僕の素敵な会長さん
榊さまの作品『卒業式』『平穏な高校生活』に登場する "生徒会長" のキャラクターイメージをお借りして作りました。
『卒業式』からはエピソードの一部も使わせて頂いております。
キャラクターイメージ及びエピソードの使用を許可して下さった榊さまに絶大なる感謝を。
春、桜舞う季節。
僕は晴れて高校生となった。
これから始まる新生活に希望を胸に抱き、臨んだ入学式でその人に会った。
淡々と進むプログラム、緊張と春特有の暖かさでうとうとし始めたとき、
「在校生、歓迎の言葉。生徒会長――」
そのアナウンスでハッとして、壇上を見直すと、端からなにやら小さな人影が胸を張って中央の演説台のところへ進んでいく。
僕らからだとステージは見上げるようになるからか、その人は演説台まで来るとその陰に隠れて見えなくなった。
台の後ろでなにやらごそごそやっていると思ったら、いきなり頭だけがニョキッと飛び出し、マイクを脇にどかせるとその小さな体に似合わぬ大きな声で、
「新入生諸君、入学おめでとうっ! 私は本校の生徒会長――」
僕たちに向かって元気一杯の歓迎の言葉をくれたんだ。
第一印象は小さいのに大きな声、だった。
二度目に会ったのは部活動の初日。
僕が入ったのは陸上部。
幼い頃大病を患い、完治したものの体力的に同世代にはかなり劣っていた僕は、ゆっくりと体を鍛えられそうなところから、陸上競技、それも長距離を選んだ。
それが中学生のとき。
合っていたのかどうか、体力はそこそこにつく様になり、同い年の子達にそれほど引けはとらなくなっていた。
何よりも競技そのものが好きになっていた僕は、高校に入っても続けようって決めていたんだ。
他の新入部員とともに先輩たちとの初顔合わせ、そこにあの小さな生徒会長さんの姿が。
幾重にも折り返されている袖と裾は明らかにトレーニングウェアのサイズが合っていないことを物語っていて、その "服に着られている" 感じが何か微笑ましくて、思わず頬が緩んだ。
次々と自己紹介する先輩たち、生徒会長さんの番になり彼女は、
「三年の安里です。たぶん知ってると思うけど……知ってますよね? でないと少し悲しいぞー。はばかりながら生徒会長やってます。ですので生徒会の方が忙しくてあまりこっちに顔出せないかもしれませんが、どうか忘れないでやってくださいね」
と、ウィンク一発。茶目っ気たっぷり。
第二印象は、意外と遊び心のある? だった。
今度は僕ら新入部員の番だ、みな次々に自己紹介していく。
これまでの経歴や成績とか、なんかそこそこやってきた人が多いぞ。
もしかして僕って場違いなのかなぁなんて思っていたら、順番が回ってきた。
えぇい、ままよって気持ちで、
「一年の御厨です。中学でもやっていましたが入賞歴とかはありません。速くもありません、走るのが楽しくてずっとやってきました。これからもそうしたいと思っています」
そんなことを云った。アウェイ感バリバリかなぁ、なんてビクビクしてたら、
「うん、いいんじゃない」
あの小さな生徒会長さんが胸で腕を組んだ、なにか偉そうな姿勢でそう云って、
「皆が皆、記録や成績のために陸上やってるわけじゃないし。ね、部長?」
隣に立つ、生徒会長さんよりも頭二つくらい大きい男子の部長さんを仰ぎ見るようにして話を振る。
「安里の云うとおりだな。でないと記録や成績を狙わないものは部活動をしてはいけないのかってことになっちまう。そりゃおかしな話だ。上を目指す者はそのための厳しい練習をすればいい、そうでない者は自分にとっての陸上をすればいい。うちはそういう部だ。差別はせんが区別はする。皆精進するように」
部長さんの宣言に一同がおおーって声を上げる。
なにかしらテンションの上がってきた皆を見渡してから
「さぁさ、まだ自己紹介は終わってないよー。この波が退かない内に次の人ー」
生徒会長さんが手を打ち鳴らしながら声を掛ける。
役職が役職なだけあって仕切るの上手いなー。
