砂漠の旅人 3
日差しが部屋に降り注ぎ、褐色の若い顔へと降り注ぐ。光のまぶしさに耐えかねて深い青い瞳を開いた。ぼーっとした意識の中、手で*日差しを遮り眠っていたベッドから体を起こし少しそのまま座り続けた。
「・・・あぁ、そうだ、ラモーンのやつを見にいかねーと」
頭をかきながら身支度をし、部屋を出るとすぐ隣の部屋へと向かった。同じ宿に泊まっていただけでなく部屋が隣だと知ったのも、昨日ラモーンを部屋まで運んだからだ。
「おーい、ラモーン!起きてるかー?」
ドアにノックをするのと共に声をかけたが中から返事が来なかった。数回同じ行動を繰り返した後に不思議に思ったアイシェはドアを開いてみた。そこには自分が借りた部屋とまったく同じ部屋があったが、探していたラモーンの姿が見当たらず、首を傾げた。
「・・・?朝食でも食いに行ったか?」
***
―くそっ・・・
柔らかくも硬い砂の海の上を一頭の馬が走る。
―何、考えてるんだよ
走る馬に跨る青年の黒髪がターバンから風になびく。
―ラモーン!
馬の手綱を強くはじき馬に刺激を与える。急な痛みに驚いた馬は声をあげ足を速めた。歯を噛みしめ、手綱を強く握り、アイシェは急いだ。
***
「あぁ、あの商人だね。たしか行く場所があると言って出て行ったね。」
宿屋の亭主である痩せた老人が新聞紙を開きながら答える。彼はゆっくりとページをめくり続けている。
「どこへ向かったか聞いてないか?」
何も言わずに出て行くのはラモーンらしく無い。
「うーん・・・そういえば、南へ向かうと言っていたな」
その答えにアイシェは目を見開いた。この街の南には昨晩話した遺跡がある。周りの時間が止まった様に感じ、空気が薄く、息を吸うのがつらくなった事にアイシェは気が付いた。
―アブナイ
自分の鼓動が普段より速く、大きく、耳の奥で鳴り響いた。悪寒を感じたアイシェは急いで宿屋を後にした、近場の馬を借り砂漠へと急いだ。
そよ風に乗り、遠くから小鳥の鳴き声が聞こえた。降り注ぐ日差しは暖かで、安らぎをもたらすこの森の中で人の声は語るのを辞めた。
褐色の青年は緩く結わいた長い髪を肩から垂らし、先ほどまで重くも滔々と動かしていた唇を止め、何もない一点を静かに見つめた。彼の先ほどまで輝く青色をした瞳は暗く、深海を表すかのように、深く闇に沈むようだった。
「アイシェ?」
黙る青年を見つめ、少女もただ彼の名を呼んだ。物語はまだ終わっていない。
「・・・そなたの友はどうなったのじゃ?」
サクラの質問にアイシェは振り向いた。少し間を開け、辛く、寂しそうな笑みを浮かべた。
「死んだよ・・・盗賊達にやられてな」
「アイシェ、なぁ、アイシェ聞いてくれよ・・・あの伝説はただの噂じゃなかったぜ・・・」
「喋るなラモーン・・・見つかっちまう・・・」
砂があたりを飛び舞う中、鉄の匂いが強く漂った。
「あの遺跡にはな、・・・黄金の山なんて・・・これっぽっちも無かったよ・・・」
「これ以上喋るな」
「だけどな、あそこにはな、黄金の代わりにな・・・あったんだよ・・・黄金より価値のあるもんが・・・」
「頼むラモーン・・・見つかっちまう・・・」
「水だよ、アイシェ・・・水があったんだ・・・うちらのご先祖さまはぁ、頭が良かったんだな・・・この周りの町すべてに水が行くように、カラクリを残して・・・いったんだよ・・・」
「・・・」
「もうこれで旅の商人がいないからって・・・死なずに済む・・・町が・・・たっくさん・・・助かるなぁ・・・」
「・・・ラモーン」
「アイシェ・・・俺はもう無理だ・・・・」
アイシェの肩に寄りかかる深手を負ったラモーンが息切れしながら語った。
「黙れラモーン!後もう少しだ!この谷を少し行けば俺が借りてきた馬がいる、そいつに乗って前の街に戻れば助かる・・・」
歯を食いしばり、出せる力のすべてを振り絞ってラモーンの身体を支えた。血の跡が彼らの道筋を残していた。急がなければ追いつかれてしまう、いや、もう追っ手は直ぐそこに違いない。アイシェは下唇を噛んだ。深手のラモーンを引きずって逃げたのはよかったが行商人として一番大事な物をラモーンは失ってしまっていた。ここを生き残っても彼が今後、どの様にして生活するかをアイシェは一通り考えたが、どれも絶望的だった。片足を失ったラモーンに生活を支える力は乏しかった。
