第69話 押し売りにはご注意を
第2章開始です
勇者ハルトが第五世界パンチャーに転生する16年前・・・
「あれー?魔王様はどちらにー?エキドナ様、ご存じないですかー?」
「秘書のアンタが知らないのにアタシが知るわけないじゃないさ。でもまぁ・・・散歩にでも行ったんじゃないの?」
「はぁーまたですかぁー。明日の会議について事前に相談したかったのですがー。」
「まぁ緊急性の高い事項もないんでしょう?クロノの気持ちもわからんでもないし、しばらく休ませてやっても良いじゃないさ。」
「3年前までお休みだったのにー。」
魔王クロノベロスの秘書官であるセイレーンのテレーネは魔王クロノベロスが今日も公務をすっぽかして森に散歩に行ってしまったことにため息をつく。だが、そんなテレーネをエキドナがたしなめる。
「好きで500年近くも寝てたわけじゃないさ。それに完全復活したら またつらい思いをしないといけないからね・・・。」
エキドナは魔王軍の重鎮で、下半身が蛇で上半身が人間の女性である魔人。また魔王とは指揮命令系統の関係では主従であるものの、実態は長年付き合いのある友人であり、対等な存在でもある。エキドナはこの先に待ち受ける魔王の運命を想い、苦しい気持ちになると同時に、大切な友が苦しんでいるのに何もできない自分の無力さにも嫌気がさしていた。
そして魔王としての仕事を投げ捨て森を散策する魔王クロノベロス。しかし何か目的がある訳でもなく、ただただ無気力に森を歩いているだけである。
この森は魔族の支配領域と人類の生活圏の境にある森だが、人類からすると自分たちの支配圏ではない=魔王の領域だと認識されている。実際にはモンスターが発生する森ではあるが、魔族たちは基本的に近づかず、一定の力がある魔王軍の戦士くらいしか足を踏み入れることは無い。
(この森もずいぶんモンスターが増えてきたようだな。少し間引かないとスタンピートが発生しそうだ。我が目覚めた影響もあるのだろうな・・・。まったくこの身が憎らしい・・・。)
遠くで狼の鳴き声が聞こえた。狼と言っても魔王クロノベロスのような魔獣と呼ばれる存在のものではなく、プラーナが集まって生成された狼型のモンスターのもののようだ。
(随分と数がいるようだな・・・。モンスターが群れるなど、獲物がいるというのか?まさか魔族が迷い込んだのではないだろうな・・・念のため行ってみるか。)
第5世界パンチャーでは、世界を巡るプラーナが上手く流れず溜まってしまった際にモンスターとなって消費される仕組みになっていた。この仕組みは世界の管理システムであるヘパイストスシステムの機能であり、一つの場所にプラーナを溜めこまずに循環させるために実装されているものである。
モンスターは討伐されるとプラーナは世界を巡る流れであるプラーナ・マルガに還っていく。そのため、モンスターは倒されるために世界の生き物を攻撃するよう設計されていた。つまり、人類だろうが魔族だろうが魔獣だろうが、この世界に生きるものすべての敵として存在しているのである。
クロノベロスは恐らく狼型モンスターであろうシャドウウルフが遠吠えをあげている場所に向かって走り出す。声が近づくにつれて、別の者の声が聞こえてくる。
「魔王!魔王クロノベロス!」
(ぬ?我を呼んでいるだと?)
クロノベロスは自分を呼ぶ声を聞いた。そしてそれは人間の女性の声のようだった。なぜこのような辺境の森で魔王の名を呼ぶものがいるのだろうと不思議に思う。確かに森の近くには人類が生活する村があった。しかし、わざわざ夜に、しかも女性がモンスターの出る森に入り、魔王の名を呼ぶなど初めての出来事である。
「どうか!どうか!私の願いを叶えて!私の最愛の夫を!ソテリオを生き返らせて!」
ようやくクロノベロスの目に何事かを叫んでいる女性が見えてくる。クロノベロスは少し離れたところで足を止め、様子を見ることにした。
「ソテリオを生き返られてもらう代わりに、我が子ジークを生贄にささげるわ!この子は好きにしていい!だからどうか夫を生き返らせてー!」
(あ、あの女は何を言っている?我は人を生き返らせる力なぞないし、生贄もいらん。しかも我が子だと?いったいどういうつもりなのだ!)
クロノベロスは困惑するばかりである。しかし女をよく見ると何やら常軌を逸しているような雰囲気を纏っている。恐らく赤子が入っているだろう籠を天に掲げ、狂乱していると言っていい様子で叫んでいる。そして、その叫び声に引かれてシャドウウルフ達が近寄ってきているのだ。
(このままではあの女も子供もモンスターに喰われてしまう・・・いやだが我には関係のないことだ。あの人間が勝手に我に願っているだけのこと。我には近い将来、あの運命が待っている。他人のことなどに関与している余裕などありはしない。)
クロノベロスは自身の運命を思い気落ちする。そして首を振ってその思考を振り払い、その場を去ろうとした。だが、女の叫びは続いている。
「この子はここに置いて行きます!願いは伝えました!必ずかなえてくださいまし!」
女はそう言い残すと赤子を入れた籠を地面に置いて、大きな笑い声を上げながら去っていく。その姿を見てクロノベロスは心底理解に苦しんだ。だが、女が遠ざかり、見えなくなると次は籠の中の赤子が泣き始めた。まだ、生まれて間もないのか弱弱しい鳴き声ではあったが、夜の森の中で響き渡るには十分だった。そして一匹、また一匹とシャドウウルフが集まって来る。
クロノベロスはその様子を見ながらも、自身がなすべきとはないと踵を返そうとする。しかしシャドウウルフの唸り声と赤子の鳴き声がどうしても耳から離れない。
「ああくそ!なぜ我がこんなことを!!」
クロノベロスはたまらず振り返り赤子に群がろうとしていたシャドウウルフをその爪で一掃する。そして恐る恐る籠の中を覗き込む。
そこにはクロノベロスの顔を見て泣き止んだ赤子の顔があった。そして興味がわいたのかその小さな手をクロノベロスの顔に向けて伸ばしている。クロノベロスは無意識に赤子に顔を近づけていた。そして、その鼻先を赤子の手が触れたとき、心の中で何かが動いた。500年以上を生きる魔王にとっても初めての感情だった。
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