14話 魔王様、降臨
魔王だ、魔王様がいる。
「お前……何をしている」
大魔王様こと陣君は声変わり前とは思えない地を這うような声でそう言った。
私と男子は同時に震え上がり、私の背中に乗っていたやつは陣君から離れるように後ずさった。それで私もなんとか起き上がる。
全く、痛かったし服も汚れてしまった。
一歩、一歩とこちらに近付いてくる陣君にびびりながら私も一歩下がると、なんと後ろにいた男子にしがみつかれるように盾にされてしまった。
「ちょ、ふざけんな」
「あ、あ、あいつ何とかしろよ!」
「あんたの所為でしょ!」
そんなに怖いのなら、最初から陣君に突っかからなければ良かったのだ。そうすれば私に関わることなどなかったのに。
陣君は歴戦の戦士かという覇気をまき散らし、私の背後を凄まじい形相で睨み付けていた。あの、怖いです。
「っだいたい、お前がチビの癖に生意気だから!」
おお、この状態の陣君に口応えするとは。お前勇者か。
しかしながら魔王VS勇者の戦いは、どう見ても勇者の敗北で決まりそうだ。強気なことを言っているが、肩に置かれた手がこれでもかと震えている。
「……許さない」
陣君はそう言って両手を顔の前にかざした。
「俺ならまだしも、無関係のひなたを……やっと出来た友達を」
彼の指先から光が迸った。
「絶対に許さない」
轟音が、一瞬だけ鳴り響く。
鼓膜を破るかと思うほどの音の悲鳴がすぐ近くに聞こえた。
何が起こったのか分からなくて頭が真っ白になったが、肩に置かれていた手が離れたことに気付き、後ろを振り返る。
私を盾にしていた男子は、目を白黒させて腰を抜かしていた。そして彼のすぐ傍の木は、幹の中心が真っ黒に焦げ、煙を上げている。
どれもこれも、あの一瞬のうちに起こった出来事である。
「次は、当てる」
陣君はそう言って再び指先に光を帯びる。いや、指だけでない。彼の周囲を踊るようにバチバチと音を立てて光が幾重に光っては消えている。
「雷の、魔術……?」
初めて見た。兄様達が見せてくれた魔術は氷の結晶だったり、小さな炎だったりとさほど難しくない、簡単な魔術だった。
しかし雷は違う。炎や氷、風とは違い雷の魔術は基礎魔術からは遠くかけ離れている。確か上級、少なくとも初等部で習うような魔術ではない。
何故かというと、効果の高さと比例して非常に制御が難しいからである。授業で軽く先生が振れていたが、雷の魔術は威力が高いがそれを使いこなすには非常に卓越した魔力コントロールを必要とし、上級魔術試験でもこの項目の所為で受からない人々が多いのだとか。
あれ、でも陣君って魔術の制御苦手だったんじゃないの……?
今の魔術は、怖いくらいしっかりとターゲットに狙いが定まっていた。少しでも木に近付いていたら、きっとただ事では済まなかったであろう。
……って、陣君、かなりやばいことをやらかしかけたのか!? さすがに自然レベルの威力は無かったものの、当たれば痛いでは済まないだろう。
「陣君、止めて!」
「……」
駄目だ聞いちゃいない。完全にブチ切れてる。
陣君の視線は腰を抜かした男子にしっかりと見据えられている。
どうする、どうする!?
電撃を纏った指先が再び狙いを定めて、そして――
「駄目っ!」
私は咄嗟に、後ろで震えているそいつを突き飛ばした。全力を込めた為、やつはごろごろと転がるようにしてこの場から遠ざかる。そして瞬間、目の前が光に包まれ、私は強く目を閉じた。
『魔力が少ないお前は、魔術に対する影響がごく小さい』
以前父様に言われたことだ。私には魔術が効きにくい、と。
だからこそそれに賭けた。私ならば庇っても大丈夫なのではないかと思ったのだ。
実際のところ受けてみないと分からない。私は今まで魔術を使われたこともないし、あんな威力の電撃をも受け流せるのか、正直不安だ。
だが、何もしなければ大変なことになるのは確定していた。私に選択の余地などなかった。
もし私が陣君の魔術で傷付けば、彼は本当に心を閉ざしてしまうだろう。
だから――
私は、何が何でも、傷付かない!
瞼の向こう側で光と音が止み、辺りはただの静寂に戻る。
そうして目を開けた私は、真っ黒に焦げた地面に二つの足でしっかりと立っていた。
「ひ、なた」
陣君が茫然としながら私を見る。彼の周囲にはもう光はなく、完全に魔術を止めたのだと分かった。
良かった、正気に戻ったんだ。
「陣君、駄目でしょ。いくら怒っても人に魔術で攻撃なんてしたら」
「ひなた、なんで……!」
「私は魔力が殆どないから、魔術はあまり効かないの」
それでも直撃をくらい、服はボロボロだし、髪はものすごい静電気でバチバチと煩い。
だけど、私は無事だ。
陣君を安心させようと、へらっと笑った瞬間、私の意識は彼方に飛んでいった。
ふっ、と意識が浮上するのをなんとなく感じ取った。何やら周囲が騒がしい。
ゆっくりと瞼を押し上げると、そこは見慣れない天井だった。
「ひな!?」
「ひーちゃんが起きた!」
左右から同時に聞きなれた声が聞こえてくる。騒がしかった元凶はどうやら双子らしい。
私は起き上がろうとするが、それはすぐさま両サイドから阻まれてしまった。
「私、父様達呼んでくる!」
姉様はそう言ってばたばたと部屋――見回してみるとここは病室のようだった――を出て行った。
一方兄様は私の枕元にあったナースコールのボタンを押す。
……ええと、どうしてこうなったんだっけ?
