エピローグ:谷川莉子
部屋に戻った瞬間、全身から力が抜けて、ベッドの端に腰を下ろした。
窓の外からは、まだ遠くで波の音が聞こえてくる。
さっきまで一緒にいた由比ヶ浜の、あの潮騒だろう。
笑顔で駆け出した自分を思い出して、唇を噛んだ。
「……私、ずるいな」
胸の奥にせり上がってくる苦しさを抑えられなくて、枕を抱きしめる。
涙が頬を伝い、白いシーツに染みをつけていった。
直也くんに「ありがとう」って言えた。
頬に、キスもできた。
勇気を振り絞ってやっと――ほんの一瞬、幼馴染じゃなくて「女性」として見てもらえた気がした。
……だけど、それだけじゃ足りない。
もっと一緒にいたかった。
もっと大切にされたかった。
「……でも、保奈美ちゃんがいる」
心の中で繰り返すその言葉は、刃物みたいに鋭くて冷たい。
分かってる。
あの子はものすごく手強い。
義妹という特別なポジションを持っている保奈美ちゃんには簡単には勝てない。
それでも――心は止まらなかった。
止められなかった。
涙を拭いて、枕に顔をうずめる。
そのまま小さな声でつぶやいた。
「また……今日みたいに、一緒にいてくれるよね」
答えなんて返ってこない。
でも、祈るようにそう呟かずにはいられなかった。
波の音が寄せては返し、その声をさらっていく。
静かな夜の闇に、私の想いは溶けて消えていった。




