復讐の刃
「や、やめろっ!やめてくれえええぇ-ッ!」
薄暗い空間の中、目の前の男-元俺の雇い主は、魔法の杖を投げ捨てて、降伏するように両手を上げて、顔を涙を含ませてぐちゃぐちゃにしていた。
「てめぇうるせぇよ。この部屋狭いから耳キーンってなっただろうが」
俺は元雇い主を見下ろして、手にしていた長剣の平で何度か頬をはたく。
「ヒィ⋯⋯ィィィ-ッ」
おいおいなんだよその情けない面は。こいつ本当に、つい半日前まで俺に命令していた奴と同じ奴か?
「ハハッ、笑えるぜ。あれだけ俺を人以下のようにコキ使っておいて、いざ自分の命が危ういと必死な命乞いか?所詮手の届かない所からしか威張れない雑魚かよ」
「頼む、助けてくれ。私には妻が-子供達がいるんだ!頼む!」
それはこっちだって同じだったろ。
俺はズイッと、今にも消え入りそうな悲壮な顔をする元雇い主へと顔を近付ける。
「やだね!お前の言う事はもう聞かない。もう雇い主じゃないのに、聞く必要ないよな?」
「ヒィィッ!」
お前が教えた事だろ。雇い主以外の言う事を信じるな、と。
「自分の言った論理なら、守るべきだな」
俺の隣-壁に掛かる炎が揺らめいて、両腕を組んで静観していた男の顔が照らしだされて喋る。
「あ、あんたが十八番を買ったのか!?頼むから命だけは-」
「駄目だな。あんた、やばい事に加担していただろう?奴隷賭博でガキ共を殺し合わせたり、権力者も何度も消しかけさせた-その他の余罪合わせて逃がすなんて選択肢はないのさ」
男は薄ら笑いながら「ほら」と俺に催促するように顎をしゃくる-言われるまでもねぇ。
俺は手にしている剣の刀身で、元雇い主の頬を薄く切りさく。
「ヒィィ-ッ!」
「うるせぇよ。その程度で死ぬわけないだろ」
ちょっと刃先で削っただけで、いちいち喚くなよ。
「ジュンヤ、あんまり遊んでると、可哀想」
またも揺らめく炎が、俺-”十八番”の後ろにいる人物を照らしだす。
そこには自分よりも頭一つ抜けて小さな、青髪の華奢な女の子がにじり寄ってくる。
「いくら私たちを虐めていたからって。殺すならさっさとしてあげて」
「ジュンナ⋯⋯」
「十七番まで!?お前たちおかしいぞ!私は雇い主-」
「そりゃもう前の話だってば。-今は違う」
俺は苛立ちをぶつけるように剣を元雇い主の腕を貫通させる。たったそれだけの事なのに、元雇い主は声にならない声を叫んでのたうち回る。
「まじで面白ぇ。壊れた玩具みたい」
それが”愉快”し過ぎて、俺はまた笑いが込み上げてきた。⋯⋯あーダメだ。手で口元を覆っても溢れて笑えてきちまう。
「フフフ、愉しむのもいいが-時間がない。そろそろ幕引きと行こうか」
おっとそうだった。
「本当はもっと遊びたかったんだけどな~」
俺は開いた傷口を足でぐりぐりと踏みつける。
また元雇い主は声を上げる。それがあまりに煩いので顔に蹴りを入れる。
一発目はまだ何事かを喚くも、二発目、三発目と重ねるうちに殆どの歯はふっ飛び、大人しくなった。
「⋯⋯おい。もう終わりかよ」
足でまた顔をぐりぐりと踏みつけても、もう動かない。
面白くない。
「ジュンヤ!」
「チッ⋯⋯わーったよ」
こいつでもっともーっと楽しみたかったけど、まずはこの場を離れなければこっちが死ぬ。
俺はとくに何も考えることなく剣を元雇い主の心臓に突き立てる。
元雇い主は目を大きく見開いて手足を痙攣させると、ゴボッと大きな血泡を口から吐き出して、それ以降動かなくなった。
「よくやった」
男は俺とジュンナを抱き寄せる。それはここでは感じたことの無い温かさに、俺とジュンナは身を任せるように目を閉じる。
まるで母に抱擁されているような-、絶対的に安心できるところを見つけたような感覚に、不思議と涙がこぼれ落ちた。
隣のジュンナも同じように泣いていた。
俺よりも先にいた姉のような存在のジュンナが泣くところなんて初めて見た。
「お前たちは俺の家族だー。そんな番号だけの名前では駄目だ」
男は俺たち二人の肩を抱いて、交互に見比べて頷く。
「これから”十七番”の名前はイナ、”十八番”の名前はオハコと呼ぶ」
どうしてジュンナはイナなのに、俺はイヤとかじゃないんだ?-なんて、今はどうでも良かった。
「「⋯⋯はい!」」
俺たち二人は、名前をもらえたことが、嬉しかったのだ。
「では、そろそろここから出よう-お前たちの力が必要だ」
男は俺たち二人の手を引き、外の世界へと歩き出す。
もちろん俺は、”お前たちの力が必要”な理由を知っている。
「この世の理不尽をぶっ壊す」
これは俺たちの-、いや、俺の壮絶な世界への反逆の狼煙と共に、復讐に駆られた虚しい物語の始まりだった。




