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プロローグ:谷川莉子

 蝉の声が、夏の朝をけたたましく彩っていた。

 窓の外から吹き込む熱気を感じながら、私は鏡の前で深呼吸を繰り返していた。


 ――私はもう、直也くんへの思いを隠すのはやめる。


 思い返せば、幼い頃からずっと好きだった。

 私より直也くんは2つ上。

 近所の子ども同士、よく遊んだ。

直也くんは昔から抜群に勉強ができた。だから、勉強を教えてもらったり、時には叱られたりもした。

 私にとって直也くんは“頼れるお兄ちゃん”のような存在で、それ以上の気持ちを抱いていることを長い間自覚しなかった。

 けれど私が高校を卒業して実家の酒屋の仕事を手伝いするようになってからはもう自覚するようになっていた。

 ――これはただの憧れじゃない。恋愛とか、そんな軽い言葉でもない。

 私は、この人と一緒に生きていきたい。

 私は絶対に直也くんの奥さんになる。

 そのために、私はもうずっと、身も心もすべてを直也くんに捧げる覚悟くらいある。


 ただ、それは決して簡単じゃない。

 最大のライバルは、彼の義妹――保奈美ちゃんだ。

 あの子がどれほど直也くんに想いを寄せているか、私にはもう分かる。

 天真爛漫で健気で、誰からも愛されるのが保奈美ちゃんだ。

 正直に言えば、女性である私から見ても、保奈美ちゃんの可愛いさは別格だ。

 ……だけど、それでも負けられない。

 あの子が義妹というポジションを持つなら、私は“幼馴染”という唯一無二のポジションで勝負できる。


 私はずっと直也くんと一緒の時間を過ごしてきたのだ。

 直也くんがお父さんと2人暮らしになっていた時期、よくお惣菜を持っていったり、風邪の時などはご飯を作りに伺ったりして直也くんの面倒も見ていた。

 あの家は私にとっても第二の我が家のようなものだ。

 でも保奈美ちゃんが来てから、私はめったにあの家には上がれない。

 あの家は保奈美ちゃんの家になってしまった。

 私が行っても私は「お客さん」になってしまう。

 直也さんも同じようにする訳には絶対にいかない。

 

 今日、この日。

 その第一歩を踏み出す。


 鏡に映る自分を、もう一度確かめる。

 ラベンダー色のノースリーブのニット。

 合わせたのは白いチュールのミニスカート。

 普段パンツスタイルが多い私には勇気が必要だったけど、今日は妥協するつもりはない。

 足元には黒のロングブーツ。少し挑戦的で、大人の女の意思を感じさせる。

 肩からかけた小ぶりのシルバーのショルダーバッグ。胸元には繊細なネックレス。

 ……そして。

 アンダーショーツも含めて 私は“勝負服”を選んでいる。

 もし直也くんに「女性」として認めてもらえるなら、そして、直也くんが求めるなら、どうなってもいい――そう思えるくらい私は本気だ。


 「今日の直也くんは、私が独り占めにする」

 そう口に出してみると、胸が震える。


 もし、直也くんからホテルに誘われたら……私は全然構わない。

 むしろ、それを望んでいる自分がいる。

 ただし、直也くんはそういうことを軽々しくできる人じゃない。

 だから、もし彼が迷ったら――そのときは私の方から誘う。

 今日という日は、それくらいの覚悟で臨む。


 ベッドの上に置いたスマートフォンを取り上げる。

 画面に浮かぶ入力欄に指を走らせ、文字を打つ。

 〈おはよう。今日は予定通りだよね?〉


 送信ボタンを押す瞬間、心臓が破裂しそうだった。

 返事が来るまでの数秒が、永遠みたいに長い。

 でも、その緊張さえも愛おしい。


 今日だけは、私が直也くんを独り占めする。

 まず今日一日が私にとっては一番大切な決戦なのだ。

※本編はカクヨムにも掲載しています。

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