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婚約破棄ざまぁシリーズ

追放された私、伝説の賢者を拾いました 〜膝枕したら王家が滅びました〜

掲載日:2026/03/04

「ユノア・シルヴァレイン! 貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」


 王宮の大広間。シャンデリアの光を反射して、これでもかと輝くのは、第一王子カイル・ド・ソル・グランデの太陽のような金髪だった。その傍らには、可憐に震えるふりをした男爵令嬢、メグが勝ち誇ったような笑みを浮かべて寄り添っている。


「殿下、それは……どういうことでしょうか?」


 私が静かに問い返すと、カイルは鼻で笑い、腰に下げた『聖剣・グランソル』を誇示するように叩いた。


「言葉通りの意味だ。聖女の力も持たぬ、魔力量だけが無駄に多い無能な女など、次期国王の妻には相応しくない! 見よ、この聖剣の輝きを! 建国の賢者アルセリウス様が遺したこの至宝があれば、貴様の施す結界管理など不要なのだ!」

「……左様でございますか」


私はシルヴァレイン公爵家の娘として、幼い頃からこの国を魔物から守る「結界の維持」に尽力してきた。私の調律が止まれば、王都の結界は遅くとも三日で綻びるだろう。それでも彼は、聖剣の光だけで国を守れると本気で信じているらしい。


「承知いたしました、カイル殿下。では、私が維持していた王都の結界権限は、すべてこの場をもちまして返上いたします。以降、その『太陽の輝き』が、いつまでも続くことをお祈りしておりますわ」


 私が深々とカーテシーを捧げると、カイルは鼻で笑った。


「フン、聖女の力も持たぬ無能な女の結界など、この『聖剣グランソル』があれば不要なのだ!」


 そこからの数時間は、まさに怒濤だった。

 カイル殿下の差し金か、生家であるシルヴァレイン公爵家にはすでに「縁切り」の書類が回っており、屋敷の門をくぐることも許されない。唯一、乳母が隠し持たせてくれたわずかな手元金と、着替えの入ったトランク一つ。それが公爵令嬢であった私の、全財産となった。


「……さて、どこへ行こうかしら」


 着飾ったドレスも、宝石も、もう必要ない。それらは王都の質屋で当面の生活費に変えた。下手に中級の宿に泊まれば、王家の追っ手に見つかるのがオチだ。

 たどり着いたのは、平民街の端にある家賃銅貨三枚のボロアパート。

 外はひどい土砂降りだ。雨音に紛れて、隣の部屋から「ガシャン!」という不穏な衝撃音が響いた。


「えっ、何事……?」


 慌てて廊下へ出ると、隣の「102号室」の扉が吹き飛んでいた。そこから溢れ出していたのは、大量のガラクタだ。錆びた鉄くず、カビの生えた羊皮紙――。そしてそのゴミの山の一番上に、一人の男がうつ伏せで倒れていた。


「ちょっと、大丈夫ですか!?」


 駆け寄り、泥にまみれたその男を抱き起こす。ボサボサの、酷く傷んで絡まった黒い髪。垢じみたローブ。ひどく痩せ細り、まるで死人のようだ。


「……あ、……あ……」

「しっかりしてください! 今、お医者様を――」

「……あと、一行……。演算、……したかった……」


 男はそう呟くと、ガクリと首を落とした。

 放っておけず、私は彼を自分の部屋へ運び込んだ。

 あまりにも不潔だったため、タオルで顔を拭いて清潔を確保し、ことこと煮込んだ温かい野菜スープを一口ずつ、慎重に運んであげる。


「……ん、……うまい。細胞に魔力が沁みる……」


 男がゆっくりと目を開けた。

 その瞬間、私は息を呑んだ。

 ボサボサの髪の隙間から覗いた彼の瞳は、夜空を凝縮したような深い闇の中に、星々を散りばめたような金色を宿していたからだ。

 カイル王子の安っぽい金髪とは違う。宇宙そのものを宿したような、底知れない輝き。


「……助かったよ、隣人さん」

「いえ、それほどのことでは。私は……ユノアと申します。あなたは?」

「あー……僕はアルス。……本名はアルセリウスだけど、まあ長いからいいや」

「アルセリウス……!? まさか、百年前から王都の地下で『不眠不休の呪い』を背負っているという、伝説の賢者様!?」

「呪い、ねえ。王家が禁忌を犯した代償を押し付けてきたのは事実だけどさ。僕にとっては最高だったんだ。だって、寝なくていいってことは、24時間ずっと魔法の研究ができるだろ? あんな効率的な環境、他にないよ」


