交易都市サディラにて
性的なことに関する発言、またメインヒーローの女性関係に言及する表現があります。苦手な方はご遠慮ください。
国境となっている森林地帯をぬけて、大国サジタリアスに入ったのは太陽が真上に差し掛かる頃だった。
街道に合流し、馬を走らせることしばし。
草原の緑と大海の青に囲まれて、その都市はあった。
交易都市サディラ。
南大陸に向けて巨大な帆船が出発する港で有名な商業の街である。
* * *
宿を取る時に必ず出てくる質問がいい加減うざい。
だから私は無駄に背の高いレグルスの影に隠れて、無表情でいる。
「お二人はご夫婦ですかな?」
「…………そーだよ」
うわあ、嫌そうな上に投げやりな返事だなぁレグルス。
無表情な妻にヤケクソ気味な返答をする夫。
どう見ても離婚寸前の夫婦ぐらいにしか見えない私たちに、宿屋の主人はにこやかな表情で余計な忠告をしてきた。……空気読めよ。
「寝台が一つの部屋のが、だいぶ安く済みますがねぇ、旦那」
「やめてくれ、まじでやめれくれ。野宿の連続でほんとくたくたなんだよ。街にいる間ぐらいはゆっくり休みてーんだ」
「おおっ! じゃそっちの淡白そうな奥さんの方が積極的ってぇことで……」
「すいません、もう疲れたんで部屋に上がってもいいですか」
下品な方向に話を持っていきたいらしい宿の主人にそう言い捨てて、私はとっとと部屋に退散した。
レグルスが仏頂面で「そーだよ」と言ったのにはわけがある。
夫婦でもない男女が同じ部屋に泊まるとなると、厄介事がついてまわるからだ。
かといって血縁関係があるようには全く見えないので、兄と妹とか姉と弟とかいった嘘は使えない。使えなさ過ぎて逆に不信感倍増になることを、この旅の間に知った。
「おいこらエセル。お前、自分だけとっとと退散しやがって……あのエロ親父に妙な薬売ってる店まで教えられそうになった俺の苦労も考えろ」
「おつかれー。だけどさ、レグルスが誤解招く発言するから、からまれるんだと思うよ。というか、私が『嫌がる夫に無理やり迫る好色女』と誤解されたんだから、謝るべきはむしろレグルスだと思う」
「うるせー。『妻の期待に応えられない情けない男』扱いされた俺の方がダメージがでかい」
そう言って荷を放り出すと、レグルスは寝台の一つにどさりと腰を下ろした。
いつも偉そうに胸を張っているくせに、今は心なしか猫背気味だ。
「ああそうだ。それに関連して質問があるんだけども」
「…………なんか嫌な予感しかしねぇ……」
緑の瞳に不信感まるだしの野良猫みたいな光を宿らせて、にらんでくる。
口元も警戒のためか若干ひきつっているが私は気にしない。
ふと考えてしまってからどうにも頭から離れない疑問を解消したいのだ。
「野宿ではくっついて寝てるのに、なんで宿屋では一つの寝台を嫌がるの? というか、いつから傍で寝るようになったんだっけ?」
記憶があいまいで思い出せない、と続けるとレグルスはあんぐりと口を開けた。
そうして次の瞬間には、お前はタコか、と言いたくなるほど顔に血をのぼらせる。
そんなに怒らなくても……。
おーおー怖いねぇ、美形の怒り顔は。慣れてるから別に怖くないけど。
「お前は馬鹿か! いやお前こそが馬鹿だ! おい馬鹿!」
びしぃっ、と指をつきつけられて思わずハイと返事をしてしまった。
「仮にも女なら少しは危機感知能力を持てよ!」
「……危機? え? なにレグルスって私の貞操狙ってたの?」
「…………っ! んなわけあるか!」
「だよねー」
国にいた時からレグルスは女によくもてた。
軍人に憧れる町娘から城に勤めるメイドさん、商売女はもちろん果ては貴族のご令嬢にまで熱心な信奉者がいたほどだ。
旅の行く先々でも華やかな美貌と均整のとれた体つきは女性の視線を一人占め。
おかげで私は色気のある関係でもないのに、嫉妬をびしばしと受けまくっていた。
完全なとばっちりだよ。
そんなわけでレグルスは女に不自由などしていない。
時々、色っぽいおねーさんとイイコトしてるのも私は知っている。
何でだか分からないがレグルスは私にそのことを隠したいらしく、バレてないと思ってるみたいだがバレバレである。
というか、まぁレグルスに抱かれてめろめろになった彼女らが見当違いの攻撃を私にしかけてきたからなのだが。
「レグルスが色気もへったくれもない私に手を出すなんてありえないし」
「……………………当たり前だろ」
そんな不機嫌そーな顔で豪華な金髪をかきむしらなくても……。
誤解なんぞしてないというのに。
「だからさ路銀の節約のためにも、からかわれるネタをなくすためにも、これからは寝台一つの部屋に」
「断る」
「せまいから? お互い軍隊生活が長かったし、今さらそんな些細なことで眠りづらいってこともないで」
「断るって言ってんだろ」
二度も最後まで言わせてもらえなかったよ。
……まぁレグルスにもこだわりがあるのかもしれない。
なんかこう、寝台に対する特別なこだわりが。
……なんかやだな。寝台フェチとかだったらどうしようか。
会話はこれで終わりとばかりにそっぽ向いてフテ寝を始めたレグルスに、溜息をつく。
野宿ではいつの頃から寄り添うようになったのか、結局分からずじまいだ。