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世界の樹  作者: ちゃぶ台
春の章
2/3

砂漠の旅人 2

「話をするからにはまず、そなたを知らねばならぬ!お主、その装束、暑っ苦しいぞ、今は『春』だ!ここにいるからにはそのような物はいらぬ!」


少女は先ほど『サクラ』と名乗った。彼女がどこから来たのかも、何なのかも説明は一切してくれなかったが、元気で傲慢だと言う事だけは、この数分で良く分かった。

無言で頭に乗せたターバンを外し、巻いていた長い黒髪をほどき横にゆるく一つに縛った。彼女の大きい水色の眼が鏡のように、自分の深い青色の瞳を映した。


「ほぅ、そなたは綺麗な眼をしておるのぅ」


無邪気に自分の瞳を見つめる彼女の瞳は大きく、また輝いて見えた、まるで光を通したガラス玉の様だった。


「お褒め頂き光栄です。んで、サクラは俺から何を聞きたいって言うんだ?」


樹の根に腰を下し座った。森の中を逃げ回ったが彼女を振り切る事は出来なかったので観念して要求する物を与える事にした。


「そうだな、そなたの人生が聞きたい!そなたの今までの暮らしを教えろ!」


先ほどから同じ事を言っている事に彼女は気づかないのだろうか?そんな質問を考えアイシェは耳の後ろをかいた。


「俺の話なんて何も面白いもんは無いと思うんだけどね・・・サクラこそ、面白い話を知ってるんじゃないか?」


話をそらし、サクラに話させるように仕向け、笑いながら聞いてみた。サクラはきょとんとした顔をして、静まり、遠くを見つめた。


「我は樹の分身だ、ここの世界以外は知らぬ・・・それに我は去年の春さえも覚えておらぬ」


そう言う彼女は寂しそうに眼を顰めた。樹の分身、などと言った妄想の膨らんだ話をする彼女に喜んでもらえるような話など、自分から出てくるはずはないとアイシュは悩んだ。


「去年の春の記憶が無いとは・・・お前、記憶喪失か?」


無理やり出したかのような笑い顔を見せ、何も答えなかった。世界の中心と言われたこの場所には俺達以外、人間はいなかった。サクラですら人間と呼べるのかも定かではなかった。


「我の事などよい!早くそなたの事を話せ!」


先ほどまでの重い空気は無くなり、彼女は元気に跳ねて見せた。諦め、ため息をついたアイシェはまた耳の裏をかき、広い野原を見つめた。


「言っておくが、俺の話なんぞ面白くもないからな」


笑顔で隣に座り、期待の眼を彼へと向けた少女は、彼が話しだすのを待った。高くまがった根っこから足をぶらぶらさせ、話を聞く体勢になった。そんな彼女を見て、アイシュは顔を和らげた。


「俺は―・・・」


***


砂漠の大地に輪を描くようにして作られた無数の街、そのうちの小さな街、ラビーゥ・サハラーァ・マディーナにアイシェは生まれた。商人の父と専業主婦の母に育てられ、金持ちではなかったが不自由の無い日々を過ごしてきた。学校など、貴族が行くような洒落た物には通わず、父と共に街から街へと旅をして商売を学んだ。母は家で一人暮らし、年に3回、会えるか分からないような状態だった。

父は俺に生き抜くすべを教えてくれた。ナイフの使い方、盗賊から狙われないようにする方法、品物の見極め方。そんな色々な事を教えてくれた父も、俺が15歳の時にサソリの毒に侵され死んじまった。母は、俺が帰ってきた頃には病で倒れていて、寝たきりだった。父が残した財産で何とか母の看病が出来たが、そんな母もその一年後に父を追うように他界した。

最後に作ってくれた母のスープが美味しかったのをよく覚えている、自分で作ってみようと何度か試してみたが、どうしてもあの時の味にはならなかった。あれは一生残る味だ。父と母が居なくなって、俺はすぐに父と同じように商人になった。街から街へと商品を持っては旅をした。