そんな風に思いながらボーっと見ていたら会長さんと目が合い、彼女は ? って顔をしたあと、ニコッと笑顔を返してくれた。
僕はなにかドキッとした。
第三印象は笑顔が素敵、だった。
それから、気がつくと校内のいろんなとこで会長さんを目にする事が多くなった。
見回ってあちこちの不備やらの問題点を探っているらしい。
陣頭指揮を執っている会長さんはなんていうかとても堂々としてて、あの小さな体がとても大きく見えた。
その姿が、なんかとてもかっこいいなって。
僕も病気してたせいなのかそんなに大きいとはいえない方なので、小さい体でそれを感じさせない会長さんには憧れみたいなものを感じたんだ。
あんな風に大きく見えるような人になりたいなって。
四つ目の印象は大きく見える人、だった。
ある日の放課後、部へ出る前に用を足しトイレから出た僕は、昇降口から飛び出してきた誰かと出会い頭にぶつかってしまった。
「うわっ」
「きゃっ」
痛たたた。倒れこんだときに手の平とひざ打っちゃったか。
あれ? おかしい、前に倒れこんでるのに顔も体も痛くないぞ。
むしろ何かいい匂いのする柔らかいクッションの上に居るみたいな感じで……、
「えーと、たしか御厨くんだったよね、陸上部一年の? 出来れば早いとこどいてほしいんだけどー」
頭の上の方から声がする。
その時まで閉じていた目を開き、顔を上げると、会長さんの困ったような恥ずかしそうな顔があった。
「え? あ、うおわぁ!」
なんということか、僕がぶつかったのは会長さんで、しかも彼女の上に覆いかぶさるように倒れこんでいたのだ。
僕は会長さんをまさに押し倒した格好で、大きく広げられた彼女の足の間に体をもぐり込ませてて……。
うわっ、こ、この体勢って、いわゆる正常位ーーーーーっ。
「わわわわっ、ご、ごめんなさいっ!」
慌てて僕は会長さんの上から飛び退く。
会長さんは僕が退けるとすぐに足を閉じ、それからすっと体を起こして、スカートや背中の埃を何度か払う仕草をして、僕からいったん視線をきり軽く咳をすると、
「よく確認せずに飛び出した私も悪いけど、君も前方不注意だぞ。危うく過ちを犯してしまいそうになったじゃないか」
こっちへ指をさして上目遣いで悪戯っぽくそう云った。
「すみませんっ、本当、申し訳ありませんでしたっ」
僕はもう恐縮するだけで、何度も何度も頭を下げた。
「あはは。そんなに謝らなくていいよ。云ったでしょ、こっちも悪いって」
会長さんは笑いながら、僕の肩に手を置きやんわりと頭を下げる動きを止める。
そして僕の顔を覗き込むように自分の顔を寄せて、
「で、どうだったかな、おねーさんの身体の抱き心地は?」
その言葉に僕は耳まで真っ赤になって、
「あー、えー、とととととっても柔らかかったですっ」
と、それがお茶目な会長さんの冗談だと気づかず、バカ正直にありのままの感想を云ってしまう。
「あー、えーと、……それはどうも」
場を和ますためのジョークを真面目に返されて、今度は会長さんが赤面する番になっていた。
しばらく僕らは赤い顔で見合ったままその場に立ち尽くしていた。
ぶつかり合った時には居なかった生徒たちが何事かって顔をしながら、僕らの横を通り過ぎていく。
「ハッ、いけないいけない。このフロアに来た目的を忘れるところだった」
先に現実に戻ったのは会長さんで、自分がどうして今ここに居るのかを思い出したようで、
「御厨くん、さっきのことはお互い不幸な事故として忘れましょう。これからは出会い頭に気をつけましょうね、それじゃまた」
早口でそう捲くし立てると、この階の一番奥にある職員室へ向かってそくさくと去っていった。
「あ、ハイ。それでは。また……」
僕はボーっとした頭のまま会長さんを見送った。
胸がなんかドキドキしてた。
五つ目は、柔らかくて好い匂いがする、だった。
「こら、安里。生徒会長が廊下を走ってくるなんて、他の生徒に示しがつかんぞっ」
「あうぅ、佐久間センセー、ごめんなさぁい」
