「君との婚約を破棄する」と言われたので、喜んで隣国に行きました
「アリシア。君との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業パーティー。
大勢の貴族が集まる中、私は婚約者である王太子レオンから、そう告げられた。
あ、卒業式じゃん。
あっという間だったな。
隣には、令嬢のミリアが立っている。そして、
彼女は怯えたような顔で私を見つめている。
あらあら、可哀想なお顔ですこと、
私はレオンの顔へと視線を移動させた。
「では、私に理由をお聞かせください」
そういって、スカートの端をつまんでひょこん、とお辞儀をした。
「君がミリアをいじめたからだ!」
レオンは声を張り上げた。
他の参加者たちが、一気に静まり返る。
「教科書を破り、階段から突き落とし、さらには紅茶までかけたそうじゃないか!」
私はニヤリと笑って、「それは、可哀想ですわね」と言った。
レオンが私を睨みつける。
「君は昔から、自分が王太子の婚約者だからと好き勝手してきたらしいじゃないか。それでは、僕の名誉にも関わるからね」
会場の視線が私に集まる。
集まった視線が、私の顔をギコギコとミリアの方に向けさせた。
彼女は涙を浮かべながら、生まれたての子鹿のように震えていた。
天敵に怯え、風に震え、早く立たなければいけないという本能もとい使命によって立たされる生まれたての子鹿のように、ビクビクと震えていた。
あなたは、そんな勇敢じゃないよ。
「本当に私がそんなことをしたと言うのですか?」
「はい」
「ああ、そうですかそうですか。しかしながら、私にはそのような記憶がまったくございません。しかししかし、私もあなたも人間。ここは一度、話し合って、誤解を解くというのはどうでしょうか?」
「え?」
「教科書を破ったのは、いつだったでしょうか?階段から突き落としたのはいつだったでしょうか?ああ、私はそんな恐ろしいことをしていたのですね、」
「・・・でも、隠れてコソコソと、」
「そうですか。私は隠れてコソコソとそんなことをしていたのですね。それは、なんと、」
ミリアは私の今の様子を見て、少し首を伸ばした。
そして、見下ろすようにこちらを見てきている。
「しかし、・・・やはり、私には記憶がございません」
すると、レオンが「黙れ!」怒鳴った。
「私は今日、一度もミリア様とお会いしていません」
「嘘だ!」
「では、証拠をお見せください」
「証拠ならある!」
レオンが叫ぶ。
「ミリアがそう言っている!」
「確かにそれは証拠でございます。それならば、私はレオン様に無理やり押し倒され、家族を人質に取られ、「お前が俺の婚約者にならなければお前の家族を殺す」と酷い脅しをかけられたというのに、婚約破棄などと申すのですね、」
誰も答えない。
会場が静かになっていく。
レオンは「そ、そんなのデタラメだ!!」と、胃の中にあった吐瀉言語を吐き出した。
二重言葉だが、「吐瀉物を吐く」と一般的に言うからな。それに、吐瀉物というのは体外に排出された下痢やゲロのことをいうらしい。
つまり、体の中にある内はそう呼ばないということだ。
まあ、今はそんなことはどうだっていい。
と思えないほど、今の状況がどうだっていい。
ざわざわと会場が騒がしくなる。
「・・レオン殿、それは本当なのですか?」
参加者からそう声が上がった。
「ち、違います!」
レオンが慌てて叫ぶ。
「そうです違います。私は、今、とても混乱していて嘘をついてしまいました。申し訳ございません。では、そちらも私に謝ることがあったら、どうぞ申してください」
私がそういって、ニヤッとレオンの方を見ると、彼はキリキリと歯を軋ませてから「そっちこそ、ミリアに謝ることがあるだろ!!」と、またもや馬鹿な音を出した。
彼には、音量調節という機能がついていないのだろう。
可哀想に。
「証拠など関係ない。謝るんだ!!」
「関係ないんですね。それは、失礼しました!」
私がそういうと、レオンは私の顔を一瞬じっと見てきたので、私は彼にファンサとしてウインクしてあげた。
すると、彼は少し困惑したような顔をこちらに見せてから、すぐにその他大勢の貴族たちの方を向いて「私はミリアを信じる!」とまたもや先ほどと変わらぬ音量で叫んだ。
なるほど。
つまり、そういうことなのだ。
証拠も事実も関係ない。
レオン殿下は、ミリア様を選んだ。
純愛でございますね!!