 男――アルスは、星色の瞳を細めて笑った。


「でも、地下は資料が少なすぎて飽きたんだ。だから十年前、適当に身代わりの人形を置いて脱走してきた。今はここで研究をしてるんだ。……まあ、昨日は演算に集中しすぎて、三ヶ月くらい飯を食うのを忘れてたけど」


 この人、本気だ。王家が「英雄の自己犠牲」と美化していた伝説は、単なる「極度の研究オタクが引きこもっていただけ」だったのだ。


「あ、そうだ。廊下に散らばった僕の『失敗作』、片付けなきゃ」

「失敗作、ですか?」

「そう。昨日作ったんだけど、魔力回路の接合部に0.0001ミリのズレがあってさ。あんなゴミ、持ってても意味ないから捨てたんだ」


 私は窓の外、廊下に散らばる「ゴミ」を見た。

 よく観察してみれば、そこにある錆びた剣の残骸に刻まれた術式は、カイル王子が「至宝」と崇めていた『聖剣グランソル』の数千倍は緻密で、強大なものだった。


「アルスさん……。あのゴミ、王家の宝物庫にあるどの武器よりも凄そうなんですけど」

「えっ、マジ? 王家ってまだあんな骨董品使ってるの? ウケる」


 アルスは心底馬鹿にしたように笑うと、ふいにお腹を鳴らして、私の顔をじっと見つめた。


「それより君。……すごく、心地いい魔力だ。君の側にいると、百年分の呪いが『静まりたがっている』のがわかる。……ねえ、少しだけ、場所を貸して」


 アルスは抗う間もなく、私の膝にその重い頭を乗せてきた。


「……あ……。これだ……。計算式が、止まる。静かだ……」


 不眠不休の呪いを「最高のリソース」と笑っていたはずの賢者様が、私の膝の上で、驚くほどあっさりと深い眠りに落ちていった。




 アルスは私の膝で三日三晩眠り続け、四日目の朝にようやく目を覚ました。


「……驚いた。本当に一秒も意識が飛ばなかった僕が、こんなに深く眠るなんて」


 彼はふらふらと起き上がり、またすぐにガラクタの山に向かおうとする。私はその背中を掴んで呼び止めた。


「アルスさん、待ってください。研究の前に、まずは身なりを整えましょう。その髪、ボロボロで傷んでますよ。黒い泥が固まって、せっかくの綺麗な髪が台無しです」

「ええ? 髪なんて繋がってればいいだろ。魔力を流す導線みたいなもんだし」

「いけません! 私が綺麗にしますから!」


 私は半ば強引に、彼を浴室へ押し込んだ。バケツにお湯を汲み、上質な石鹸を泡立てる。


「……髪洗うのって重労働じゃない?」

「大丈夫ですよ。ゆっくり流しますからね」


 彼の頭にお湯をかけ、指先で丁寧に解いていく。

 何年も洗われていなかったのか、お湯はすぐに真っ黒になった。だが、汚れが落ちるにつれ、私の指先に伝わる髪の質感が変わっていく。

 ゴワゴワとしていた不純物が消え、現れたのは驚くほど細く、滑らかな手触り。

 さらに、窓から差し込む朝日に照らされたその色は――


「……えっ」

「どうしたの? 石鹸が目に染みた?」

「いえ、そうじゃなくて……。アルスさん、あなたの髪、黒じゃなかったんですね」


 黒い泥と埃を完全に洗い流し、タオルで水分を拭き取ったその髪は、夜の底よりも深く、それでいて吸い込まれるような鮮やかな群青色を放っていた。

 濡れた髪が頬に張り付き、星色の瞳が強調される。

 その姿は、あまりにも浮世離れしていて、神々しいほどだった。


「ああ、そういえば昔はそんな色だって言われた気がするな。不眠の呪いのせいで魔力が飽和して、髪の色まで変わっちゃったんだっけ。……まあ、どうでもいいけど」

「どうでもよくないです! こんなに綺麗な群青色、見たことありませんわ」


 私は顔が熱くなるのを必死に堪えながら、彼の髪を乾かした。

 整えられたアルスは、もはや「隣の部屋のオタク」などではない。

 カイル王子の太陽の金髪が安物のメッキに見えるほど、気高く、美しい「伝説の賢者」そのものだった。


