王様のお宝
故郷を追い出される時にお偉い大神官サマから授かりました知識に『念話』に関するものがあった。
どうも離れた場所にいる二人が脳内会話できるらしい。
ジェミニの双子の王族に使い手が多く、私が殺した兄王ザムエルは念話で弟王テオドールに「俺殺したのこの女だから呪ってくれ」的なことを言った、らしい。
そんでテオドールが私を呪った、らしい。
なんで全部『らしい』なのかと言ったら、王族の力なんぞ話半分も信じちゃいないからだ。
呪われてから1年近く……いや、まだか?
ザムエル射殺したのが夏で、今がぐるっと季節が巡って暑くなりかけてる時期だから。
まぁでも、そんだけ呪われてからたってるけどピンピンしてるからな!
健康体そのものだからな!
……話が逸れた。
念話。念話について考えてたんだ。
信じちゃいないが、念話って使えたらすごく便利だと思う。
もしもし、レグルス。
突然ですが今なにをしていますか?
私は君のお兄さんに両手両足縛られた上に金属製の首輪はめられて鎖でつながれてます。
見事に拉致監禁されてます。
あんな迷惑な兄がこの国にいるのなら、教えておいてください。
……教えられても回避しようがなかった気がするけれども。
レグルス。私の予想では今、夜の街ナンバーワンの肉感系美女に言い寄られているところに宿屋の自称看板娘が出張って来た修羅場にいるんじゃないかな?
修羅場が終わったらでいいので探しに来てください。
……嘘です、できるだけ早急に助けにきて欲しいですごめんなさい。
だって君の兄、話が通じなさすぎる! なにあのフリーダムな人!
自称犬系シリウスに関する苦情をレグルスに思念で飛ばそうとして唸っていると、コトトンッという音が背後で上がった。
うわ? なにごとですか?
ドアに向いて横になっていた体勢をぐるっと変えて、音の出所を探る。
ベッド上での芋虫動きだがな! 弓使いの背筋で無駄に素早いよ!
音の出所は……あれだ、『ザ・宝箱』。
シリウスが奪還したという王様のお宝が入っているという宝石ごてごてデコレーションな箱だ。
それがコトッコトコトコトッと動いている。
……小動物でも入ってんのかな?
とか思ったら、か細い声が聞こえてきた。
「…………ふぇ……まっくらだよう……怖いよう……ここどこぉ? ……助けてよう……」
しゃっくりあげながらの、女の子の声。
あの箱に入れる大きさということは……幼女か!
王様のお宝は幼女だったのか!
サジタリアス国王がロリコンだったとは知らなかった……というかそんな噂が出た時点で国として終わってるが。
そしてシリウスの鬼畜疑惑が濃くなった。
女の子を箱に詰めるなど言語道断!
「大丈夫。 落ちついて聞いて、君が今いるのは箱の中なんだよ」
怒りはとりあえず脇に置いといて、怯えさせないようできるだけ優しい声を出す。
そうすると箱の動きはピタッと止まった。
代わりに、すがる様な可愛らしい声が返ってくる。
「そこに誰かいらっしゃるんですか!? お願いしますここから出してください! わたし暗いとこダメなんですぅぅぅ!」
幼い女の子にしてはずいぶんとしっかりした口調だ。
宝箱の大きさは私が両腕で抱えられる程度で、せいぜい5歳以下の子どもしか入りそうにないのだが……。
まぁ今それは重要なことじゃない。
「ええと……そうしたいのは山々なんだけど今の私には不可能で……。ごめん!」
後ろ手に縛られていることよりも、鎖の方が致命的だ。
なんせこの無駄に豪華なベッドから降りられないくらいの短さなのだ。
部屋の隅に置かれたテーブル上にある宝箱には、足が10倍ぐらいにゅーんと伸びないと届きもしないだろう。
「ふぇぇ、そんなぁー」
「いやいやいや、まだ希望はある! たぶん! とりあえず落ち着いて、上の蓋が開かないか押し上げてみて」
希望その1、シリウスが鍵をかけ忘れたことを祈る。
オーソドックスな半円型の蓋がかすかに震える。
しかし、それだけだった。
「開きません!」
ちぃっ! やっぱきちんと鍵かけてやがったか……。
わずかに蓋が作る隙間があるとはいえ、密閉気味の容器に女の子いれて鍵かけるなよ!
窒息したらどうする!
シリウスを今度から鬼畜と呼ぼうと胸に刻みつつ、声を張り上げる。
「そういう見た目重視の宝箱って蝶つがいの作りとかちゃっちいことが多いから、蓋押し上げて踏ん張ってみて!」
希望その2、宝箱が壊れることを期待する。
ああいう宝石のついた、それ自体が美術品みたいな宝箱が頑丈だとは思えない。
「ふぇ……無理です……開きそうにないです……」
「むしろ叩き壊すくらいの勢いで力いれて! ……いや、蹴り壊す方がいいか」
腕の力よりも、足の力の方が何倍も強いものだ。
「箱の中で見動き取れるなら、背中を下にして足で蓋蹴り上げて! 思いっきり! イメージとしては……」
なんだ?
なんか足の強い動物っていたっけ?
