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賭け事は計画的に

 評価・お気に入り登録ありがとうございます!


 今回、距離の単位が出てきます。

 一メティル=約一メートルとしてイメージしてください。

 なんというか、いい買い物をした。


 うーん、さすがサジタリアス。良い品がそろっている。

 弓術を奨励している国なだけあって、腕のいい弓職人を優遇しているのだろう。

 どうにもボロかった矢筒を新調できて大満足だ。

 よくなめしてある赤茶色の肩掛けベルトの具合を確かめながら、にぎやかな大通りを歩く。


 くぅぅ、この肩に対する負荷を最小限に抑える職人技がにくい!

 財布がだいぶ寂しくなったけどそれでも悔いはないよ!

 弓使いが道具をケチっては話にならない。

 安物買いは結局、金をドブに捨てていることと同じなのだ。



 ここは港にいたるゆるやかな下り坂。

 幅の広い石畳の大通りには数えきれないほどの露店がひしめきあっている。


「おうおう、そこの上機嫌なねぇちゃん! どうだい、おひとつ! 今が揚げたてだぜ!」


 食欲をそそる油の匂いに顔を向ける。

 露店のおっちゃんよりも荒波にもまれて大漁だーとか言うのが似合いそうな巨漢が、魚の揚げ物をパンにはさんでいる所だった。


 ……そんなはたから見て分かるほど上機嫌だったのか、私。

 表情がローテンションすぎて分かりにくいと国では大好評だったのに。

 主にネガティブな方向には感情の針がよく振れているんですがね。


 どうにも気恥ずかしかったので揚げ魚入りパンを一つ買うと、そそくさと立ち去る。

 ……あ、うまい。香ばしいハーブと白身魚のうまみのハーモニーだ。

 

 昼飯を済ませつつ、大通りをぶらついていると人だかりが目に入った。

 もしや噂のアレだろうか?


 食べ終わったパンの包みを懐にしまって、私は人垣の中に入って行った。



    *    *     *



 大国サジタリアスは国を挙げて弓術を奨励している。

 それは他国にまで鳴り響くほど、確かなことだった。


 なんでも建国神話が影響しているらしいのだが私はよく知らない。

 意外とそういった神話や国々の事情に詳しいレグルスから聞きかじった情報である。

 レグルス曰く、偉ぶった貴族連中からそこらへんにいる鼻たれ小僧まで、とにかく弓の腕を磨けとお国から圧力かけられるらしい。


 どうもその情報は正しいっぽい。

 こんな街中に弓の練習場がいきなりあるぐらいだ。


 人垣を割って大通りの角をひとつ曲がるとかなり広い空き地につながっており、昼下がりのこの時間、お祭り騒ぎの真っ最中だった。


 端的に言うと、賭け事。


 ギャンブルは男のロマンとは軍にいたころ同僚たちがよく言い訳がましく言っていたセリフだが、ここにいるのも圧倒的に男が多かった。

 むさいむさい! ……まあ軍隊生活で耐性あるけどさ。


「さぁさぁ! お次は誰が挑戦だい? あの毒サソリの心臓を射抜けば銀貨十枚だよ!」


 賭けの元締めらしい男が威勢よく声をはりあげている。

 広場の突き当たりとなる建物の壁際に、いくつかの的が用意されていた。

 パイシーズでもよく見た中心を黒に塗った円い的もあれば、見たこともないようなものもある。大きさもまちまちだったけれど、黒いサソリが描かれた的は断トツに小さかった。


 的自体がスズメほどの大きさだろうか。

 五十メティルほど先にある黒サソリの心臓は、かなり目の良い人間でないと視認することも難しいだろう。


 ……でもぶっちゃけ簡単だよな。動かない的なんて。

 狩りや戦いに比べれば、子どもの遊びみたいだ。


 それで銀貨十枚とは、なんてぼろもうけ。

 一か月分の宿代になる。


 ちょうど懐具合も寂しいし、ここはひとつ、やってみるか。




 手をあげた挑戦者が女だったことに賭けに興じている見物客たちの間で、驚きと侮りのざわめきが広がった。

 この分だと『私が的を射抜く』に賭ける客は少なそうだ。


 けっ、馬鹿にしてろ。ばーかばーか。

 ふだんとことんネガティブな私でも、弓の腕前だけは自慢なんだからな!

 ……むなしいなー。


 弓に弦をはって立ち上がった瞬間、酔っ払いのでかい声が聞こえた。


「どうせ女が挑戦すんなら、もっと美人な色っぺえ姉ちゃんなら『当たり』に賭けんのになぁ」

「はは、違いねぇや」


 よくある嘲りの一つを耳が拾ってしまったのは何でだろう。

 いつもなら弓を構えた瞬間から無心になれるのに。


『アンタ、女としてあの人に相手にされてないんでしょ』


 宿屋の看板娘の言葉が耳に蘇る。

 レグルスはあの娘を抱いただろうか。



 ……余計なことを考えちゃ駄目だ。

 というか抱いたからって何なんだ。いつものことだ。

 レグルスが誰を抱こうが関係ない。そばにいてくれるなら、私はそれでいい。


 抜け殻だった私を探し出して、腕をつかんでくれた。

 あの熱を覚えている。

 私を生かしてくれた熱を。



 あの大きな手のひらで、固い剣だこのある指で行きずりの女の肌に触れたとしても、私のそばにいてくれる。


「それだけで、十分じゃないか」


 何度も出したことのある答えをつぶやく。

 強くなってきた潮風にまぎれて誰の耳にも届かなかっただろう。


 指先はもう震えていない。

 大丈夫。視界もクリアだ。風向きも考慮にいれた。

 

 さあ、毒サソリの心臓を射抜こう。


 矢をつがえ、耳の後ろまで弓を引き、放つ。




 放たれた矢は吸い込まれるように心臓の真ん中に突き刺さった。



  *    *     *


 

 まったく、とんだ騒ぎだった……。

 私が的を外すことに賭けていた大部分の客が暴れ始めるわ、『当たり』に賭けたものすごい少数派が狂喜乱舞するわ……正直、思い出したくない。


 銀貨を受け取って、ダッシュで逃げだしましたよ、ええ。

 

「ここまで来れば、もう大丈夫かな」


 土地勘のない街でだいぶ走り回ったので、現在地が分からん。

 なんかでかい屋敷が立ち並んでいて、やけに静かな感じです。


「とりあえず、メインの大通りに戻っ……」


 突然、口をふさがれ、身体が宙に浮いた。

 

 とっさにもがくが背後からまわされた頑丈な腕はびくともしない。

 軍隊にいたから断言できる。これは鍛えられた軍人の腕だ。


 なめんな、こちとら兵士だったんだ!

 口をふさぐ手に噛みつこうとすると手は離れたが、叫ぶ間もなく首筋に衝撃が走った。 

 

 これは……覚えがある。あれだ、隊長の得意技だった……手刀……。

 ……あちゃあ、だめだ…………レグルスが……怒る……。

 

 『この馬鹿が、少しは警戒心養えよ』という説教の幻聴を聞きながら私の意識は薄れていった。


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