旅の商人をしていると色んな人達に会える。中には面白い奴らもいて、助け合う事もあった。ある街で砂漠に子供が一人取り残された事があって、その時、その街にいた商人一同が必死になって探し出したんだ。なんせ、砂漠は商人達の庭みたいなもの、俺達は生まれた時から砂漠を旅しているようなもんだからな。そん時、その子供が砂漠の怪物、サンド・イーター(砂地獄)に食われそうになってな―・・・


***


「サンド・イーターとは何じゃ?」


不思議そうな顔をしてサクラは見上げてきた。


「このあたりの砂漠でサンド・イーターを知らないなんて、初めて聞いたぞ。サクラ、お前、本当に知らないのか?」


頭を左右へと振り、相変わらず不思議そうな顔をして見上げた。砂漠の真ん中にある森だ、砂漠の怪物の事ぐらい知っていて当然のはずが、奇妙なことに彼女は知らなかった。


「サンド・イーターってのはな、名の通り、『砂を食べる者』だ。こいつの顎は強く、砂だけを食べるんならまだましにも、砂と一緒に落ちてきたものすべて食い尽くしてしまう、おっかない怪物さ」


説明を終えると、サクラの眼の宿る輝きが増した。


「それで?!その子供はどうなったのじゃ?!」


サクラがはしゃぎせがむ姿は愛らしく、無意識にアイシェは微笑んだ。


***


サンド・イーターに食われそうになったガキを見つけたのが、俺と南から来た商人、ラモーンだった。ラモーンが最初にガキを見つけてな、あいつは持ち合わせていたロープを腰に巻いてラクダに縛り付け、俺にガキを捕まえたら引っ張り上げるように指示をした。見つけた頃にはもう食べられる寸前だったから、躊躇している時間なんてなかった。合図を出して、他の商人達を待ちながら、俺はラモールと子供をラクダと一緒に引っ張り上げた。二人は無事に、何とか助けられたし、嬉しいことにその子供が幻の砂漠に咲く花を見つけたんだ。

その花は重い病に効くと言われててな、年に一度咲くか咲かないか分からない希少価値のある物でな、花びら一つでも売れば金10枚にはなるんだ。子供は薬と引き換えにその花を俺らにくれた。ラモーンとその日は飲み明かしたよ。


旅をしてるといい事だらけじゃない、途中で強盗にあって荷物を持っていかれる事もあれば、人売りに捕まって奴隷にされる事もある。強盗が俺を襲って、積荷と一緒にたまたま乗ってた届け物の女を連れて行こうとしたとき、助けてくれたのがラモーンだった。ラモーンもちょうどその街へ向かっていたらしく、俺のピンチに来てくれたんだ。


そうだな、初めての友達ってやつなのかもな・・・


「・・・友達?」


サクラの声は小さく、喋るのを止めていなければ聞こえないほど、小さかった。横を見ると、少女は何か深く考え込むように座り、森を見つめた。


「友達・・・とは、何じゃ?」


見上げる彼女の眼には偽りなど無く、ただの好奇心と言い難いものがあった。


「・・・俺も良く知らないが・・・」


自分の褐色の肌を見つめ、アイシェは口を閉ざした。考え込む彼に、サクラは悲しい表情で見つめた。


―何を・・・我は何を悲しむ必要があるのだろうか・・・


聞いたことを後悔し、自分もまた足元を見つめた。


「友達は・・・」


数分後、やっと口を開いたアイシェが語りだした。


「友達とは、許しあえる関係、助け合い、笑いあう、損得では割り切れないモノだ」


「損得?」


聞きなれていない単語にサクラは首をかしげる。長いピンクの髪が頭に誘導され、肩から前へと垂れ落ちていった。


「そう、損得で割り切れない関係だ。損得とは、その状況によって、自分が得するか損するかと言う事だ。自分に有利な物ならば、俺達商人はその有利になる方へと向かう、だが、友達が危険にさらされていたり、助けを必要としていたりした場合、損得を考えずに行動してしまう!」