「兄様、私どうなったの?」
「そんなのこっちが聞きたいよ。遠足から帰ってきたらひーちゃんが倒れて病院に運ばれたって聞いて……。一体何があったの?」
「それは……」
だんだん思い出してきた。あの時、緊張やら色々なものがぷっつりと切れてしまって、倒れてしまったのだろう。
兄様に事の次第を話そうとして、私は言葉に詰まった。
全てを話してしまうと陣君が責められるかもしれない。
体をチェックしてみるが、頭に包帯が巻かれている他にはガーゼなどが張られているだけで大した怪我はしていない。雷の魔術を受けたとは到底思われないだろう。だからこそ、私が黙ってさえいれば陣君にお咎めはいかないかもしれない。
しかし私の儚い希望を打ち砕くように、医者と共に父様と母様、そしてその後ろから不知火のおじさんと陣君が現れた。
ああ、陣君が話してしまったのだろう。
「ひなた……!」
母様は感極まった様子で私を強く抱きしめた。
しかし母様の手が背中のちょうど痛い部分にピンポイントに当たっており、思わずうぐ、と声を漏らしてしまう。
「か、母様、あの、痛い……」
「っごめんなさい!」
慌てて飛び退くように私から手を放すと、待ってましたとばかりにお医者様がベッド脇の椅子に座る。
「気分はどうですか?」
「ちょっと頭が痛いくらい、かな」
「うむ。……頭部と背中の打撲と、後は切り傷くらいで大きな怪我はないですね。気絶したこともあるので、今日一日だけ大事を取って入院しましょう」
「はい」
最後に包帯を替えて、お医者様は去って行った。少し病室に緩んだ空気が生まれる。
「ひな、無事でよかった……」
姉様はゆっくりと気を付けるように優しく私を抱きしめる。ベッドの反対側に居た兄様もそれを見て私の背中にそおっとくっついた。いつもの双子サンドの出来上がりである。
ちらりと父様を見ると、じーっとこちらを見ていた視線とぶつかり、ちょっと驚いた。相変わらず無言である。だが、双子にくっつかれている私の空いている頭にぽん、と手を置いてくれた。
「事情は全て聞いた」
ああやっぱり。
不知火のおじさんの後ろに隠れるように俯いている陣君を見る。すると私の視線に気付いたのか、陣君はびくっと怯えるように肩を揺らした。
陣君と話したいけど、どうしようかな……。
もごもごと言葉に困っていた私を助けてくれたのは、唯一私の心情を分かってくれたらしい父様だった。
「もう遅い、そろそろ帰るぞ」
「えー、でももっとひなと居たいよ」
「駄目だ。どうせ明日になったらすぐに会える。我が儘を言うんじゃない」
「でも……」
ちらちらと姉様が心配そうにこちらを窺ってくる。母様は父様の言葉に何か察したのか、特に何かを言う様子はない。
「姉様、また明日ね」
「……ひながそういうなら」
渋々と言った様子で、姉様はようやく頷いた。
その後、今度は背中にくっついていた兄様が離れないという事件があったが、父様の脅しに屈し、何とか引きはがすことに成功した。
そうして、残ったのは不知火のおじさんと陣君である。双子はやはりと言うべきか、自分達は帰るのに他の人が残ることに難色を示していたが、おじさんが「少しだけ話をしたら帰るよ」と約束すると、やっと足を動かし出した。
「おじさんすみません、兄様と姉様が……」
「いやいや、心配なのは分かるからね。……ほら、陣」
「……」
おじさんに押されるようにして前に出された陣君。しかし相変わらず顔は俯いたまま。だが何かを言おうとしている。
陣君の言葉を察した私は、先手必勝とばかりに口を開いた。
「ご、ごめ」
「陣君、助けてくれてありがとう」
謝罪を封じ込めるように、私はそう言うと差し出されるようになっていた陣君の頭を撫でた。
彼は頭に置かれた手にびくりと驚くと、そのまま顔を上げた。
その目には、大きな雫が溜まっている。
「いじめっ子から守ろうとしてくれたんだよね」
「ちが、だって、あれは俺の所為で……それに魔術まで当てて」
「うん。人に当てようとしたのはいけないことだけど、私は元気だから大丈夫だよ!」
両手をバタバタと動かしてアピールする。殴られたところは少し痛いけど、魔術による怪我は一切ない。すごいぞ、私。
「俺、また魔術で人を傷付けたと思って……ひなたに、嫌われたと思って」
「私は、陣君の魔術で助けられたんだよ?」
そう言って陣君の手を取った。先ほど電気を纏っていた指は、こんなにも幼くて小さなものだ。
この手が、私を守ろうとして力を使ってくれたのだ。
「だからもう一度言うね。陣君、助けてくれてありがとう」
「ひな、た」
それから、堰を切ったように陣君は大きく声を上げて泣き出した。
おじさんに背を叩かれ私に頭を撫でられながら、ひたすらに泣いていた。