「分かってる、だろ?アイシェ・・・俺のあしは・・・」
返す言葉が無かった、良き商人として、アイシェは分かっていた、この場を逃げ出すにはラモーンを置いて行くのが一番の策である事を。
「・・・」
出来る事なら最後まで友達を損得など考えずに助けたかった。
「アイシェ・・・早く俺を下せ!」
そう言い、ラモーンはアイシェの腰に有った短刀を抜き、アイシェから自らを振りほどいた。すぐわきの岩壁に身をよらせ、残る片足でそこに立った。
「ラモーン!バカをするな!」
振り向き、アイシェは叫んだ、損得で脳が考えていても、自分の体が勝手に行動した。アイシェの頭に浮かんだ損得の裏に合った真実、友を失いたくない。
「馬鹿はお前だアイシェ!」
背筋を張り、叫ぶラモーンの声は強く、アイシェは一瞬ひるんだ。向けられたラモーンの肩が広く、いつもの並べている肩よりも強く感じた。
「俺達は商人だ!俺も、お前も、商人として旅をしてきた!こんな時、お前だけでも助かる方法を分かっているだろ!情で動くな!この情報をお前が持ち帰れば水で助かる町が出てくるんだ!ここで判断を間違えるな!」
眼を見開き、親友の背を見つめた。何かが頬を伝うのを感じたが、今はただ友人の最後の姿を目に焼き残そうとしていた。
「アイシェ・・・俺の代わりに死にゆく街を助けてくれ・・・」
鳴り響く無数の足音が地面を震わせた。盗賊達が来た、追いつかれてしまう。
「早く行け!!!」
吠えるラモーンの言葉にアイシェは強く唇を噛み振り返らずに走った。自分が来た道を、友人と共に帰るはずだった道を急ぎ、力の限りに走った。急ぐ道筋の中、叫び、泣き、走り続けた。頭の中をぐちゃぐちゃにしながらアイシェは走った。友を置いて行った事、彼を止めなかった事、助けられなかった事、何よりも、アイシェにとって、ラモーンの背中がまぶしすぎた。
獣のような雄叫びを鳴り響かせたその日、盗賊達は一人の男の首を槍に刺し、岩山のふもと付近にさらした。その首と共に、一枚の板に乾いた血で文字がつづられていた。
―この山、我らが物
「ラモーンの町はな、水が足りずに無くなっちまったんだ・・・あいつは他の町に水を届けては違う商売をするような奴だったんだ・・・そんなあいつを・・・俺は怖くて、あいつを・・・あいつを・・・見捨てちまったんだ・・・」
頭を抱え蹲るアイシェが震える声でつぶやいた。涙を流し、話を終えた青年は懺悔の言葉を繰り返しつぶやいた。会って間もない少女になぜこの様な話をしたのか自分でも分からなかった。分からなかったが故に、涙が止まらなかった。
「アイシェ、そなたの友達は立派だ。」
先ほどまで座っていた盛り上がった樹の根に立ち、サクラは微笑んだ。
「そなたを大事だと思い、そなたを最後まで守り抜いた・・・ラモーンは立派な男だ!」
笑顔で語る彼女の言葉は深くアイシェの胸に突き刺さる。
「だが、今のそなたを見てラモーンはどう思うかのう?大事な友人がこの様にメソメソしておっても、ラモーンは喜ばないはずだろう!」
少女の言葉に息を飲んだ。ラモーンが少女に重なり、語っている様にも思えた。
「アイシェ!そなたのなすべき事はなんじゃ?!友の最後の願いはなんじゃ?!」
彼女の問、一つ一つに暗く感じていたあたりが明るく照らされていった。
「さらば、アイシェ、そなたの話、我はしかと聞き届けたぞ。」
そうサクラが言うと、強い風があたりの花びらを舞い上がらせ、視界を曇らせた。あまりにも急な事だったのでアイシェは目をつぶり、腕で顔を覆った。
風が止み、まぶしい日差しが肌を焼く感覚にアイシェは眼を開いた。青い大空が視界を覆い、あたりは先ほどいた森の中では無かった。
「・・・ここは?」
急いで起き上がり当たりを見回すと、そこは彼が旅をしていた砂漠だった。ラクダ達が主人のお目覚めに気づき、ゆっくりとした足取りで彼の元へと歩いてきた。あれはすべて夢だったのではと思い、バウの背に乗ろうとした瞬間、アイシェは眼を見開いた。バウの背に括り付けられている荷物の片隅に、見覚えのある桃色の小さな花が咲いた枝があった。
「・・・夢・・・じゃないらしいな」
眼を細め、アイシェは微笑んだ。あの不思議な空間で出会った少女との一時は彼の生涯、忘れられる事の無い物語であった。
春の章はこれにて終了です。
次は夏の章です。