12話 友達確保!
家に帰って改めて遠足のプリントを見てみると、山登りだった。兄様と姉様にも聞いてみたところ一年三年五年は山、二年四年は海というのが初等部の伝統なのだそうだ。
ちなみに六年生は修学旅行があるので遠足はない。
「僕たちも山だけど、ひーちゃん達が行く所とは別の山なんだよ」
「だんだん学年が上がる度に登る距離が増えるんだって」
「えー」
華桜学園よ、ちょっと手抜きではないのか。
遠足と言えばやっぱりおやつである。前世の小学校時代では電卓を持って細々としたお菓子を計算して買ったものだ。予算ぎりぎりになるまで頑張ったなあ。
しかしながら、華桜学園は庶民の学校とは一味も二味も違う。
なんとお弁当などの飲食物は全て学校があらかじめ用意して管理するのだそうだ。
山登りなので荷物が軽くなるのは楽と言えば楽だが……なんだろう、この釈然としない気持ち。
まあそれでも、遠足という名が付くだけで楽しみに感じてしまう私は単純だが、お気楽な人間である。
そんな訳で、来週まで父様により一層扱かれながら遠足の日を待つのだった。
当日、学校からバスに乗り目的地の山のふもとへと向かう。
私は酔いやすいので、恭子ちゃんに窓際を譲ってもらっていた。うう、バスだけはどうにも苦手だ。帰りは寝てしまうから大丈夫だが、行きに酔ってしまうと一日中辛いので大変である。
「はあ、山登りとか疲れそうだよねー」
「恭子ちゃんはあんまり楽しみじゃなかった?」
「いやだって華桜学園だよ? もっとセレブな所行くかと思うじゃん」
「遠足でセレブって……逆にどこ」
「んー、ほら、普段入れない王城の見学とかさ」
全てではないが、王城は一部一般公開されている。しかし警備の問題からか、入れるのは庭園と演奏会も開かれるホールくらいなのである。
確かに中がどうなっているのか気にはなるが、さすがに遠足なんて名目では見学できないだろう。何せ我が国の中枢である。
話をしていると気が紛れたのか、特にバス酔いすることなく現地に到着することができた。班ごとに固まって歩き、頂上に着いた人から昼食の時間となる。
「思ってたより高いね……」
「登り切れるかな」
小学生の体だからだろうか、目の前いっぱいに映る山々はかなり大きく見えた。恭子ちゃんも不安そうである。こうやって過酷な状況に一丸となって頑張るように、との配慮なのだろうか、と思える高さだ。
とにかく登るしかない。私達四人は早々と歩き始めた子達を追うように足を動かしだした。
「二人とも、大丈夫?」
「な、なんとか……」
「ねえ、休憩地点ってまだなの」
登り始めて一時間が過ぎた。意外にも登ってみると早いもので、既に頂上まで半分に差し掛かろうとしていた。中間地点の休憩場まではあと少しだ。
最初は先頭を歩いていた恭子ちゃんの足取りは重く、藤原君も辛そうである。
陣君は表情を変えないのでどうだか分からないが、私はまだ平気だった。何せ普段が普段である。兄様も姉様も、山登りはそんなに大変じゃないと言っていた。
「陣君はどう? 疲れてる?」
「別に……」
最近なんとなく分かるようになってきた。彼は同じ返答でも微妙にニュアンスが違うのである。今回は殊更に目を逸らしていつもよりも小さな声だ。あんまり余裕がないのだろう。
「あっあれ休憩場所じゃない?」
恭子ちゃんの言葉に視線を陣君から進行方向に映すと、上り坂だった道が平たくなっている。そしてその先には何グループかが切り株の椅子に座って休んでいた。
「俺が一番だからな!」
「負けるか!」
疲れてテンションが振り切れたのか、いつになく張り切った様子の藤原君と恭子ちゃんが、先ほどまでの疲れはどうしたのか休憩所に向かって競争し出した。
「元気だねー」
「……そうだな」
私達が到着する頃には、涼しげな木陰で二人は大の字で横になっていた。ふはー、と深呼吸しながら目を閉じており、そのまま寝てしまいそうである。
私も寝転ぶ二人の傍に座り、涼しげな風に吹かれてリラックスする。
そのうち、二人分のすー、すー、という分かりやすい寝息が聞こえてきた。まあ、少しくらいなら大丈夫だろう。私達よりも後ろにいた子達は沢山いる。
水筒を取り出してお茶を飲んでいると、しばらく近くに立っていた陣君が私の隣に座った。
「おい」
「んー、何?」
「……先週、なんで庇った」
珍しく話しかけてきたかと思えば、正直すっかり頭から抜けていた話題である。遠足のことばかり考えていた為、改めて言われなければ思い出すこともしなかっただろう。
最近しきりに私の方を見ていたのは、それを聞きたかったからなのか。
「何でか、と言われると勢いでとしか言いようがないんだけど……」
「勢いであんな風に割り込んでくるなんて、お前は猪か」
酷い言いようである。それにしても猪とかゴリラとか、最近人間扱いされていない。
「……無理に俺に構わなくていい」
「え?」
「父さんに言われなければ、俺のことなんてわざわざ相手にしないんだろ……」
陣君は、そう言って拗ねた様子で私から顔を背けた。
ん? もしかして、私が不知火のおじさんの為に陣君に構ってると思われていたのだろうか。
今までずっと素っ気なかったのも、全部その所為?
「ふ、ははっ」
思わず笑いがこみ上げてきた。なんだ陣君、ずっとそんな勘違いして拗ねていたのか。
「何がおかしいんだ!」
「い、いや、そんなこと思ってたなんて……私が陣君に構いまくってたのは、別におじさんとは関係ないよ」
確かにきっかけはそうだったかもしれないが、自分の意思もなければここまで話しかけたりしない。そんなにお人好しな人間には出来ていないのだ。
理屈は苦手で、基本的に感覚で生きている私。姫様に一目惚れした時のように、なんとなく、この子と仲良くなりたいなーと思ったから積極的に話しかけたのだ。目付きは鋭いけど雰囲気だろうか、不思議と悪い子に見えなかった。
あと、笑ったのは悪かったけど睨むのは止めてほしい。顔赤いけど怖いわ。
「じゃあ、なんで」
「普通に陣君と仲良くなりたかったとは考えないの?」
「……俺と仲良くなりたいなんて、思うはずがない」
「その根拠は?」
私がすぐさまそう切り返すと、彼は一瞬言葉に詰まった後ぼそぼそと話し始めた。
「怖いって言われるし……話すの苦手だし……それに、鳴神の人間だったら知ってるんだろ、俺のこと」
「陣君のことって……」
「魔力暴走を起こして、他の人を傷付けた。……ひなた、お前だって怪我したくないだろ。俺に関わったら碌なことがないぞ」
恭子ちゃんから聞いた話だ。陣君はそれから、他人を寄せ付けなくなったと。
……というか、陣君って私の名前覚えてたんだ。場違いだがかなり感動した。
「自分の考えを勝手に押し付けないでほしいな。それに生憎、父様のおかげで怪我なんていつものことだよ。どうせ私は猪かゴリラらしいですし? ちょっとやそっとの怪我でどうこうなるような繊細な人間じゃないだな、これが」
後半、自分で言ってちょっと悲しくなった。事実なのが一番つらい。
「というわけで改めて陣君、私と友達になってほしいな」
へらっと笑って右手を差し出すと、彼はしばらくその手を見つめた後、はあっと大きなため息を吐き、ぱしりとハイタッチの要領で手を合わせた。
「……後悔するぞ」
後悔なんてそれこそ、後になってみないと分からないってね。