純愛、ピュアハートですよね。なんの曇りもためらいもない、
「それに私は、ミリアを愛している!」
会場がざわめく。
レオンは堂々と馬鹿だった。
「だから、君との婚約を破棄する。そして私はミリアと結婚する!」
私はしばらく彼を見つめた。
幼い頃から婚約していた。
王妃になるために、毎日勉強した。
礼儀作法、外交、法律、経済、歴史。
王妃になったとき困らないようにと、私は努力してきました。もちろん、自分のために。
けれど。
今のレオン様を見ていると、グスッ、私、なんだか馬鹿らしく思えてしまいますわ。
なんて思わないですよ。
努力を無駄にするのは、いつだって自分自身ですもの。
別に、努力なんてどこででも活かせますからね。
「はい、ただいま承りました!!」
「なに?」
「婚約破棄、お受けします」
「強がるな!」
そういって、目を剥き出しにして彼は怒鳴った。その声に、彼の大大大好きなミリアとかいう女が「ひゃっ」と声を出して少し身を縮めた。
「そうですね。強がる必要もございません。私、強いですもの」
そう言って、私は微笑んだ。
「・・・?」
レオンは不思議そうな顔をした。
「では、私はこれで失礼いたします」
私は一礼し、会場を後にした。
◇
「・・・本当に、いいのか?」
屋敷に戻った私に、父が尋ねた。
「はい」
「王太子殿下との婚約を失えば、我が家の立場も・・・」
「お父様。じゃあ、座ってください。座る場所ならあるのですね。立場ですもんね。座る場所ならありますよね」
私は父の言葉を遮った。
「それに、私は王妃になりたいわけではありません」
「・・・」
「王妃になるなら、国を支える覚悟が必要だと思っていました。だから勉強してきたのです」
私は机の上に積まれた教本を見る。
「ですが、あの方にその覚悟がないのであれば、私が王妃になる必要もありません」
父はしばらく黙っていた。
「・・・そうだな」
そして、小さく笑った。
「お前の好きなようにしなさい」
「そうすると、私はあの方を殺すことになるので、もっと言葉を考えて使ってください」
その夜。
私は一通の手紙を受け取った。
差出人は、隣国の王太子カイル殿下だった。
『もしよければ、我が国へ来ていただきたい』
そこには、そう書かれていた。
◇
「なぜ私を?」
数日後。
隣国を訪れた私は、カイル殿下に尋ねた。
「答えは簡単です」
カイル殿下は答えた。
「私はあなたが学園で何をしていたのか知っています」
「簡単!!」
「あ、そういうことじゃなくて、」
「簡単!!簡単簡単簡単!!!!」
カイル殿下は笑った。
「面白い方ですね」
「簡単!!」
「その、話は戻りますけど、また、あなたが王妃教育で学んだ内容についても聞いています。経済政策、外交、法律。あなたはかなり優秀だそうですね」
「人並みです」
「謙遜も結構です」
「じゃあ、もっと自慢しろということですか?あなたは、私のそのような謙虚なところを気に入ったのではないのですか?あなたみたいに、無責任に言葉を使う方は得意ではございません」
カイル殿下は、困ったように私の方を見てくる。
「なんて言いませんよ。人並みですから、」
「あ・・・えっと、そうなんですね??まあ、その、お願いがありまして、我が国で、私の補佐をしていただけませんか?」
「いいですよ」
「・・・?」
カイル殿下は不思議そうに首をかしげた。
そして「あ、いいんですね」と言って首をかしげながら、私にとある書類を渡してきた。
そこには、隣国との貿易を改善するための計画が書かれていた。
「もしよければ、こちらの書類を読んでもらってもいいですか?」
私は書類にパンッと文字通り目を通した。
「あの、読みづらかったですか?そんなに、顔を近づけなくても、」
ほんと、こいつはいちいちうるさいやつだな。
そんなことは無視して私はペラペラと紙をめくり、中身を確認した。
「関税を下げるだけでは、こちらの国が損をします」
「ほう」
てめえはちゃんと勉強しとけや。
「代わりに、こちらから輸出する品目を増やしてはどうでしょう。特にこの地域では――」
話しているうちに、私は夢中になっていた。
王妃になるために学んだことが、初めて誰かの役に立っている。
「・・・面白い」
カイル殿下が呟いた。
「何がですか?」
「あなたは、王妃という肩書きがなくても、立派に人の役に立てるのですね」
私は少しだけ笑った。
「黙れカス!私は努力してきたんだよ!王妃という肩書が無くてもだと?肩書関係無しに、私は有能な人間だってこと!!てめえはそんなこともわかってなかったのか?てめえのどうせドロッドロに溶けた湯葉みたいなペラッペラの脳みそからペチペチ練って出てきた言葉なんか私は興味ねえんだよ!!喋んな!!」
というわけで、私は隣国で働くことになった。
◇
一年後。
私は隣国の外交官たちの間でも知られるようになっていた。
国同士の交渉に参加し、商人たちの意見を聞き、税制について提案する。
毎日忙しかった。
けれど、楽しかった。
そんなある日。
カイル殿下が私の執務室へ入ってきた。
「アリシア様」
「はい」
「あなたの元婚約者から手紙が届いています」
「手紙って、・・・なんですか?」
「手紙ですよ。まあ、一応お渡ししときますね」
私は手紙を受け取った。
内容は短かった。
『アリシア。戻ってきてほしい』
私は首を傾げた。
なぜ?
