11話 いじめは成敗いたします。
姫様と話をしてから数日後、私は兄様の本棚を念入りにチェックし終えていた。
図書館などで借りた本もあるだろうと思うので、そこは姉様に誕生日の話は伏せて聞いてみた。勿論兄様には秘密だと前置きして。
結果メモしたタイトルの上にいくつか線を引き、二つの名前だけが残る。
いつ姫様に会えるかな、早い方がいいだろうなあと考えていると、突然誰かの怒鳴り声が耳に入ってくる。
「お前、生意気なんだよ!」
何だ、と思い声のした方向へ向かう。ちょうど私が向かおうとしていたゴミ捨て場の方向からだ。私は持っていたゴミ袋を持ち直して早足に進んだ。
すると見えてきたのは数人の男子生徒の姿である。しかも1人は見憶えのある……というか、陣君だった。彼は三人の生徒に取り囲まれるようにして何かを言われているようだ。
三人はうちのクラスの子じゃない。そもそもうちのクラスの子達はそんなことはしない。それは皆いい子だからとかそういう理由ではなく、普段の様子や周囲を睨み付けて威嚇している陣君を知っている為、怖がって近寄る勇気を持つ子がいないのだ。
うちのクラスで話しかける人はというと未だに無視されても構い続けている私と、他の子との橋渡しを何とかこなしている藤原君だけである。藤原君はクラス委員で人への気遣いが抜群に上手い為、陣君も一応返事は返すらしい。
三人の男子にあれこれ言われているものの、陣君は何も言い返さなかった。それどころか相手にもしていないようで、さっさとこの場から離れようとしている。
「何とか言えよ!」
三人の中でも手下っぽい男子が歩き出そうとした陣君の腕を掴んだ。そうしてようやく彼は不愉快げにその男子を睨み付ける。
怖っ!
不知火のおじさんが言ってた通り、私が睨まれたと思っていたは勘違いだったようだ。それくらい、本気で睨む彼の表情は怖かった。練習中の父様にも引けを取らないかもしれない。
腕を掴んだ男子は私よりも至近距離でその視線に射抜かれ、思わず「ひっ」と悲鳴を上げていた。
しかし流石陣君に因縁をつけるくらいだ。そこそこ根性があったのか、一番大きな男子がなんと彼に殴りかかろうとしていたのだ。
私は思わずゴミ袋を投げ出すと彼らの間に割って入り、振り上げた腕をしっかりと取り押さえた。
そのくらい軽くできるくらいには、スピードも既に身に付いている。もっとも、それを身に付けた日々を思い出したくはないが。
「はいはい、ストップ」
「な、なんだよお前、放せ!」
ぐぐぐ、と力を込めて私の手を外そうとしているが、そんな力じゃ無駄である。
「あのさ、一方的な暴力は良くないと思うよ」
「お前には関係ないだろ!」
子供の喧嘩ならいいけど、いじめにまで発展するのはやりすぎだ。こうやって複数で取り囲んで暴力に物を言わせようとするなんて、立派にいじめの範疇である。
私は更に腕に力を込めた。ここはびし、とお灸をすえておくべきだろう。
「相手なら私がなってやるけど、どうする?」
私はそう言ってにやりと笑う。過信かもしれないが負ける気はしない。私が教わっているのは何も剣術だけではないのだ。万が一帯刀していない時でも戦えるように、体術も父様から直々に習っている。……その分女の子なのに生傷は絶えないけれど。
掴んだ腕、そして先ほど殴ろうとした様子から、さほど鍛えていないことはすぐに窺えた。腕を解放し、挑発するように構える。
私の笑みに気圧されたのか、私よりも大きい男子は一歩、二歩と後ずさると、
「次は叩きのめすからな、このゴリラ女!」
と言い捨て、他の二人を連れて走って行った。
誰がゴリラだ、こんな小さい子供を前にして!
