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戯文シリーズ

勝てない……

掲載日:2026/08/16

 ある武道家を見た。

 彼を見たのは、インターネットワークにおける動画配信サービスを利用していた際のことだった。

 私は元々、古今東西の武術や武道に興味を持ち、独学でそれらの技を練習し、格闘技もやはり独学で嗜(たしな)む人間だった。

 インドアで、映像を視聴し、自己研鑽を行うだけの独学。

 その独学の一環として、彼の映像を観たのだ。

 彼が、部分的には、例えば打撃力(だげきりょく)や投げ力(ぢから)においては、相当な実力者であることは確信していたが、実際に戦ってみた時の強さについては、わからないが確かめる必要も無いと考え、さておき彼の解説を聞いた。

 ある時には、合気道の技であるところの、相手の体勢を崩し、傷付けずに制する技術を紹介していた。

 その日から、私はその技の練習を始めた。

 またある時には、歴史上の武道家や兵法者が遺(のこ)した、教訓の数々を聞いた。

 例えば———ある合気道の達人曰く、技でやるから力は要らないと考えるのは二流で、本当は力が無いと技もできないのだ、と。

 その日から、私は筋力トレーニングを始めた。

 力学的な脳内シミュレーションが得意な私だったから、名前の付いた既存のトレーニング法に頼らずとも、自分がするべきトレーニング法を自分で作ることは、造作も無かった。

 さて、力が鍛え上がり、二の腕が膨れ上がった頃に、私はその武道家の実戦組手の映像を見た。

 強かった。

 勝てないと思った。

 私は、次のように考えることにした。

 生物とは、身を置くその環境にさえ能力的に適応できていれば、十分な能力があると言えるものだ。

 成る程、彼は、その道場の中では一番強い。

 ならば私は、この家の中では一番強いのだ、と。

 この家から出ない限りは、私は最強なのだと。

 今日も私は、合気道の技を駆使して、普段から碌(ろく)に運動もしていない両親と、技巧の格闘を繰り広げている。

 働かずにいる私を家から追い出そうとする両親を、私は合気道の技を駆使して、傷付けずに制しているのである。

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