10話 陣君の事情
剣の鳴神、魔術の不知火。
この二つの家系は代々優秀な人間を輩出し、我が国に貢献してきた。
とりわけ次期当主確定とされている不知火本家の長男は、魔力こそ次男に劣るものの魔力コントロールやその頭脳は歴代最高になるやもしれないと目されている。
そして次男。魔力量自体はそれこそ当主にも勝るが、いまだ幼いこともあり自身の膨大な魔力を制御出来ずにいる。何度かの魔力暴走を引き起こし、側にいた人間に被害をもたらすこともあった。
「……というのが、今の不知火の現状だと言うわ」
「陣君が……」
恭子ちゃんに不知火家の話を聞き、私は驚いた。
昔は無邪気だったらしいが、その時に一緒にいた子を怪我させてしまって以来、陣君はずっとあんな風になってしまったらしい。
それはそうだ。自分に近付く人間を傷付けてしまうと思うならば、自分から歩み寄ることなど中々出来ないだろう。休み時間の今も相変わらず机に顔を突っ伏している陣君を窺いながら思った。
「魔術の授業中はどうなの? 魔力暴走とか」
「いや、暴走はしてないが……代わりに殆ど真面目にやってないな」
そう答えたのは恭子ちゃんの次に友達になったクラスメイトの藤原君であった。
何故同じクラスの私が授業中の様子を知らないのかというと、実は私、魔術の授業は座学だけは受けているものの、実技は使うことが出来ないので一人個別授業になっているのだ。一緒に受けたとしても、小さな魔術一つ使うことの出来ない私の魔力ではかえって皆の邪魔になるだけである。こういう融通が利くのも、この学校の良い所だ。
ちなみに「魔術が使えないとか、だせー!」と言ってきたやつには漏れなく鉄拳をお見舞いしておいた。父様に鍛えられている私の拳は結構な威力があったと思うが、まあそこは小学一年生である。可愛い子供の喧嘩で特に問題なく片付けられた。
「可愛いの定義について話し合いたい」と藤原君には言われたが。
別に魔術が使えなくてもいいもん。剣の授業では私の独壇場だし。
初等部に入学してからというもの、父様の特訓にますます熱が入ってきた。学校もあるので以前のように多くの時間を費やすことは出来ないが、その代わり今までやってきた練習を更に短い時間でこなさなければならず、確かに鍛えられるものの大変である。
「真面目にやってないって?」
「やっぱり上手く制御できないのか、殆ど魔力を使おうとしないんだよ。先生も分かってるからあんまり強く言えないみたいでさ」
「大吾郎君は魔力コントロール得意だよね。教えてあげたら?」
「だから、その名前で呼ぶな!」
恭子ちゃんの言葉に、藤原君はいつものように叫んだ。
彼のフルネームは藤原大吾郎である。華道の家元に生まれたお坊ちゃんだが、祖父から付けられたというその名前があまり好きではないようで、名前を呼ばれると「藤原と呼べ!」といつも返している。
そんな彼は魔力量こそ平均よりも少ないものの、クラスで一番コントロールが上手いのだそうだ。魔力なんて感じたことのない私には分からない世界だ。
「……と言ってもなあ。本人が頼んできたわけでもないのに教えてやるとか、ちょっと言いにくいよな。しかも不知火の人間にだぞ? 俺が知ってるくらいの知識はあるだろうさ」
「確かに」
家は魔術の名門だ。それこそ他の人間には比べものにならないくらい魔力の制御に長けている。藤原君が教えてどうにかなるのなら、最初から家の人が教えているか。
不知火のおじさんだって、色々試してみたことだろう。
クラスメイトは六年間変わらない。一か月が経ち、みんなそこそこ打ち解けてきた。まだ一年生なので、家の柵など考えずに皆一緒に遊んでおり、クラス仲は良い方だと思う。
しかし、その中で陣君だけが孤立しているような状態なのだ。
「どうにかできないかなー」
余計なお節介かもしれないが、そう思った。
「ひなたは居るか?」
そんな時、教室の外から私の名前が聞こえた。途端に周囲がざわめき、がやがやと騒がしくなる。
「姫様!」
「久しぶりだな」
廊下にいたのは千鶴姫だった。あれからたまに家に遊びに来ていたものの、受験勉強が本格化していくにつれて中々会うことが出来ず、姫様の顔が懐かしい。
「え? 姫様? 本物!?」
