弓使いの朝
寄り添って眠るようになったのはいつからだったろうか。
寝起きの回らない頭でふとそんなことを考えてしまった。
触れ合った肩越しに伝わる熱をずいぶん前から知っているような気もするけど、霞がかった記憶を掻きまわしてみても正確な所はよく分からない。
国にいたころはこんな風に眠ることなどなかったことは確かなんだけれども。
まだ青い夜気が残る早朝、野宿の場所に選んだ巨木の傍らで、いつものごとく私の方が早く起きた。
旅の相方はたいへん寝起きが悪いので、起こすのは私にとって朝に必ず待ち受ける厄介事のひとつなのだ。
朝とはいえまだ薄暗いからを起こすのはもう少ししてからがいいだろう。
寝起きの同行者の凶暴性が身にしみている私はそう判断して、同じ毛布にくるまって寝ている奴の顔を改めて観察する。
旅嚢を枕にして眠っている男の顔はすぐ間近にある。
吐息が頬にかかるほどの位置だ。
夜を共にした恋人同士みたいな距離と体勢だが、私とこいつの間に男女関係が発生したことなどただの一度もない。
昔は単なる腐れ縁の同じ部隊に所属する同僚で、今は単なる旅の同行者だ。
こいつに至っては私を女だと認識してるかどうかさえ、かなり怪しい。
・・・・それにしても無駄に綺麗な顔だよなー、睫毛で影ができてるしさー。
私の隣で眠る無駄に綺麗な顔の持ち主はレグルスという。
旅暮らしが長いため私が適当に切っている金髪は朝の薄い光を反射して蜂蜜色に輝いている。無造作に襟足にかかる長さの金髪に縁取られた顔は、通った鼻梁から今は閉じられている瞼、形の良い口唇まで男らしく整った容貌を作り上げており、端麗な顔立ちと評しても言いすぎではないところが憎らしい。
「・・・・・・とりあえず、起きるか」
何だかとても空しくなって私は毛布からはい出て、朝の身支度を整えた。
野宿に選んだ場所からすぐの所に綺麗な泉があり、洗面も水分補給も手早く済ませられる。
とっても水質が綺麗なので、水面に自分の顔が映るけどよく見ないでスル―。
ああ、まあ女としてあるまじきことだとは分かっちゃいるけど、目やにとかさえついてなければ後はどうでもいいと思ってしまう。
平凡な容姿をしていることを自覚しているので、先ほど観察した『無駄な美形』顔と比べるとダメージがでかすぎて朝から落ち込むはめになるからだ。
黒に近い焦げ茶色の髪を無造作にくくり、髪と同じ目の色をした可もなく不可もない顔をした女が私だ。観察しても面白くも何ともない。
泉のほとりで、朝の習慣となっている基礎鍛錬を始める。
まずは身体をほぐし、手指の感覚を蘇らせる。関節と筋肉が柔軟に、しかも思い通りに動くことが全ての武術の土台だから念入りに行う。
自慢するが私は弓矢の使い手だ。
他に取り柄がないともさんざん言われてきたが、国にいた時から弓の腕前だけは天才的だと称賛され続けてきた。
女だてらに弓を扱うには特に筋力の維持に気を使う。男どもは何もしなくてもある程度の筋肉は維持できるし元から力もあるが、女である私の筋肉は運動をしなければすぐ脂肪に変わってしまう。
腕の筋肉と体勢を支える足腰、そして背筋を鍛える運動は毎日欠かすことはできない。
一通りの基礎鍛錬を終えた後は愛用の弓を使っての稽古だ。
弓筒から赤い矢羽の矢を選び出した。染料で鮮やかな赤に染まった矢羽は遠くからでも見分けがつきやすい。
私が弓術に魅せられた要因でもあるのだが、長弓を射る動作というものはシンプルにしてひどく美しい。
構えて、矢をつがえ、引き、狙いを定め、放つ。
五つの射撃動作の中に全てが含まれ、矢の命中率も威力も射手の技量しだいでどうとでも変化する。弦を引き絞る時も、離す時も左右の手が震えることはあってはならない。
静かに水中を行く魚のようになめらかに、何の抵抗もなく全ての動作を行うのだ。
呼吸を鎮めて、空に向かって弓を引き絞る。
放った矢は狙い定めた通りに飛ぶ鳥を射落とした。
うん、いつ見ても惚れ惚れするような弓の腕前だ、私。
まぁ誰も見てないけどね。