全く、どこのクラスのやつだ……と怒っていると不意に思い出した。背後に陣君がいたことを。
「あの、陣君……?」
ものすごく今更ながら、余計なお世話だっただろうか。私が割り込まなければ、もしかしたら彼は自分で殴り返していたかもしれないし、あの三人くらいならすぐに返り討ちにしていたかもしれない。
実際はどうなったか分からないが、私がそう思ってしまうのはやはり陣君が父様レベルの眼力を持ってしまっているからだろう。
彼は振り向いた私を見上げ、そして目を逸らした。口だけは何か言おうとしているが、開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し最終的に何も言うことなく私の視線から逃れるように走って逃げてしまう。
「あ、待ってよ」
そう呼び止めても彼は全く速度を緩めることなく、そのまま去って行ってしまった。
怒ってたのかな? でも睨んでこなかったし。
陣君の気持ちが全く分からないまま、私は首を傾げ放り投げたゴミ袋の回収に急ぐのだった。
「……という訳なんだけど、どう思う?」
「どうって言われてもなあ」
次の日、もやもやしていた私は教室で昨日の出来事を語った。それを聞いた恭子ちゃんと藤原君は、私と同じく首を傾ける。
「っていうか、お前も無茶するなよな」
「そうだよ、ひなたちゃんも一応仮にも女の子なんだから」
恭子ちゃんの言葉で若干心に棘が刺さった。一応仮にもって……。
まあ確かに、あまり女の子らしいことを最近していない気もするが。昔はもうちょっと、もうちょっと女の子してたんだよ?
「でもさ、目の前に殴られそうになってる子がいて、それで止められると分かってたら止めるでしょ?」
正義感、というよりは反射的な行動だった。
「……まあ、ひなたの行動の善し悪しは置いておくとしてだ。あいつの場合、多分助けてもらったのは嬉しかったけど、女の子に庇われたのが悔しかったんじゃないか?」
俺だったらそう考えそうだけど、と言いながら藤原君がこっそりと陣君の様子を窺った。
相変わらず、陣君はいつも通りである。
しかし時々私の方を見ている気がするのは、気の所為だろうか。まだ視線とか気配を読むのは特訓中なので、自信はない。
「陣君……私のこと女の子扱いしてくれたんだ」
「え、そこ?」
「だってさっき散々言われたし」
「ごめんごめん、ひなたちゃんは可愛い女の子だよ」
「可愛いかは個人の見解に任せるけど、お前は女の子だから安心しろよ」
恭子ちゃんはともかく藤原君、私は別に自分の性別がどちらかで悩んでいた訳ではないのだけど。
そんな呑気な会話をしていると、今日も授業が始まる。
「さて、来週の遠足の班を決めます。三人から五人のグループになってください」
そして最後の授業が終わると、担任の先生が遠足のプリントを配りながらそう言った。
遠足かー、懐かしいな。
「ひなたちゃん、勿論一緒でいいよね」
「うん」
くるりと体を半回転させた恭子ちゃんに、当然と頷く。
これで二人だが、後の人はどうしよう。比較的よくしゃべる女の子のグループに入れてもらうかとも思ったが、あそこは四人組だ。1人しか入れない。
「恭子ちゃん、他の子どうする?」
「んー、数が多い子達から一人か二人貰えばいいんじゃないかな」
「お前ら、俺のことを忘れるなよ」
そう言ってぬっと出てきた藤原君。
「いや忘れてた訳じゃないけど、他の男子と組まなくていいの?」
彼は別に私達だけしか友達がいない訳ではないし、むしろクラス委員として皆の兄貴分的な立場にいる。だから女子二人の中に入るよりも、他の男子のグループに入れてもらうと思っていたのだ。
しかしながら、今藤原君は一人である。
「大吾郎君、仲間はずれにされたの?」
「だから! ……もういい。まあされたといえばされたけど、先生に陣と同じグループになってくれって頼まれたんだよ」
それまで色んなグループから引っ張りだこだった藤原君が先生にそう言われた途端、波が引くように周囲の大吾郎コールが無くなったのだそうだ。
「という訳でさ、どうせお前ら二人だっただろ、俺と陣も加えて四人グループってことで」
「……まあいいけどね」
色々と不知火の事情を知っている恭子ちゃんは、他の子に比べてそこまで陣君を怖がっていない。むしろ同情しているくらいだ。
私は勿論大丈夫である。
班分けは非常に順調に決まり、難航すると危惧していたと思われる先生がほっと息を吐いていたのが印象的だった。