熱く語るアイシェに眼を丸くして聞くサクラ。彼らを見ていたラクダはまた頭を下げて眠りへと戻る。


「友達ってそういうモノなんだよ・・・サクラ」


そう言うと、アイシェは少し硬い手をピンク色の頭に乗せてやさしく撫でた。何か寂しそうな、切ない顔。そんな彼を見上げ、サクラは言葉をなくした。


「ねぇ、アイシェ・・・続き、話してよ」


ラモーンとはその後もよく、行く街が被り、何度か飲み明かしたりした。あいつは良く喋るやつで、飲むといつも、自分の故郷の話をした。お互い、家族がいない身で一か所に滞在する事があまりなかったから、話し相手には飢えていた。あいつの話を聞くのは楽しかった。二人して大きな仕事をしたりもした、そのうちコンビにでもならないかって話し合った事もあった。

二人して色んな所でばったり会っては手を組んで商売したよ。そんな彼との友情は俺にとって掛け替えの無いモノになっていた。砂漠は広く、自分が小さく感じられる時も、あいつが待っていてくれると信じているだけで、俺はくじけずに進めた。


そんな時だったかな・・・東の街でラモーンといつものように会って酒場に行った。その夜のはいつもと同じように酒を飲み明かした。ちょうど二人して酔って来た時に、ラモーンが語りだしたんだ。


あいつが語るのはいつもの事、いろんな話をしては二人で笑い話で飛ばすのが、いつもの流れ。そんな流れがその夜は無かった。


***


「なぁ、アイシェ、知ってるか?」


褐色の肌をした青年が少し潤んだ茶色の瞳で、手に持つカップを見つめた。彼の淡い砂のような色の髪が首の動きと共に揺れる。


「何をだよ、ラモーン」


頬を少し赤らめた同じく褐色の肌をした黒髪の青年が答える。アイシェの青の瞳はゆっくりと隣に座るラモールを見つめた。


「実はこの街から南へと向かうと、岩山地帯がある。その岩山の中心に古代の遺跡があって、その中には全て持ち出せないぐらいの黄金が眠っているらしい」


酔った口調にしては何の問題も無く語るラモーンの話を聞き、アイシェは静かに酒を飲んだ。この街の南の岩山地帯の隠された黄金の噂は知っていた、旅する商人なら誰もが一度は聞く話だった。そんなおいしい話には決まって何かがある。


「だが、そこにはその黄金の存在を知って未だ探し続ける山賊達が暮らしている・・・そうだろ?」


眼の端からラモーンの顔を見つめる。かなり酔っていて頬がうっすら赤く、眼も夢見がちな感じになっていた。


「あぁ、そうさ、あの山には山賊がいる・・・山賊達はあの山を縄張りにしている・・・」


先ほどよりも少し間の抜けた喋り方で答えたラモーン。酔いが回り、まともな思考を持っているか不思議な状態の彼の話を静かに続けさせた。


「だけどなぁ・・・アイシェ・・・あの山の黄金には秘密の、入り口・・・からじゃないとぉ・・・入れないんだ・・・」


酔っ払いの戯言としか思えなかった、そう思わざるを得ない状況だったのに口にしているのが誰よりの慎重なラモーンだったからこそあしらえなかった。彼の口から出るものが出任せではない事は過去の経験が何度も証明している。たとえ彼が酔っていてもなお、その事実は変わらなかった。

とうとう酒に飲まれた青年はテーブルの上に頭をおろし眠りに落ちた。手に持っていた酒を飲みほし、支払を済ませ眠る友人を支え宿へと歩いた。星が輝く夜空の下、夜風が冷たく酔いかけていた意識を戻してくれた。


「アイシェ・・・アイシェ・・・」


寝言のように呟かれる自分の名前に呆れて鼻で笑い、宿への道を見つめた。今夜の彼は普段よりお喋りだった、酔いもいつもより早い。そんな事を思い、また一度肩に寄りかかっている友人を見下ろした。


「なぁ、ラモーン、どうしたんだ?今夜のお前、らしくないぞ?」


意識がまともでない友人はおぼつかない足で引かれるがままに歩いていた。かろうじて動く足も実の所、さほどうまく動いておらず、ラモーンが寝ている事を示していた。質問をしても返事が返ってこない事を確認したアイシェはため息を吐いた。朝、またちゃんと話せばいい、そう思い夜道を歩き続けた。


余談ですが、アイシェさんは酔うとキス魔になります。

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