「ちょっと行ってくる!」
恭子ちゃんが混乱しているが、今は姫様優先だ。
すぐに教室を出ると、急いできた私に姫様は笑って頭を撫でてくれた。多分、飼い主に掛け寄る犬みたい見えたんだと思う。
ああ、相変わらず、いや三年生になってますます姫様は綺麗になった。
「遅くなったが、入学おめでとう」
「ありがとうごさいます!」
「それでだな……相談があるのだが」
「相談、ですか?」
何だろう、姫様が私に相談なんて。それも少し言い辛そうだ。私、ちゃんとお答えできるだろうか。
少々不安になってた私に気付いたのか、姫様は「そんなに大したことではない」と安心させるように付け加えた。
「来月、黎一と黎名の誕生日だろう。それでプレゼントを贈ろうと思ったのだが……黎名の物は決まっているんだ。ただ黎一が何を欲しいのか分からなくてな」
「兄様の欲しい物ですか」
ちなみに姉様にあげる物を聞いてみると、雑貨屋で見つけた可愛いオルゴールだという。
双子だといってもそんなに似ていない二人なので、一緒のプレゼントは止めた方がいいだろう。
ちなみに私はというと、毎年母様と一緒に誕生日ケーキを作っている。腕力もついてきたのでかき混ぜるのもお手の物だ。
「去年はクッキーを作って二人に渡したのだが……その」
何故か言い辛そうにした姫様が俯く。しかし私の方が身長が低いのでその顔が赤くなっているのが見えてしまった。
「こ、今年は別々に渡そうと思ってな!」
「……そうなんですか」
「そうだ、特に黎一は同じクラスだし、何かと世話になっているからな!」
早口でそう言い切った姫様に、私はもしかして……と考える。
しかし、それを口にすることはしなかった。周囲には人が沢山いるし、本当だろうと誤解だろうと姫様相手ならすぐに噂になってしまうだろうから。
「兄様は何でも嬉しいとは思いますけど……そうですね、最近戦記物の小説に嵌っているので、何か姫様のおすすめの本を渡したら喜ばれるんじゃないでしょうか」
「戦記物か! 私もいくつか読んだことがあるぞ」
やっぱりこの学校のレベルが高いのか、前世の私のレベルが低かったのかは分からないが、小学三年生で戦記小説なんて読むものなのかな? 私なんてまだ童話の世界だったよ。
それから、被ってはいけないので姫様が挙げたタイトルを私がメモし、兄様が持っているかリサーチすることになった。
「ひなた、本当にありがとう!」
「お役に立てたなら嬉しいです」
教室へ戻る頃には、姫様は清々しい表情をして軽やかな足取りで帰って行った。
……いや、やっぱり姫様って兄様のこと……。
「おい、戻ってきたぞ」
「はっ」
教室に戻ると、藤原君が恭子ちゃんのことを揺さぶっていた。ぼーっとしていた恭子ちゃんは私の姿を見ると正気に返ったのか、ものすごい勢いで私の両肩を掴んでくる。
「きょ、恭子ちゃん」
「ひなたちゃん、姫様と知り合いなの!? どこで知り合ったの? なんであんなに綺麗なの!?」
大興奮の彼女に今度は私が揺さぶられて酔いそうだ。
恭子ちゃん、ミーハーだからなあ。
しゃべろうとして舌を噛みそうになった私を見かねたのか、ため息を吐きつつ恭子ちゃんを止める藤原君。
うん、いつもありがとう。
藤原君に取り押さえられて恭子ちゃんが席に着かされると、私もようやく落ち着いて着席した。
「姫様は兄様と姉様の友達なの。それで何度かうちに来た時に遊んでもらって。……なんであんなに綺麗かは知りません」
こっちが聞きたいわ、そんなの。
恭子ちゃんは興奮の波が過ぎ去ったのか、ふあーとよく分からない返事をした。
「……でも、本当に可愛かったなあ。テレビで見た時よりもずっと。大吾郎君もそう思うよね」
「ああ、あんなに近くで見たのは初めてだったし……ていうか、さりげなく呼ぶな!」
「いいじゃん大吾郎。何がそんなに嫌なの?」
「……古臭いし、昔散々その名前でからかわれたんだよ」
今もからかわれているのは、藤原君の反応の所為だと思うよ。
キラキラネームも勘弁だが、時代にそぐわない名前も大変なんだなー。
そう思っていると予鈴が鳴り、休憩時間も終わりを迎える。
結局、陣君は授業開始のチャイムが鳴るまでずっと、顔を伏せていた。