職員室の入り口で先生にしかられて、頭を抱えて涙目の会長さんは、年上なのになんだかとても可愛かった。
可愛らしかった。
後になって思い出したんだけど、会長さんは僕の名前と顔を覚えてくれていた。
ちゃんと顔を合わせたのは、あの陸上部の自己紹介の時だけだったのに。
会長さんは立場的に人の顔や名を記憶するようにしているのだろうから、そんなにたいした事ではないのだろうけれど、僕にはとても特別なことに思えて、その事がなにか嬉しかった。
出会い頭でばったんこからしばらく経った部活の日。
その日は久しぶりに会長さんも参加していた。
会長さんも僕と同じ『体動かすのが楽しいグループ』なので、練習は一緒だ。
とはいっても、会長さんは同じ三年生女子の先輩たちと快調走やインターバルしてたりで、僕とは何の接触もなかったりするんだけど。
「よぉーし、部活終了ーっ。各自ダウンしてあがれよぉ」
野太い部長さんの掛け声とともに部活が終わる。
軽くダウンしたあと僕ら一年は使った用具の片付けなんかでもう少し居残ることになる。
そんな風に僕がスターティングブロックや反復跳び用のラダーなんかを片している横を、会長さんが一緒に練習してた三年女子さんたちとお喋りしながら通り過ぎていく。
なんとなく、本当なんとなくなんだけれど、なに話しているのかなって思って、いけない事だけど聞き耳を立ててしまう。
「……で、さぁ。どうなってんの、その後。愛しの彼とはさ?」
「遠距離っしょ? 案外あっちで悪い虫ついてたりして」
「残念ですが、その事実はありません。変わらず相思相愛で御座いますよっと」
「あ~ハイハイ。やだねこの娘は、色気づいちゃって、もう」
「卒業式ん時、涙と鼻水垂れ流しで "いっちゃやだぁ" って駄々こねて前生徒会長氏にしがみ付いてたのはどこのどなたさんでしたっけねぇ?」
「あわわわわわっ、忘れて! その事は忘れてください、お願いします」
「ん~どっしよっかなー♪」
「……たるき屋のスペシャルパフェ奢ります……」
「永鳥庵のあんみつセットが食べたいなー♪」
「ぐぬぬ……では、それも……」
「えー本当ぉ? 悪いわねー安里ー」
「いやぁ、持つべきは善き友だねー」
「……くやしいっ、でも……」
えっ?
彼?
相思相愛?
遠距離?
耳に入ってきたそれらの言葉が意味するもの、すなわちそれは会長さんにはお付き合いしている人が居るということ。
ショックだった。自分で思っている以上に僕は衝撃を受けていた。
えっ? ということは僕って会長さんのこと好きだった訳?
自分でも驚いた。
正直、会長さんに憧れてはいるけれど、それはその、人としての在り方だったりするんだけど、知らず知らずのうちに異性としてトキメいてたのかな?
でも、会長さんとそんな関係になってる自分は想像できない。
――うん、きっと勘違い。
たぶん、会長さんの体に触れたことでおかしな気持ちになってるだけ。
少しだけ揺らいだ自分の気持ちに、そう決着をつけた。
それでも少し気になって、部で会長さんと仲の良い三年女子の長渕先輩に前年度の卒業式でなにがあったのかを詳しく聞いた。
事のあらましを聞いて、なんかとっても会長さんらしいなぁ、って思った。
とある日の昼休み。
僕は南校舎の最上階にある自販機を目指していた。
僕の好きな『成分調整乳』のパック飲料はここにしかないからだ。
渡り廊下を渡り、校舎の端まで行く、そこから階段を上って目的地へ。
毎度の事ながら大変だ。でも、ちょっとした食後の運動にもなるし、悪いことばかりじゃない。
やっと自販機へと辿り着き、目的のものを手に入れ、さて一服と思っていたら、いつもは開いていない、屋上への扉が少し開いているのに気付く。
御多聞にもれず、うちの学校でも屋上は危険だからと開放はされていない。
だのに、開いている。
気になって扉を開け、屋上を覘く。
すると、そこには、
「おや、御厨くんじゃないか。どしたね、こんなところで?」
会長さんが、僕お気に入りの成分調整乳パックを片手に、壁にもたれて座り込んでた。