さらに読み進める。
『君がいなくなってから、国の外交がうまくいかない』
『財政も悪化している』
『ミリアは王妃教育についていけていない』
『私は、君がどれほど国のために努力していたのか、ようやく理解した』
最後には、
『頼む。もう一度、僕を支えてほしい』
と書かれていた。
「・・・なるほど」
私は手紙を折りたたむ。
「どうしますか?」
カイル殿下が尋ねる。
「これは、今度トイレで使わせてもらいます」
「即答ですね」
「・・・勝手に人の手紙を読んだのですか?」
私は笑った。
「・・・その、部下が勝手に読んでいたんです」
◇
それから数日後。
隣国の王宮に、一人の男がやってきた。
「アリシア!」
レオンだった。
「頼む! 戻ってきてくれ!」
以前とは違い、ひどく疲れた顔をしていた。
「我が国には君が必要なんだ!」
「あら、でも、私、今は、えっと、えっとね、」
「君がいなくなって、初めて分かった!」
レオンは必死だった。
「僕は間違っていた! ミリアの言葉を信じて、君を捨てた! 本当にすまなかった!」
私は黙って彼を見つめる。
「だから、戻ってきてほしい」
「一つ、質問してもよろしいですか?」
「ああ!」
「私が戻ったら、私は何になるのですか?」
「もちろん王妃だ!」
「そうですか」
私は少し考えた。
「では、もう一つ」
「なんだ?」
「私が必要なのは、王妃だからですか?それとも、私という人間だからですか?」
レオンは答えられなかった。
私はそれだけで十分だった。
「答えてください」
「アリシア!君という人間が必要なんだ!!」
「なんで答えるのが遅れるんですか?あっ、わかりましたよ。ほんとは、国は全然ピンチじゃないんでしょ!!私が恋しくなって、それで戻ってきたんですね。そんな、国を救ってほしいなんて大層なことを仰って、ほんとは私のことが恋しいのですね。ほんと、まだまだ子どもですね。おほほほほほほ」
そういって私は声高に笑った。
レオンの顔が歪む。
「君は・・・僕を恨んでいるのか?」
「恨んでなどおりません。あなたよりも、こちらのカイル殿下の方がペラペラの言葉しか吐けないボケガエルですから。そういえば知ってますか?カエルって、間違えて変なものとかを食べたときに口から胃袋を吐き出してから自分で洗うんですよ!!面白いでしょ!!あと、飲み込むときに目を閉じて眼球の圧力でものを飲み込むんですよ」
私がそういうと、カイル殿下が入ってきて「いや、この人が変なだけで、私はそんな、ペラペラなことばかり言っているわけではございません!!誤解するようなことを言わないでください!!あと、そういうことを言っていると我が国の格が落ちてしまうのでやめてください!!そんな、部外者に、」とだけ言って、
部屋から出ていった。
「なぜ!」
カイル殿下が来たことなど忘れて、私たちは話を続けた。
「なぜ、僕のことを恨まないんだ!!」
微笑んだ。私は。
でけえよ。声。
ふざけんなよ。マジで。
「今、仕事中なんで、クレームは違う人に言ってください」
「・・・」
レオンは何も言えなかった。
そのとき、後ろから声がした。
「アリシア様、そろそろ次の会議ですよ」
カイル殿下だった。
「はい。今行きます」
私はレオンに一礼する。
「バイバイ」
そういって、彼に投げキッスをした。
そして、彼の横を通り過ぎた。
もう振り返らなかった。
◇
それからしばらくして。
私は隣国の王宮で、カイル殿下の正式な婚約者となった。
けれど今は違う。
私は知っている。
王妃という肩書きが人を価値ある存在にするわけではない。
誰かに必要とされるために、王妃になる必要もない。
自分の力で誰かの役に立つこと。
自分自身の人生を選ぶこと。
それだけで十分なのだ。
「アリシア」
「はい?」
「次の会議ですが――」
「分かっています。資料はこちらです」
「・・・相変わらず仕事が早いですね」
「相変わることだけ言ってください」
私は笑う。
そして窓の外を見る。
遠くには、かつて私が王妃になるはずだった国がある。
もう、そこへ戻ることはない。
私は自分の足で、新しい人生を歩いている。
だから私は、今でもあの日のことを思い出す。
あの人が言った言葉を。
『君との婚約を破棄する!』
そして私は、心の中でこう答える。
――婚約破棄してくださって、ありがとうございました。
もしよかったら、他のも見てください




