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世界のミカタ  作者: 桜井 楽左
人生のミカタ
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「例えば、世界を救えっていきなり言われたら――どうする?」


 山県やまがたは脈略もなくそう言うと吸い終えた煙草の火種を灰皿に押しつけた。その動作を見て俺の口に咥えている煙草の火種も、そろそろフィルターへと差し掛かかっていることに気が付き、慌てて煙草を手に持つと山県と同じように灰皿へと押しつけた。


 ここで断わっておきたい。いきなりこんな思春期真っ盛りの言葉が飛び出してきたが、俺も山県も大人ぶって煙草を吸いながら恥ずかしげな妄想を語り合う中学生などではない。俺たちは立派な、というと語弊が生まれるかもしれないので平平凡凡なサラリーマンであり、それも入社して八年が経とうとする俗に言うアラサーのオッサン二人だ。


 もちろん煙草を吸っているこの場所も、俺たちが常日頃からお世話になっている企業の本社ビル六階に設けられた喫煙所である。


 「おいおい。いきなりどうしたんだよ。いくら俺たちしか居ないからって」


 俺はそこで言葉を切り、辺りを見渡しながら、声を潜めて少し危なげな発言をした同僚へと続ける。


 「そんな中学生の妄想みたいなこと言いやがって」


 繰り返しになるが俺たちはアラサーのオッサンである。というか今年三十路を迎えて人生の折り返し地点にいるいい大人だ。


 「中学生の妄想でも、ライトノベルの設定でも、安っぽいアクション映画の内容みたいでもそんなものは、なんだっていい」


 山県はそんな俺の発言に対し少し怪訝そうにそう言って二本目の煙草を咥える。


 「俺がお前に訊きたいのは、突然そう言われて世界を救おうと躍起になって行動するか、ということだけなんだよ」


 そんな選択に迫られたらどうする、と山県はそこでお手製ライターを取り出し、咥えっぱなしだった煙草へと火を点けた。


 子供が誤って点火しないようにと市販される全てのライターに規制がかかり、ロック機能が付いたことは記憶に新しいが、山県はその機能を自力で外したライターしか使用しない。まあ、お手製ライターと大仰な表現をしたがそんな程度の改造ライターだ。


 俺はそんな無駄なこだわりを持つ山県とは違い火が付けば何でもいいと思っている人間なので「うーん」と彼に対する返答を考えながら普通のライターと煙草を取り出して着火した。


 パチパチと葉が燃える音と共にゆらゆらと白煙が煙草の先端から揚がり、備え付けの空気清浄機へと吸われていく。


 「内容にもよるけどね。ほら、それこそハリウッド映画みたいにさ、こう銃を持って、スタイルの良い女スパイと禁断の愛を育みながら、最終的には組織を裏切って核戦争を止める。とかならやってみたいかな」


 我ながら山県のことを笑えないトンデモ発言だ。自分で言っておきながら顔が熱くなるのを感じる。


 「とは言っても、運動も勉強も人並みの俺なんかじゃ上映開始数分で無様に死んじまうだろうから丁重にお断りさせてもらうよ。期待だけ背負って、惨めに起承転結の起でリタイアするのは御免だ」


 どうせそんな大層な役割を与えられても失敗するに決まっている。その結果世界が滅びてしったとしても俺個人で言えば死ぬのが早いか遅いかの違いでしかないだろうし。


 「そうか、つまりお前は家族も会社も、俺をも見捨てるってことなんだな」


 苦笑いを浮かべる俺に対し、山県はじっとこちらを見つめながら残念そうに煙を吐く。


 「いや、それは極論だろ」


 「でも、事実だろ」


 ただの休憩時間の暇つぶし程度の話題だろうと思っていたが、山県の眼は真剣そのもので、なぜだか俺は自分がとんでもなく卑怯者になってしまったかのような錯覚に陥る。


 確かに何もしないということは、無数の可能性を潰すということになる。現実的な意見であろう俺の発言は、言い換えるならば「俺が死ぬんだから皆死んでしまえ」とも受け取れる。

当たり前だが俺は別に明日死んでもいいなんて考える自殺志願者ではないし、人間嫌いの孤独な人間ではない。

 山県とは違い結婚はしていないけれど実家には親や兄弟もいるし、山県を始め中の良い友人だっている。


 この間、納車したばかりの大型バイクのローンだって残っているし、所属している課の営業成績だって調子がいい。このままいけば山県と同じように若年ではあるが管理職への昇進だって手の届かない距離ではない。


 つまるところ現状と、ぼんやり見える未来に不満はない。


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