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「そう言われたら返す言葉もないな。それじゃあ、やってみるだけやってみよう、って答えになるかも」
コロコロと意見が変わるが、しょうがない。俺の性格上、主体性とやらは余り持たないようにしているから。
正論を言われればそれに従い、自分の意見は無理強いしない。長い物には巻かれて、立場が上の人間の意見を優先する。これが三十年間まがりなりにも生きてきて身に付けた渡世術だ。
正論に従って失敗しても文句は出ない。
自分の意見を無理強いしなければ逃げ道はある。
長い物に巻かれていれば傷つかずに済む。
立場が上の人間の意見を優先すれば責任は最小限追うだけ。
無駄な意地を張らなければ人生というものは楽に過ごすことができるのだ。
「そうか」
手の平返しをした俺に対して山県はそう短く呟くと、まだ半分ほどしか減っていない煙草を灰皿へ擦り付けた。
「そう、そうだよ。それじゃあ課に戻るか。結構、時間が経っちまってる」
俺は山県が吸いかけの煙草を灰皿に捨てたことが「休憩は終わりだ」というサインとして受け取り、同じように吸いかけの煙草を灰皿の中へ放りこんで立ち上がる。
この間降ろしたスーツの上着を羽織り、未だパイプ椅子に腰掛けている山県の脇を通り過ぎようとしたとき。
「それじゃあ、世界を救ってくれ」
山県に、右腕を掴まれた。
思えばこの時に、俺に主体性があり、意地を通していればあんな馬鹿げた事態には巻き込まれなかっただろう。自分の持った最初の意見を貫いて「世界なんか救わない」と言っていれば、長生きは出来なくとも穏やかな最後を迎えられただろう。
しかしここでそんな結果を予測しろというのが酷な話ではないだろうか?
実際に俺はその言葉に「はあ?」と短く返すことしかできなかった。
「言葉の通り、今度はお前が世界を救うんだ」
「い、いや……もう冗談は終わりだろ? ほら、お前の所は大丈夫かもしれないけど、休憩が長すぎると俺んとこの課長は怒るんだよ」
思った以上に俺の腕を握る山県の力が強く、軽く振り払おうとしてもビクとも動かない。そして、そこで俺は少し戦慄する。
いくら腕力のない俺だとしても、いくら軽い力で振り払おうとしても数ミリも動かないほど山県の力は強かっただろうか?いや、そもそもどれだけ俺が非力で、山県の力が強くとも不意に振りほどかれる動作をされては少しばかりは動いてしまうだろう。だから。
だから、これは腕力がどうのこうのという問題ではなくて――――
「課長に怒られる心配はないさ。これは立派な仕事だから。もちろん、冗談でもない。まあ、詳しくは彼女から説明を受けてくれ」
そう言って山県は俺の腕から力を緩め、離した。そしてそのまま煙草を取り出して口に運ぶ。普段と変わらない様子で話す山県だが、俺の頭は意味不明な言葉と理解不能な状況で飽和状態となり、この場から離れることも忘れ、ただ握られて痺れてしまった右手首を摩る事しかできなかった。
「仕事? 彼女? もう意味がわからない。第一、この場には俺とお前しか――」
「それでは、同フロアにあります第三会議室へと席を移しましょうか」
俺とお前しかいない。そう言おうとした言葉を遮って事務的な口調で話す女性の声が聞こえた。いや、女性というには若々しすぎる声は『女の子』と表すのが相応しかったし、実際にその声の主は中学生位の少女だった。