凶暴な男の起こし方
寝起きが非常に凶暴な男を起こすいい方法があるのなら誰か教えてほしい。
共に旅をし始めてからそろそろ一年になろうかというのに、私は毎朝びくつきながら試行錯誤している。
今朝の試みとして射たばかりのカモをさばいて適当に木の棒に刺して焼いたものを、空腹の猛獣に差し出すがごとくレグルスの鼻先に近付けてみた。
経験則その一、レグルスは敵の気配と食い物の匂いには獣並みに敏感である。
案の定、香ばしい匂いのする肉を近づけた途端、奴はかっと目を開いた。
現れたのは野性味の強いあざやかな緑の瞳。
エメラルドや翡翠に例えるよりも、深い森の生命力をそのまま宿したようだと言った方がしっくりくる美しいけれども凶暴な色だ。
緑の双眸は寝起きの機嫌の悪さのせいで人間らしさのかけらも宿していない。
その目で焼けた肉を捉えたかと思うと、レグルスはがぶりと肉に食らいついた。
ひぃぃ、やっぱり手でつかむ間もおしんで食らいついたよ、この男。
棒の先に肉を刺しといて良かったー。
経験則その二、食い物を近づける時は手に噛みつかれないように注意すること。
そう、前回は手で食い物を差し出して、見事に食らいつかれたのだ。歯型が残ったし、かなり痛かった。レグルスの犬歯が無駄に鋭いせいもある、
よし、次回からはこれで行こう。
耳元で起きろと長い間叫び続けるのも、ゆすり続けるのも、物理的攻撃をして後で報復されるのも本当にこりごりだ。
私が心の中でこれまでの苦難の日々を回想していると、肉を食い終えてようやく本格的に覚醒したのかレグルスの瞳に人間らしさが出てきた。
寝起きの奴は単なる凶暴な野生動物です。覚醒しなくては言葉も発しませんよ。
「……エセル、お前なぁ、もっとマシな起こし方はできないわけか? あれか? 俺は闘技場で飼われてる檻に押し込められた腹ペコの獅子か何かか?」
ぐるる、と獅子がうなるみたいな重低音の声でレグルスが不平をこぼしやがりました。
「本当に檻に入っている分、闘技場の獅子の方がまだ安全だねー」
「ほー、じゃあ、お望み通り指の一本でも噛みちぎってやろうか」
「やめて、真面目にやめて、弓が引けなくなる」
ひたすら正直な感想をもらしただけだったのに、うすら寒い殺気と共に恐ろしいことを言われぶんぶん首を振る。
レグルスは有言実行の男なので本気で怖い。
青くなった私の顔色を見て気が済んだのか、ふんと鼻をならしてレグルスは睨んでいた目線を私から外した。そうして寝起きの猫よろしく伸びをすると、無造作な切り方でも豪奢な金髪をがしがしかきながらにやりと笑う。
「安心しろよ、お前の唯一の長所を奪うまねなんざしねーから」
獲りたての美味い肉が食えなくなるしな、というレグルスの心からの本音は朝の爽やかな空気にひどくそぐわなかった。