第66話 敗北
「さぁもう一度言う。ここで退けば見逃してやる。」
先ほどとは異なり魔王軍司令の言葉に明らかに動揺するミーアとソーシエラ。しかしどうすればよいのか判断がつかず動くことが出来ずにいた。
「フン。ついでに教えてやろう。この先、モンスターの出現数は減少してく。そこの勇者が魔王様を討伐するしないに関わらずな。」
突然思いがけぬ言葉が発せられる。聡明なソーシエラでさえ、一瞬言葉の意味が分からなかったかのように呆然とする。
「信じられんか?お前たちが信じる信じないは好きにするがいい。だが、事実としてモンスターの数は減っていく。この場で勇者を見捨てても本来の目的は達成できるわけだ。世界が平和になることを喧伝したって良い。我ら魔王軍は不要に人類に攻撃をしかけたりはしないぞ。どうだ?」
その言葉を聞いて、ミーアとソーシエラは目線を合わせお互いに頷く。そして、背を向けて走り出す。
「ミーア!!ソーシエラ!!」
ハルトがその背中にすがるように叫ぶ。しかし二人は振り向くことなく去って行ってしまった。
「そ、そんな・・・どうしてですわ・・・」
エヴァンシアも信じられないものを見たように唖然とする。
「剣士、お前は逃げなくていいのか?」
レーヴェルはエヴァンシアをかばうようにしながら、腰のナイフを抜き構える。
「確かに操られていたことには怒りを感じているし、ハルトのために戦う気などない。だが私の剣は弱きを守るためにある。勝てぬからと言って守るべきものを見捨てて逃げるなどあり得ぬ!」
レーヴェルの覚悟を聞いた魔王軍司令は「そうか」とつぶやき、カツカツと歩き始める。レーヴェルは攻めて一太刀とナイフを握る手に力を込める。
しかし魔王軍司令はレーヴェルの所には向かわず、自身の刀を鞘に納めた後、先ほど弾いたレーヴェルの剣を拾い上げる。そして、その剣をレーヴェルに向かって放った。
レーヴェルの足元に突き刺さる剣。レーヴェルとエヴァンシアはどういうことかと魔王軍司令に目を向ける。
「剣士を名乗るのに剣が無ければ恰好がつくまい。それにもう決着はついた。そこの勇者はすでに折れているし、仲間も去った。お前たちも立ち去れ。そして二度とここには近づくな。」
「エヴァ。奴の気が変わらないうちにハルトを連れて撤退するぞ。ハルトを支えてやってくれ。」
「わかりましたわ。さ、ハルト様。今は生きることが重要ですわ。」
エヴァンシアに支えられ、歩き始めるハルト。しかし残された右目はすでに光を失い、何も映していない。
「そうだ剣士よ。」
殿を務めようと、ハルトたちが歩き始めても魔王軍司令から目を離さず構えも解かなかったレーヴェルに対し、魔王軍司令が声をかける。その言葉はエヴァンシアには聞こえなかったが、レーヴェルが何かを叫んでいることだけは分かった。それでも歩みを止めずにハルトを支えながら、エヴァンシアは必死に光の道を戻っていく。
しばらくするとレーヴェルが追い付いてきた。
「本当に見逃してくれそうですわね。」
エヴァンシアがレーヴェルに声をかける。しかしレーヴェルは何かを考えているようで返事がない。
「レーヴェル?」
「あ、ああ。そうだな。いったいどういうつもりなのか。私たちなど殺すほどの脅威でもないということなのか。」
「恐ろしい強さでしたわ。」
「あぁ。剣の腕だけでも奴に適うものなど人類にはおるまい。」
「見たことも無い魔法も使っていましたわ。しかも魔法を唱えることすらせずに。」
「あれが魔族の魔法なのか・・・。もしあのような魔法を使える魔族が沢山いるならば人類に勝ち目など・・・。」
「とにかく今はハルト様を安全な場所にお連れしませんと。」
レーヴェルもハルトに肩を貸して先を急ぐ。来る時はあれほどまでに世界を救うという希望を胸に秘めて歩いた道が、今は永遠に続くかのように息苦しい。
そんな気持ちを抱えながら、来るときに通った光の道を戻っていると、急に光が点滅し道が歪み始めた。
「な、なにが起きていますの!?」
「なんだかわからんがマズイぞ!急いでここを抜ける!走れ!!」
ハルトを抱えながらエヴァンシアとレーヴェルは必死に掛ける。そして何とか門が崩壊する直前で潜り抜けることが出来た。
「ここは・・・どこですの?」
門を抜けた先は来る時に訪れた村の祭壇ではなかった。近くには打ち寄せる波。潮のにおい。足元は砂浜であった。
「これは・・・海か?」
「これが海ですの?」
エヴァンシアは海を見るのが初めてだったため、強い潮の香りに驚いていた。
「船が・・・出入りしているということは・・・向こうに港があるな。人もいるだろう。とにかくハルトを医者に見せなくては。」
「そ、そうでしたわ!ハルト様、もうすぐでお医者様に診てもらえますわ。もう少し頑張ってくださいまし。」
ハルトを激励しつつ、エヴァンシア達は港があるであろう方向に向かって歩き出す。そしてしばらく進んだところで港町を見つけることが出来た。
港町には大した医療設備はなかったが、医者の腕は良い様で応急処置をすぐに施してくれる。だが、残念ながら眼球が傷ついており、ハルトの左目は完全に失明してしまっていた。回復魔法を使ったとしても戻らないという。
その日は医者の家で休ませてもらった三人だったが、エヴァンシアはこの先どうしたらいいのか途方に暮れていた。レーヴェルは翌日には復帰し朝から剣の稽古をしたり、ここがどこなのかを調べ始めていた。時には港の力仕事を手伝ったりして情報を仕入れているようだ。しかしハルトは終日ベッドに横になったまま。食事とトイレの時だけ起き上がるだけだった。
レーヴェルが調べたところ、ここはアイトリア王国の隣の国であるカルナリア皇国の西の港町だった。アイトリア王国には海路を船で進むか、陸路を行くかどちらかの道があるという。しかし船は基本的に貿易のための荷物を積むものであり、人を乗せる場合は非常に高い金を払う必要があるようだった。
「私は明日ここを出て陸路でアイトリア王国に戻ろうと思う。エヴァはどうする?」
「戻るって・・・どれくらいかかりますの?」
「話によると早くて3か月と言ったところらしい。」
「今のハルト様に3か月の旅は・・・。」
「無理だろうな。申し訳ないが、ハルトは連れていけない。」
それを聞いたエヴァンシアは悲しそうな顔を向ける。しかし、レーヴェルの決意に満ちた瞳を見て悟った。
「わたくしはハルト様と一緒におりますわ。でももし可能なら、もう少し大きな街まで連れて行ってくださいませんか?ここではハルト様をお世話して生活するのも難しいかと。」
「そうだな。ここから2日ほど行ったところに大きな街があるらしい。そこまで一緒に行こう。」
「ありがとうございますわ。」
こうしてエヴァンシアとレーヴェルはハルトを連れて大きな街まで移動する。そこでエヴァンシアはレーヴェルの助けを得てハルトと二人で住まう家を借り、カフェテリアでの給仕の仕事に就くことが出来た。
そしてその数日後、レーヴェルはアイトリア王国目指して旅立っていった。最後に、ハルトが再び戦う気になれば、自分が向かう所に来ると良いと言い残して。
しかし、ハルトの目はいまだに光を失ったまま何も映そうとはしなかった。
これで第一章ハルト編は終了です。次回から幕間を挟んで第二章を開始予定です。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
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