくとしよう。これは嵌るかも。
その父様が帰ってくると、兄様と姉様は飛び掛からんばかりに走り寄った。
「ただいま」
「父様お帰りなさい!」
「父様遅いよ!」
ちなみに上が姉様の言葉、下が兄様の言葉である。最近はましになってきたものの、よく父様に怯えている兄様には珍しい台詞だ。それほど待ち遠しかったのだろう。
「……すまん、二人とも誕生日おめでとう」
「「ありがとう!」」
そしてようやく、誕生日会の始まりである。
腕によりを掛けて作られた母様の手料理に舌鼓を打ち、ぺろりと平らげるとお次は私のケーキである。
冷蔵庫から取り出して慎重にテーブルまで運ぶ。ケーキの上には九つの蝋燭を刺し、兄様と姉様は同時に吹き消した。
「兄様、姉様、誕生日おめでとう」
「ありがとうひーちゃん」
「ひな、ケーキ美味しいよ!」
早速食べ始めていた姉様がテーブルを迂回して私に抱きついてくる。頬に付いていたクリームが私に移った。
私も一口食べてみる。……うん、見た目はちょっとあれだったけど、味はいつも通りだ。
こうやって家族で誕生日をお祝いして、なんだか幸せだなあ。
楽しそうな兄様達を見て、思わずしみじみとそう感じてしまった。
終始和やかな空気の中でケーキを食べていると、不意にインターホンが鳴った。こんな時間に珍しいな、と思いながら玄関へ行く母様を見送る。
しばらくして戻ってきた母様の手には、美しくラッピングされた二つの箱があった。
「ふたりとも、姫様からのプレゼントよ」
「姫様から? 何だろう」
そういえば姫様は今日、公務で学校に来られないと言ってた。てっきり昨日渡したのかと思ったのだが、そういえば帰ってきた兄様と姉様は何も持っていなかった。なるほど、手渡しを諦めてでも当日に渡したかったのか。
兄様と姉様は隙無くラッピングされた包装紙をゆっくりと剥がし始める。しかしすぐにぴり、と破れる音がして、「ああもういいや!」とがさごそ大雑把に箱を取り出していた。
「わあ、綺麗なオルゴール!」
姉様の手元にあったのは、繊細な装飾が施された長方形のオルゴールだ。わくわくと螺子を巻いて蓋を開けると、綺麗な音と連動してオルゴールの内部にいる小人達が踊り出す。
一方兄様は、箱の中から現れた本に一瞬首を傾げたが、ぱらぱらと表紙から数ページ捲ると、ぱああ、と表情を明るくした。お気に入りのジャンルで気に入ったのだろう。
「姫様、僕が戦記物好きだってよく知ってたなあ」
「兄様と本の趣味が一緒なんじゃないの?」
「そっか、今度話してみよう」
私は他人事ながら思わず心の中でガッツポーズをした。姫様、一歩前進ですよ!
「黎一、黎名。プレゼントだ」
ケーキを食べ終わった頃合いを見計らって父様が紙袋を持ってくる。父様からのプレゼントって、一体何だろう。大きさから見て、私のように木刀ではないことは間違いない。
二つの同じ紙袋をそれぞれに渡すと、中身を取り出した双子から突如歓声が上がった。
「携帯だ!」
何だと、小学生で携帯!?
兄様と姉様はお揃いのスマートフォンの形状の携帯を見せ合って喜んでいる。前世では高校生になるまで買ってもらえなかった私は、友達の会話に入れずに苦い思いをした経験がある。
「いいなー」
私も欲しいな。誕生日にお願いしてみようかな。
……ちなみに余談なのだが、姫様が兄様に送った本を後にこっそり手に取ってみたところ、なんと限定の初版本だった。家のパソコンで調べてみたものの、オークションでかなりの値が付いており、思わず悲鳴を上げてしまった。
私が本のタイトルを報告してから誕生日まで、あまり時間もなかったはずなのだが……。
姫様の気合の入り方に、私は戦いた。
しかしながら兄様は全く気付いておりません。いや、知らない方が幸せかもしれないけど。