小さい女の子でも分かりやすいような。
その時、唐突に頭に浮かんだのは弓を持ち始めた頃のこと。
猟師の父さんについて山に分け入り、急斜面を駆けのぼるウサギにまんまと逃げられた幼き日のしょっぱい思い出。
「イメージとしてはウサギキックで!」
愛くるしい外見に反して、奴らの脚力は強い。
「……う、ウサギ……ですか?」
「大丈夫! ウサギなら開けられる! なぜなら逃げ足だけで生存競争に生き残ってる種族だから!」
「そ、そうなんですか……ウサギなら開けられるんですね! ウサギなら!」
良かった。なんだか思い込みが強そうな子だ。
こういうイメージは100パーセント以上の力を出すために必要なのだ。
国にいた頃、隊長がよく言っていたが「人間、火事場になれば馬鹿力が出るものなんだよ」である。 つまり自分はこういう者だという意識がなくなれば、怪力が発揮できたりするかもしれないということ。
それを引き合いに出しての隊長の訓練は……手足に震えがきたので割愛。
隊長は、大好きでしたが、鬼でした。
昔を思い出してちょっと遠い目になっていると、宝箱からぶつぶつと声がもれてくる。
「だいじょぶだいじょぶ……ウサギなら開けられるウサギなら開けられる、わたしなら開けられる……!」
ダムッと蓋を蹴りつける音がした。
その次の瞬間、宝箱がいきなり光り出したのだ。
青白い輝きが宝箱からあふれ出たかと思うと、宝石がばらばらに明滅し、やがて光は消えた。
ランプの光とは質が違う、星の光に似た鋭さのある輝きだった。
「な、なに今の……?」
光は、という言葉を呑みこむ。
あんまりにも呆気なく、パカッと蓋が開いたからだ。
そうして宝箱から文字通り飛び出してきたのは…………ウサギでした。
「ありがとうございますぅぅ! おかげさまで出られましたっ!」
ぴょこんぴょこん、と飛び跳ねてベッドの上にやってきた生物をまじまじと見つめてしまう。
…………やっぱりウサギにしか見えなかった。
* * *
ふわふわの毛並みは淡い茶色。
ミルクティー色のあまやかな色合いだ。
お腹は白いもふもふした毛に被われていて、実に柔らかそう。
真っ黒なお目目は黒曜石のごとくきらきら輝いていて愛くるしく私を見つめていますよ。
王様のお宝は、ウサギでした。
というかウサギってしゃべれたのか。
なんてこった!
ごめんなさい、今まで普通に食べてました。
むしろ鳥肉の次にウサギ肉食べてます。獲りやすいから!
「……えぇっと……えーと、はじめまして?」
「はじめまして!」
混乱しつつ、とりあえず挨拶から始めてみた。
元気なお返事と共に目の前のウサギの口が動く。
お父さん、お母さん、そして隊長。
びっくりです。ウサギさんと会話が成立しております。
「わたしはミーファと申します! よろしくお願いします!」
「えー、あー……こちらこそよろしくお願いします? 私の名前はエセルです」
「エセルさんですか! 響きが綺麗なお名前ですね! わたしの名前は祖母が思いつきでつけたものらしいのですが……」
「えっと、ごめんミーファ。君のおばあさんもウサギなのかな?」
なんで君ウサギなのにしゃべるの? とは聞けなかったよ。
いや、これも直球な気はするけどね!
ごめん混乱してる!
私の言葉にうす茶色のウサギ……もといミーファはハッとした顔をした。
……ウサギのハッとした顔って、狩人の匂いを感じ取った時の顔だよなー。
野山を駆け回っているウサギと見れば見るほど同じである。
しゃべることを除けば!
「これはすみません! よく考えてみればエセルさんが驚きになるのもご無理はなく……なにとぞご容赦を!」
「え……いや別に私も悪かったし……」
なにが悪かったのか自分でも良く分からないが、ペコペコ頭を下げてくるミーファにこちらも頭を下げる。
縛られてるから、首動かすだけですが。
その様子にミーファが大きなお目目をさらに見開いた。
長いお耳をぴるぴるさせて、綿菓子みたいな身体を私にぶつけてくる。
「ああああ! ごめんなさい! まずは縄を! 縄をお取りするべきでしたね! 少々お待ちを! ただちに齧り切りますので!」
まずは背中にまわって手の戒めを取り(カリカリ齧って)、次に足も解放してくれた(カリカリ齧って)。
すごいね! ウサギの前歯!
丈夫な縄もすぐさま齧り切れたよ。
「ふぅぅ! 終わりました!」
「真面目にありがとう。いやー、シリウスっていう鬼畜な軍人に縛られてさ……あ、やべ腕しびれてら」
首輪はまだついているものの、手足が自由になった解放感は計り知れない。
しびれた腕をまわしていると、ウサギ……いやミーファがぷるぷる震えだした。
「し……シリウス様がお縛りになられたのですか……?」
狩られる寸前のウサギと同じ顔、つまりは恐怖にかられたミーファの様子に尋常ではないものを感じ取る。
「……君もシリウスにはひどい目にあったっぽいね。箱詰めなんて全く鬼畜な……」
「ああああああああああ! どうしましょう! もしや、縄は……あの、その……そそそ、『そういう』恋人同士のお戯れだったのでは……! わたしったら、また早とちりで余計なことをしてしまったのではああああ!」
なにこの思い込みの激しい小動物。
激しく誤解なんですが。
ベッドの上で震えながらぴょんぴょん跳ねるミーファを、私は死んだ魚の目で見つめてしまった。