「……会長さんこそ、何されてるんですか? ここって立ち入り禁止じゃなかったかと」
僕がそういうと、会長さんは悪戯っ子の笑みで、
「生徒会にも鍵はあってね。日向ぼっこにたまに使わせてもらってる」
「あー、職権乱用ー」
「まぁま、そう責めないでおくれでないか。……私だって息抜きしたい時はあるのだよ……」
そう云った会長さんの笑顔は少しだけ影があった。
会長さんだって普通の女子高校生。いつもいつも前向きで元気いっぱいばかりではいられない事もあるのだろう。
ここはそういう時に使う、秘密の隠れ家ってところなんだろうって僕は理解した。
「――隣、いいですか?」
「共犯になるが、いいのかね?」
「会長さんとなら」
「お、嬉しいことを云ってくれるね」
「先生に見つかったら、会長さんにそそのかされたって云いますから」
「ひどい裏切りだっ!?」
他愛の無い会話で笑いあった後、しばらくは黙ったまま、空行く雲を見て、風の歌を聴いていた。
下の方から校庭で遊ぶ生徒たちの楽しげな声が届いてくる。
横目でチラリと覗くと会長さんは、パック飲料のストローを口にしたまま、どこを見るでない遠い目をして空を仰ぎ見てた。
まるでここに居ない誰かを想う様なまなざしで。
それはきっと、泣いてすがって行かないでと云った、前・生徒会長さんとやらのことで。
なんともまぁ、恋する乙女そのもので。
少し、ほんの少しだけ意地悪したくなった僕はさりげなく言葉を切り出す。
「そう云えば、前期の卒業式は大変だったみたいですね」
「ぶぼっほわぁっ、げほげほげほっ」
言葉のナイフに切りつけられた会長さんが派手に成分調整乳を噴き出し、むせる。
「なっなんで君が出てもいない卒業式のことをっ?」
噴き出した白い液体が口周りにべったりとしたままのひどい状態で会長さんは飛び掛らんいきおいで僕を問い詰めてくる。
「長渕先輩から聞きました」
「ぶちさあぁぁぁぁぁぁぁんっ」
しれっと長渕先輩の名を出すと、会長さんは飲料パックを握り締め、血の涙を流さんばかりに呪詛のごとくその名を刻む。
辺りは会長さんがぶちまけた白い液体で惨憺たる有様になってた。
「御厨くん、お願いっ忘れてっ。忘れてくれるならなんだって奢ったげる」
「えーっ、素敵なエピソードじゃないですかー」
「なんで棒読みっ?」
「 "遠くになんて行かないで下さい" 」
「ぎゃあああああああああああっ」
「 "私を幸せにしてよね" 」
「やーめーてーっ、いっそこーろーしーてーっ」
会長さんが悶絶して再起不能に陥るまでからかった後の静寂。
涙目になってひざを抱えてる会長さんに僕はポツポツと喋りだす。
「幼馴染さんなんですよね?」
「うん……」
「ずっと好きだったんですよね?」
「うん……」
「両想いになれたんですよね?」
「うん……」
「なら、いいじゃないですか、少しくらいからかわれても。揺るぐものじゃないんだし」
「――うん」
「僕はそんな会長さん、素敵だと思いますよ?」
「――ありがと」
「いえいえ。ほんの本音です」
「じゃ、もっと、ありがとね」
昼休みが終わるころ、僕と会長さんは秘密の屋上を後にして、それぞれの戻る場所へと別れていった。
別れ際に会長さんがものすごく照れた顔をして、
「正直、君を侮っていたよ。まさかあんなに容赦ない責めをしてくるとは」
なんてひどいことを仰い、続けて、
「でも、君は人を思いやる事が出来る、優しい心根をしている。――君の彼女になる子はきっと幸せだろうね」
そんな嬉しいような、ちょっとだけ悲しい言葉を僕にくれた。
その "彼女" には、会長さん、あなたは入っていないんですよね。
異性としての想いは、たぶん無い。
でも、隣に居てほしいと思う。
僕にとって会長さん、あなたはそんな存在です。
だから、いつまでも、僕が憧れる会長さんでいてください。
僕の、素敵な会長さんで。
榊さまんとこの生徒会長は可愛い。
その牙城にどれくらい迫れたか?
答えは読者諸氏にお任せします。