「……ユノア。君の手、あったかいね」


 アルスがふと、私の手首を掴んだ。星色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。


「君が髪を触ってくれるたび、魔力回路が浄化されていくのがわかる。……君がいない世界で百年研究するくらいなら、君の膝で一時間眠るほうがいいかも」

「アルスさん……。何を、大げさなことを」


 思わず苦笑する私に、アルスは真顔で首を振った。


「大げさじゃないよ。驚いたな……僕の呪いを無意識に、しかも笑顔で中和しちゃうなんて。誰だよ、君を魔力量だけの無能なんて言ったバカは」

「え……? それは、カイル殿下たちが……」

「あー、僕を百年間地下に閉じ込めた元凶の家系か。……納得だね。あの一族は、昔から見る目がないのが家系図に刻まれてるらしい」


 アルスは可笑しそうに、けれど少しだけ独占欲の滲む瞳で私を見上げた。

 解析不能な現象を前にして、彼は初めて研究資料以外のものに執着している。

 他の誰の膝でもなく、私の膝でなければ意味がないのだと。

 それは、理系な彼なりの、最大級の求愛だった。




 それから数日後。王都の空気は一変していた。

 「結界の調子が悪い」「東門に魔物が出たらしい」――そんな不穏な噂がボロアパートの界隈にも流れ始めている。私が手を離してから、ちょうど三日。計算通り、国の守りは限界を迎えたようだ。

 そんな混乱の最中、私の元に届いたのは、悪趣味な金装飾が施された一通の招待状だった。

 どうやら、ドレスを売った質屋の帳簿から居場所を辿られたらしい。


「追放したくせに、執念深いことですね……」

「暇なんじゃない? きっと」


 呆れる私に対し、アルスは興味深げにその封筒を眺めていた。


『無能なるユノアへ。

慈悲深い私は、貴様に建国以来の至宝『賢者の神算』を一般公開する式典への出席を許す。一生、土にまみれて暮らす貴様には拝むことすら叶わぬアーティファクトだ。その目で伝説を拝み、己の愚かさを悔いて泣きつくがいい。

――王太子、カイル・ド・ソル・グランデ』


「……とのことです、アルスさん」

「えっ、何それ見たい。……ちょっと貸して」


 アルスが私の手元を覗き込み、招待状に描かれた「国宝」のスケッチを見た瞬間、盛大に吹き出した。


「あはは! ユノア、これ! 僕が100年前に鼻かんで、丸めて捨てた紙だよ!」

「……えっ、鼻をかんだ?」

「そう、ひどい風邪を引いててさ。裏に魔導式の計算ボツ案をなぐり書きしたんだけど、途中でコーヒーをこぼしたから、腹が立って廊下にポイしたんだよね。……面白そう、行こうよ。僕の鼻水が国宝になってるなんて、傑作じゃないか!」


 式典当日。

 王宮の大広間には、厳重な魔法障壁に囲まれたケースの中に、一辺が茶色く汚れたボロボロの羊皮紙が鎮座していた。

 太陽の金髪をなびかせ、カイル王子が壇上で叫ぶ。隣ではメグが、高価なドレスを自慢げに揺らしている。


「見よ! これこそが伝説の賢者アルセリウス様が遺した『神の数式』! 巷では結界が弱まったなどと騒ぐ不届き者もおるようだが、これを起動させれば、我が国は永遠の繁栄を約束されるのだ!」


 カイル王子の声は、どこか焦りに震えていた。綻び始めた結界の尻拭いを、彼はこの「鼻紙」に丸投げしようとしているのだ。


「ねえ、あの茶色いシミ、やっぱりコーヒーの跡だね」

「アルスさん、笑いをこらえてください……」


 忠言も空しく、アルスは肩を震わせている。


「今こそ、起動の儀式を執り行う!」


 カイル王子が自信満々に、壇上へ上がったところで、アルスが「あ」と声を出した。


「……あ、言い忘れてた。その腰の聖剣、僕の果物ナイフの失敗作なんだよね。魔力伝達効率が悪すぎて、リンゴの皮すら剥きにくいから捨てたやつ。そんなものに国を預けるなんて、随分と勇気があるんだね」

