勝てない……
ある武道家を見た。
彼を見たのは、インターネットワークにおける動画配信サービスを利用していた際のことだった。
私は元々、古今東西の武術や武道に興味を持ち、独学でそれらの技を練習し、格闘技もやはり独学で嗜む人間だった。
インドアで、映像を視聴し、自己研鑽を行うだけの独学。
その独学の一環として、彼の映像を観たのだ。
彼が、部分的には、例えば打撃力や投げ力においては、相当な実力者であることは確信していたが、実際に戦ってみた時の強さについては、わからないが確かめる必要も無いと考え、さておき彼の解説を聞いた。
ある時には、合気道の技であるところの、相手の体勢を崩し、傷付けずに制する技術を紹介していた。
その日から、私はその技の練習を始めた。
またある時には、歴史上の武道家や兵法者が遺した、教訓の数々を聞いた。
例えば———ある合気道の達人曰く、技でやるから力は要らないと考えるのは二流で、本当は力が無いと技もできないのだ、と。
その日から、私は筋力トレーニングを始めた。
力学的な脳内シミュレーションが得意な私だったから、名前の付いた既存のトレーニング法に頼らずとも、自分がするべきトレーニング法を自分で作ることは、造作も無かった。
さて、力が鍛え上がり、二の腕が膨れ上がった頃に、私はその武道家の実戦組手の映像を見た。
強かった。
勝てないと思った。
私は、次のように考えることにした。
生物とは、身を置くその環境にさえ能力的に適応できていれば、十分な能力があると言えるものだ。
成る程、彼は、その道場の中では一番強い。
ならば私は、この家の中では一番強いのだ、と。
この家から出ない限りは、私は最強なのだと。
今日も私は、合気道の技を駆使して、普段から碌に運動もしていない両親と、技巧の格闘を繰り広げている。
働かずにいる私を家から追い出そうとする両親を、私は合気道の技を駆使して、傷付けずに制しているのである。




