第2話 告白と奔流
「……あ、先輩。おかえり、なさい……」
私は、とっさにスカートから手を離し、中腰のままひきつった笑顔を浮かべた。
膝はガタガタと震え、手の防波堤も失い、内股を締め上げる力はもう限界を超えている。
一歩でも動けば、あるいは大きく息を吸い込むだけでも、下腹部で暴れ狂う「重石」が弾け飛んでしまいそうだった。
玄関に立つ蓮さんは、整頓された部屋を見て、少し驚いたように目を丸くしている。そして、私の顔色と、不自然に固まった体勢に、少しだけ眉をひそめた。
「掃除……してくれたのか。ありがとう。でも、どうしたんだ? 顔色がすごく悪いけど……」
「だ、大丈夫です! ちょっと…いえ、何でもないです!……」
漏れそうなんです、と3回ぐらい言おうとして一度も言えなかった。
けれど、蓮さんはいつになく真剣な、どこか深刻ささえ漂う表情で私を見つめ、ゆっくりと部屋の中へ、私の方へ歩み寄ってきた。
「日向。……実は、今日、話したいことがあるんだ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
その鼓動の衝撃が、膀胱を直接突き上げる。
(話……? 嘘でしょ。このタイミングで……?)
蓮さんの瞳は、いつもの優しさの奥に、重大な決意を秘めているように見えた。ここは彼の聖域。私に逃げ道は無い。
ずっと言えなかったことを言おうとしている――その「こと」が何なのか、私には痛いほど予想がついてしまった。
(フラれる。……やっぱり、あの同級生のことが忘れられないんだ。お試し期間は、今日で終わり……)
絶望が頭の中を真っ白に染め上げる。
大好きで、ずっと追いかけてきて、ようやく掴んだ彼女のポジション。それが今、私の手から零れ落ちようとしている。そのショックと、一刻を争う生理的な限界が混ざり合い、私の脳内はパニックに陥った。
「日向。これまで、君には……」
「……私、認めてもらうまで、この部屋から動きませんから……っ!」
私は、自分でも驚くほど大きな声を出し、涙混じりに叫んだ。
中腰のまま、思わず両手でスカートをぎゅっと握りしめた。これ以上ないほど強く内股を閉じ、震える全身で「拒絶」を拒んだ。みっともない姿を晒している。でも、ここで動いたら、物理的にも、関係的にも、すべてが終わってしまう。
「日向、落ち着けよ。実は――」
「聞きたくないです! 嫌です、先輩!」
「君のことが」
「言わないで……! まだ、諦めたくないんです……っ!」
「……好きになったみたいだ。改めて、ちゃんと付き合ってほしい」
「……へ?」
世界から音が消えた。
蓮さんが今、なんて言ったのか、理解するのに数秒かかった。
好き。ちゃんと付き合ってほしい。
それは、私が今日、一番聞きたかった言葉。
その瞬間だった。
「フラれる」という恐怖によって極限まで張り詰めていた緊張の糸が、あまりの安堵感によって、ぷつりと断ち切られた。
精神の強烈な弛緩は、そのまま、必死に抑え込んでいた身体のコントロールを無効化する。
――じょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ!!!
「あ……」
静寂を破ったのは、私の喉から漏れた吐息ではなく、すべてを解き放つ暴力的なまでの「音」だった。
ああ、温かい…
驚くほどの熱量を持った奔流が、一気に溢れ出す。
自らの身体に起きた出来事に理性とコントロールを取り戻す。手遅れだと認識しながらも、スカートを押さえる手に力を入れ直す。
気合を入れて選んだベージュのスカートが、股間の中心から瞬く間に濃く変色し、重みを増していく。押さえたスカートからブラウスの裾に伝い、吸収されていく。
熱い液体は、私の制御を完全に無視して、ある流れは太ももを伝い、ある流れは膝を抜け真っ白なソックスを汚しながら、下着からこぼれたものはそのまま一直線にフローリングへと叩きつけられた。
「ぁ、……ぁ、……っ」
――ビタビタ!バタバタバタバタッ!
いびつに広がっていく、琥珀色の波紋。
止まらない。
私の中で長時間ため込んだ、私を苦しめた水分が、勢いよく、そして延々と流れ落ちる。
普段、お手洗いでしか嗅がない独特の匂いが、部屋の空気を一瞬で塗り替え、ワンルームの中に立ち上った。
――ピチャピチャ、…ポタ…ポタッ
…全部出しきった。
スカートや下着の許容量を越えた分が、時間差となって滴り、耳に響く。
日向は顔を真っ赤にし、涙が溢れるまま、その場に崩れ落ちた。
幸せな告白の余韻は一瞬だった。足元には、自分が作り出した、隠しようのない汚辱の海。
世界で一番大好きな人の前で、私は人生で最悪の、そして最高に不潔な「決壊」を晒してしまった。
(ああ、全てが終わった…)
「あ、やだ……。やだ。……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
私は顔を覆い、子供のように泣きじゃくることしか出来なかった。




