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エピローグ:一ノ瀬直也

 夜の街灯が点り始めた頃、莉子を家の前まで送り届けた。

 昼間の賑わいが嘘のように静かな通り。玄関先に立った莉子は、どこか名残惜しそうに振り返った。


 「あ、忘れてた。渡すものがあるの」

 「……え、何だ?」


 小首を傾げると、莉子は両手を後ろに隠して、いたずらっぽく微笑んだ。

 「じゃあ……目を閉じて、両手で包んで。で、“これを見て”って言ったら、ちゃんと見てね」


 言われるまま、半信半疑でかがみ込み、両手を出す。

 次の瞬間――。


 「……えっ」


 頬に、柔らかな温もりが触れた。

 それが一瞬のキスだと理解したときには、もう莉子は顔を離していた。


 「そうやって、すぐに女の子に簡単に騙されちゃうから……私、すごく心配なの」

 赤くなった頬を隠すように言い、ぱっと笑顔を見せる。

 「今日はありがとう! じゃあね!」


 そう言い残すと、莉子は走り去ってしまった。

 白いスカートの裾が街灯の下でひらりと揺れ、やがて暗がりに消えていった。


 取り残されたオレは、しばらくその場に立ち尽くす。

 ――今のは、ただの冗談じゃない。

 彼女の気持ちは、もうはっきりと伝わってきた。


 胸の奥でざわめきが広がる。


 家に向かう道を歩き出すと、遠くに見える灯りが目に入った。

 そこに――保奈美が待っている。

 家族として、そして……彼女なりの想いを抱えながら。


 夕食を作ってくれているかもしれない。

 洗濯物を畳んでいるかもしれない。

 あるいは、ソファに丸くなって俺の帰りを待っているかもしれない。


 家の灯りに浮かぶ保奈美の気配を思い浮かべた瞬間、胸の奥に温かさと痛みが同時に湧き上がった。


 だが同時に、オレは自覚していた。

 莉子の好意を、もう無視できないほどに明確に感じ取ってしまったことを。


 ――オレには、保奈美を守るという絶対の使命がある。

 それは決して揺らがない。


 だが、自分を取り巻く女性たちの想いに、どう向き合っていけばいいのか。

 答えはまだ出ない。


 夏の夜風が頬を撫でる。

 揺れる心を抱えたまま、オレは家の灯りに向かって歩き出した。


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