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第三会議室。主にプロジェクトチームや、中間管理職同士の会議で使用されるこの部屋は当然ながらそこまで広くはない。せいぜい十人が定員だろう。U字型のテーブルに椅子が十脚、中心部の空いたスペースにはプロジェクターが設置してあり、その対角の天井にはスクリーンが出番を待って丸まっている。恵那さんは丁度そのスクリーンの真下、つまりホワイトボードが置いてある前に立っている。
先程は不意を突かれたので細かな描写は出来なかったが、改めてこう対峙しても女子中学生という印象は拭えない。もちろん馬鹿丁寧な口調や仕草、それに着ているサマースーツは大人の女性といった感触なのだが、いかんせん顔立ちが幼すぎる。肩まで伸ばした黒髪に、あまり生気を感じさせない瞳。それを攻撃的に演出する少し釣り上った目尻など、大人であればカッコいい、または美人だと言えるのだろうが、どうしても可愛らしいという印象になってしまう。
やっぱり、中学生だよなぁ。と、そこまで観察をしてから俺は席に着く。入り口に一番近い席、つまりはホワイトボードから一番遠い位置の席だ。特に意味はない。
「さて、業務説明の前に概要の説明が必要ですね。こちらの書類をご確認ください」
「ああ、まだドッキリ宣言はないのか」
「ですから、これは立派な業務です」
「……そうですか」
いい加減、自分の課へと戻りたいんだけどな。正直なところプラカードを持った山県が舌を出して「ドッキリだ―!」と部屋に入ってきてくれたほうが助かる。そうすれば俺もそれなりのリアクションをとってやるというのに。
俺はそんな考えを持ちつつ恵那さんが配った一枚のA4用紙へ視線を落とす。そこには『現代社会を脅かす存在に対する概要、及び対処法』と見出しが書かれていた。そこまでなら環境に配慮した企業、それとも薬剤系のメーカーにでもありそうだが(完全な偏見である)その下に書かれた世界を救う業務という単語がそれを否定する。
なんだよ、ホントに。
「予め結論から言いますと、現在の日本はクーデターの危機にあります」
あー、そういう設定ね。
「資料を見ていただければある程度は理解できてもらえると思いますので、こちらは後日ご確認ください。では次に用紙中央より下をご覧ください」
恵那さんは恐らく自作であろう資料の半分以上を飛ばし、次項目への説明に移った。俺自身、資料の内容を繰り返すプレゼンは余り好きではないが、これに関しては予備知識が全く無い俺としては補足を入れて説明して欲しかった。武力行使によるクーデターとか、この平和そのものの日本であり得るのだろうか。ましてや相手方の計画を把握しているのであれば自衛隊や警察に任せたほうがいいだろうし。
「中学生の考えた設定じゃ、こんなものか」
「何か?」
「いや、なんでもない。続けて」
ボソりと呟いた言葉を聞かれるところだった。危ない危ない。
「えっと、実行グループについてという項目かな?」
「はい。簡単な説明は下記されていますが、こちらは実際にご覧頂いたほうが信用していただけるとおもい、詳細は省いてあります」
「下記ってコレか……」
特殊能力を保持した少年少女グループによる要人暗殺、機密施設の破壊の阻止。
ため息交じりに呟いた俺が見た文字はそんな事が書かれていた。
いよいよ妄想じみてきた。特殊能力というのはつまりあれだろう? 手から炎を出したり、空を飛んでみたり、超人的な身体能力で壁とか走ったり、時間操作したり、そんな少年漫画やライトノベルの主人公見たいな『妄想的な能力』の事だろ。
決して大人の言う能力とは違うはずだ。営業力、情報処理、経理、経営ノウハウなどと言った現実的な能力が、対クーデターで役立つとはとても思えない。
「それで、実演してくれるというのは、これから君が手から炎でも出すのかな?」
「いえ、残念ながらそうではございません」
皮肉交じりにそう言った俺の言葉を、恵那さんはあっさり否定する。ほらみろ、という大人げない勝ち誇った気持ちが湧き上がるのと同時に、立ち上がった。会議室の時計を確認したら喫煙所に入った時間から三十分も経過していたからだ。
これ以上、遊びに付き合う必要はない。
例え、壮大なドッキリだとしても。