13話 危機一髪……?
そろそろ休憩を終えないと頂上に着いてもお弁当を食べる時間がなくなってしまう。私達は二人を起こすと、寝ぼけてふらつく体を支えながら歩き出した。
「大吾郎君、まだ寝てない?」
「……楽しみすぎて夜更かししたと、さっきバスで言ってたぞ」
比較的早く意識がしっかりした恭子ちゃんがふらふらと歩く藤原君を不安げな様子で見ていた。するとちょっと面倒くさそうに彼を補助していた陣君がそう口にする。華桜学園なんて名門に通っていたとしても、楽しみで眠れないなんてやっぱり小学一年生だ。私はちょっと安心した。
「ねえねえ、陣君がしゃべってくれたよ! どういうことなの!?」
「うんまあそういう気分だったんじゃないの?」
喜びよりも驚きが勝っている恭子ちゃんは、それでも陣君に聞こえないように小声になりながら私に問いただす。きっと一方的に話してたであろう藤原君との会話もちゃんと聞いていたようだし、陣君って別に人が嫌いな訳じゃないんだよね。
少しでも他の子と仲良くなるきっかけになれたらいいんだけど。
しばらくして藤原君が復活すると、眠って体力を回復したのか先頭に立ってどんどん進み始めた。恭子ちゃんは負けず嫌いな性格からか「私が前を歩くの!」と二人で競い合っているようである。多分あの二人、またへばるだろうな。
遠足でいつもよりも年相応にはしゃぐ彼らを見ながら、私は景色を見て歩いた。そろそろかなり高い所まで来ているので、かなり広く見渡せる。下を見下ろすと遠くにジオラマのような小さな街が見えた。
「そういえば、陣君って父様のこと知ってたんだよね?」
ふと思い出し、隣を歩く彼に問いかける。確か入学式で会った時にはそういった様子だったはずである。
「……何回か家に来たことがある」
「ふーん、そうなんだ。父様のこと怖くない?」
「最初は、少し。けど今は平気だ」
自分の目付きも悪いからすぐ慣れたのかなー、なんて失礼すぎることはさすがに思っても口に出さなかった。折角できた友達を一瞬で失いそうである。
父様の顔に慣れるなんてなかなかできることではない。よくうちで母様と話している近所のおばさんも、何年も経っているのに未だに会う度にびびっている。
以前も思ったが、本当に母様は何を思って父様と結婚したのだろう。おばさんもそう思ったのか、前に「どこが好きで結婚したのか」と母様に聞いていた。ところが母様は、
「可愛いところ」
と十人が聞いたら十一人に聞き返されそうな返答をしていた。
大人って分からない。
「……お前も父さんと知り合いだったんだよな」
「うん、たまにうちに来てちょっと喋ってすぐに帰っていくけど……不知火のおじさんって、よく分かんない」
父様と話をしに来ているのかと思えば、何故か不在の隙を狙ってくることもある。あの人は常に泰然自若といった様で、考えを読み取ることは出来ない。
それにしても、二人とも家を行き来していた癖に、同い年の子供である陣君にはそれまで会わせなかったのはどうしてだろう。やっぱり彼の体質によるものなのか。
「俺だって、父さんの考えてることは分からない」
陣君はそう言って俯く。しまった、余計な地雷を踏んでしまったようだ。
少々寂しげな表情を浮かべる彼に、私はわざと明るい声を出した。
「そうなんだ、じゃあ私達お揃いだね!」
「……これくらいでお揃いとか言うな」
びしっとデコピンを食らった。デコピンとか懐かしい。
しかしかなり痛い。体は鍛えていても、額は鍛えられないので結構な衝撃が伝わってきた。多分赤くなっていることだろう。
そして歩く速度を速めた陣君の横顔も、赤くなっているのが見えてしまった。
お揃いが嬉しかったのかな? 子供って可愛い。
「やあーっと到着!」
「あーっ!」
「ひなたちゃんずるいっ」
最後まで元気に競い合っていた恭子ちゃんと藤原君。しかしかなり足取りは重くなっていたので、まだ体力が有り余っていた私は思わず彼らを抜いてゴールしてしまった。
「ずるくなんてないよ、だって同じ距離を歩いたんだし!」
「ひなたはハンデで倍の距離歩くべきだ!」
「そーだそーだ」
倍の距離は流石に負けそうだ。私達の低レベルな会話に、最後に到着した陣君はため息を吐いていた。
一応言い訳させてもらうと、私だって小学一年生だし、遠足で密かにテンション上がってたし……大人げないとか言わないでください。
一悶着あった後は四人で仲良くお弁当だ。
まだ元気だった私はシートの上で休んでいる三人を置いて、頂上の探索に向かう。
頂上はかなり広い。一面平らな草原かと思えば、木々も多くちょっとした森のようになっている。
木、高いなー。この上から景色を見たら、もっとすごいんだろうな。
……いや、やらないけどね、やらないけど。
そんなことを考えてぼう、と森林浴を楽しんでいると、いきなり後ろから強く押されて転んだ。
走っていた子にぶつかられたのかな、と呑気なことを考えていたのは一瞬だった。
「この前の仕返しだ、ゴリラ女!」
そんな言葉と共に、突然倒れていた私の背中にどん、と重い物が乗った。何だと思う前に思わず後ろに腕を振るったが、体勢の所為か殆ど力が入らずすぐにふり払われてしまう。
ちらりと振り返って見えたのは、この前陣君に絡んでいた男子が私の背中に乗り、拳を振り上げた所だった。
「いっ」
頭に衝撃が走る。先ほどのデコピンのような可愛い痛みではない、全力で殴ったのだろう。
「あんなに偉そうな口叩いてたくせに、こんなに弱いのかよ」
「うる、せ」
お前が太ってて重いんだよ!
真正面から戦いさえすれば負けることはないと踏んでいた。しかし遠足で浮かれていた私には、陣君と会話をした後でもこいつのことなど一切考えはしなかった。まさか油断している所に不意打ちを食らわせるとは……完全に私のミスである。
そいつは次々と拳をお見舞いしてくる。私も何とか腕で防げるものは防ぐものの、体勢の悪さが災いし状況は悪くなっていく。男子もなかなか降参しない私に苛立っているのか、殴る力が強くなる。
幼い子供はこういう時残酷だ。手加減なんてものをしないし、その結果どうなるかなんて考えもしない。無論、所詮は子供の攻撃なので軽傷で済むと思うが、このままやられっぱなしという状況に私が耐えられなかった。
そう思った私に、今までで一番強い一撃が与えられた。
「さっさと泣いて謝れよ!」
痛ってえなこのくそガキ! 一度生きてること後悔させてやろうか!
良家のお嬢様とは思えない言葉が出そうになった時、不意に上からの猛攻が止んだ。
チャンスと思い体を起こそうとするが、顔を上げた視線の先を見て私は男子と一緒になって凍りついた。
「お前……何をしている」
般若? 悪魔? いやいや陣君という名の大魔王様だった。




