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vs看板娘 ……いや戦わないけど

 一夜明けて、現在。

 さっそく宿屋にいづらくなりそうな事態が発生しました。


 ……やだなぁ、もう十日分の宿泊費払ってあるのに。

 

 私たちみたいな流浪の、しかも兵隊崩れだからまともな雰囲気を持ってない旅人は信用されないんで、宿屋の支払いは前払いの上、一括です。

 夫婦と偽らないと宿が取れないことなんてザラなのです。

 偽ってもカタギとは思ってもらえませんが。




「どうしてアンタみたいな冴えない女があの人の妻なワケ? 分不相応って言葉、知ってる?」


 朝っぱらから私にジェラシーファイトをしかけてきたのは、宿屋の(自称)看板娘でした。

 

 年齢は二十歳にはいっていないだろう。

 十七、八といったところか。

 今が旬! の若さによる自信過剰な匂いがむんむんですよ。

 勝気そうなハッキリした顔立ちにていねいに巻いた赤毛、極めつけは大きめのリンゴをつめたみたいに盛りあがったバスト。 

 白い清楚なエプロンが窮屈そう。

 身体のラインまるわかり。若い娘さんがいいのかそれで?

 ヘタしたらここが娼館だと勘違いされるのではなかろうか。


「ちょっと、なによその目。なに気取ってるのか知らないけど、アンタ、邪魔だからとっとと出て行ってくれない?」

「……宿を出てくのは十日後の予定なんですが」


 真面目に答えたのに、すごい目でにらまれた。

 昨日からよくにらまれるなー私。


 ちっ、と舌打ちしたあと看板娘は急に表情を変えた。

 立派な胸をそらし、勝ち誇った表情でふふんと笑う。

 

「私、知ってるのよ」


 何を、と聞くべきなのだろうか。

 ……いや聞かない方が神経を逆なでしない気がする。


「アンタ、女としてあの人に相手にされてないんでしょ。父さんが言ってたわ」


 あのエロ親父に顔が似なくて良かったですね。

 出てきた感想がそれだけなのだが、これも言わない方が賢明だろう。


 そう判断しただけだったのに看板娘はなにかリアクションが欲しいらしく、イライラし始めた。


 あ、さっき食べたベーコンが奥歯にひっかかってら。

 ……塩味がきつすぎたなぁ、ここの朝食。

 ちなみに朝食は一人で食べましたよ。

 ええ、必要ない限りレグルスを起こす努力なんぞしません。

 奴は絶賛、爆睡中のはず。


 別のことを考えてるのがばれたのか、看板娘が爆発した。


「すましてるんじゃないわよ! 昨夜だってベッドがきしみもしなかったくせに!」


 聞き耳を立てていたんですね、分かります。

 レグルスの美形顔に一目惚れして気になって気になってしかたなかったんですね。

 ……こういうのも職権乱用と言うのだろうか。


「ええまぁ、二人とも爆睡してましたからね」


 旅は体力を使う。当然のことだ。

 きちんとした寝台で眠るなんて久しぶりのことで、私もレグルスも夕方からダウンしていた。

 別々の寝台じゃなくても気持ち良く爆睡できたとは思うが。


「そうでしょそうでしょ。あーんな素敵な人がアンタ相手にヤル気になるわけないじゃない。だ・か・ら・賞味期限切れの妻に代わって、あたしがあの人を癒してあげるって言ってるの。だから、出てけっての」


 いえ初耳ですが。

 まぁこの看板娘からは初耳だが、似たようなセリフは言われ慣れている。

 ならば対処法は一つ。


「そうですか。じゃ、ごゆっくり」

「どうしても出てかないって言うなら……って、え?」

「ですから、ごゆっくり。私は日が暮れるまで宿には戻りませんから」


 どうぞどうぞ、と廊下の端による。

 もう出かけるところだったのだ。

 ジェラシーファイトをしかけるまでもないのに、好戦的なお年頃なのだろう。


 夜這いならぬ朝這いに(偽称)妻のお墨付きを得て、看板娘は目を白黒させている。


「あ、それからレグルスは寝起きが最悪に凶暴なので噛みつかれないように注意した方がいいですよ。押し倒されたら従順でいるのが快楽への道らしいです」


 いつぞやの街であでやかな夜の蝶である美女がとうとうと語ってくれた情報だ。

 レグルスの寝起きが凶悪なのはよく知っているが、どんなに寝ぼけていてもレグルスが私を押し倒すことはないので後半はどうしても伝聞になる。




 一番近くにいるのに、行きずりの女たちの方がレグルスをより知っているのだ。

 そう思うと胸がちりちりと焦げ付くのを、気づかないふりをする。




 呆気に取られた看板娘に手をふって、私は宿屋を後にした。


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