「え、ええっ!? 果物ナイフ!?」


 素っ頓狂な声をあげる私をよそに、カイル王子は羊皮紙へ魔力を流し込んだ。

 その瞬間、ぞわり、と私の皮膚が粟立った。

 結界の綻びから漏れ出た魔力――本来なら私が毎晩縫い留めていた世界の歪みが、暴走した数式に引かれて王宮へ雪崩れ込んでくる。

 アルスが言っていたように、その数式の三行目は符号が逆だ。魔力を込めれば込めるほど、エネルギーは増幅され、制御不能の破滅へと向かう。


――ドォォォォォン!!


「な、なんだ!? 暴走か!?」


 黒い霧のような魔力が溢れ出し、大広間が揺れる。


 「ひっ、助けて殿下ぁ!」と叫んで逃げ惑うメグを、カイルは見捨てて「邪魔だ!」と引きはがし、そして目があった。


「ユ、ユノア! 貴様、何をした! 無能な貴様が嫉妬して呪いをかけたのか!」


 腰を抜かしたカイルが、私を指さす。

 その時、私の前に、ひらりと鮮やかな群青色の影が立った。


「あーあ。危ないなあ。ゴミはゴミらしく、燃えないゴミの日に出しなよ」


 アルスがため息をつきながら、指先でパチンと音を鳴らした。


「――『再定義リライト』」


 刹那、会場を飲み込もうとしていた黒い霧が霧散し、ケースの中の羊皮紙が眩い光に包まれた。光が収まった後、そこに残っていたのは――インクの跡一つない、ただの真っ白な紙だった。


「な……『神の数式』が……消えた!? 貴様、何者だ!」

「誰だって? ……100年前にその紙に鼻水を付けた本人、アルセリウスだけど」


 アルスが冷たく、星色の瞳でカイルを射抜いた。

 群青の髪が魔力で逆立ち、その場にいた全員が圧倒的な重圧に平伏した。


「あ、今はただの『アルス』。この子の膝枕がないと眠れない、ただのひきこもりだよ。……もう二度と、僕の安らぎに気安く触れないでくれるかな。次やったら、君のその頭の数式も『再定義』して、空っぽにしてあげてもいいんだよ?」

「ヒ、ヒィィィィッ……!!」


 伝説の賢者からの殺意を向けられ、カイル王子は醜く這いつくばりながら逃げ出した。メグもまた、豪華なドレスを泥まみれにして叫びながら消えていった。




 数日後。私の手を離れた結界は案の定ほどなくして崩壊し、王家は「聖剣だけでは国を一片も守れない現実」を国中に晒した。

 王家は「鼻紙を国宝にしていた大馬鹿者」として国内外で大恥をかき、没落の一途を辿った。彼らは今や、自分たちが捨てた「ゴミ」を拾って食いつなぐ生活を送っているという。

 一方、私たちは。

 アルスが「パパッと」作った新しい魔法屋敷で、穏やかな午後を過ごしていた。


「はい、これ。ユノアへの新作」


 アルスが差し出したのは、温かな光を放つ小さな魔道具。


「これは?」

「『絶対に肩が凝らない魔法のストール』。……ユノアが肩凝りすると、僕が膝枕してもらえなくなるからね。これ、あの鼻紙より100万倍くらい真面目に作ったよ」


 アルスは私の膝に、その美しい群青色の頭を預けてくる。


「……ねえ、ユノア。さっきの、もう一回言って。僕は誰だっけ?」

「……私の膝枕がないと眠れない、世界で一番わがままな賢者様、ですよ」


 星色の瞳が満足げに細まり、彼は深い眠りに落ちていった。

 私は彼の美しい群青色の髪をなでながら、いつまでもその安らかな寝顔を見つめていた。

 もう、この賢者様を王都の地下なんかに返してあげない。

 彼を救えるのも、眠らせてあげられるのも、世界で私だけなのだから。

最後までありがとうございました。

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