二話 「僕をどうしたいの」と言われても
放課後、灯也を交えて、怜生と対面する。灯也は付き合いたてだというのに、野郎二人の話し合いのために放課後デートを断ったそうだ。
それなら、もう腹くくって話すしかないだろ。衛はとことんやりあう気持ちで、怜生と向き合った。怜生はいつもどおり、何考えてるのかわからない顔で、座ってる。
「灯也に聞いたけど、俺と仲良くする気あるって本当?」
黙り込んでいる怜生を、灯也が促す。怜生は目をそらして、「べつに」と言った。
「衛くんが嫌がることを、する気はないし」
「怜生!衛のせいにすんな」
言いたいことを灯也にとられ、咄嗟に開いた口を閉じる。まあいいや、言ってたらケンカになっちゃうから。怜生は、口ごもって、黙った。
「ごめん」
「何が?」
「今の言葉は不適切だった。それまでの言葉も」
はあ。
高い背を、居心地悪そうに丸めた姿は、いつもよりなんだか子供っぽく見えた。すると、仕方ないな、という気持ちがわいてくる。衛も一度、大きく深呼吸した。これは、話し合いだ。
「いや、俺こそ悪い。ちょっとケンカ腰だったな。落ち着いて話そうぜ」
「……べつに、空気と思ってたんじゃなくて」
怜生がぽつぽつ話し出す。
「いつも、すごい気まずそうにしてるから。耐えられなくて」
「はあ」
「話しかけくれても、お情けって空気がひしひししてたから」
「お情けではねえよ。関係作る努力」
まあ、楽しい気持ちで話してたわけではないから全否定できないけど。すると、うつむいて怜生は黙り込んだ。憂い顔が似合う顔ってうらやましいけど、そんなこと言ってる場合でもないな、この空気。衛は頭をかく。
「そんなに僕といて気づまりなのかって、相性悪いと思ってるのかなって」
「まあそれはあるけど……」
「あるんだ」
「いやさ。そっちこそ、なんも話してくんなかったじゃん」
衛はさすがに、怜生の言葉を切った。まあ、なんか思った以上に怜生がセンシティブな人間で、自分の行動すべて、ネガティブにとらえてくれていたのはわかった。実際、結構当たっているし。
「確かに、怜生くんって俺からするととっつきづらかったよ。同じグループなのに灯也のほうばっか見てるし、話しかけても嫌なこと言うし」
怜生、いっそううつむいて黙り込む。衛は続ける。
「でもそれは、お互いまだ知らないからだったってことだよな?怜生くんは俺と仲良くする気があるってことでいいんだな?」
「……衛くん」
「それなら、俺ももう少し努力するよ。知っておかないと、もったいないって思うし」
「怜生」
灯也に促されて、怜生はうなずいた。秀麗、優美って言葉が似合う高い背を小さくして「うん」とうなずいた。そして、まっすぐ衛を見てきた。
はじめてこんな風に目を合わせた気がする。衛は笑って、手を差し出した。
「じゃ、改めて、これからよろしく」
「え」
「握手だよ」
「いや……」
口ごもり、自分の手を守るように握って、目をそらす。めっちゃ嫌そうじゃん。
「まあ、こういうのもすり合わせだよな」と、衛は手をひっこめようとした。そしたらいきなり、怜生にがっしりとその手をつかまれた。
「うお」
怜生は、すごい強い目で、こちらをじーっと見ていた。うお、目力つええ。
「よろしく、衛くん」
「お、おう」
「あ~よかった!これからもよろしく」
これでいいのかな。と思わなくもなかったが、灯也が喜んでるので、ま、いいかと思った。
◇
それからは、また怜生と一緒にいるようになった。
たいして何かが変わったわけではなかった。怜生は相変わらず嫌なこと言ってくるし、生返事だし。けどまあ、「怜生も自分に関心がある」と思うと、ある程度のことは受け流すことができた。
「次の数学、おそらく当たるんだよな~。全然予習してないわ」
「そんなこと言っても見せないよ」
「そういう意味で言ったんじゃねえから。ぼやき、ただの」
「衛くん、言っても意味ないこと言うよね」
「うっせ~な。意味ないことを言うのが面白いんだよ」
そうは言っても、むかつくことは、むかつくのだが。
まあ、自分も開き直って好き放題言っているし、と衛は精神を落ち着ける。でもあんまり好き放題言うことに慣れると、ほかの奴とうまくつるめなくなるから、困るんだよな。衛はつど、自戒する。
だから衛は、怜生と話してて一番浮かぶワードである「灯也ならわかってくれるのに」は、使わないようにしていた。
復縁直後、変わらず嫌なことを言ってくるのに腹が立って思わず言ったら、怜生はすごい傷ついた顔をした。あ、これは本当に地雷なやつだ、と悟り、衛は謝った。まあくらべられて嬉しい奴ってそういないしな。あれについては反省している。
まあ怜生のやつは、ちっとも俺に気遣ってる感じがないんだけどな。こいつ、本当に俺と仲良くしたいのか?
まあ、灯也は嘘つく奴じゃないし、怜生も移動とかご飯の時に誘ったらついてくるし、自分が遅かったらやって来るからそういうことにしておくけど、時々そう、疑問に思わざるをえなかった。
「お」
うわさをすれば、灯也が彼女と楽し気に話していた。
灯也は彼女と順調に仲を深めていて、うらやましい限りだ。手をつないで、にこにこ笑いあう二人の顔は、幸せいっぱいだ。
「あ~俺も彼女ほしいな」
思わず、ぽつりとつぶやいた。すると隣から、冷めた声が、割って入ってきた。
「衛くんはほかにやらなきゃいけないことあるんじゃないの」
「あ?」
見上げると、よく言えば呆れた、悪く言えば馬鹿にした顔で、見下ろしていた。
「言葉きついと、女の子怖いと思うし。成績だってふるってないでしょ。灯也みたいにはいかないよ」
当たり前――もしくは「そんなこともわからないの」ってスタンスの声音に、衛は咄嗟に腹に力を入れた。でないと反射的に、怒鳴るところだった。
「――あの、お前それ、さすがに流せないんだけど」
「流した時なんてないじゃない」
どうにか抑えて言った言葉を、鼻で笑われる。冷笑っていうのがぴったりの顔だ。衛の中で、怒りがぐるぐる頭と体の中を回った。けど、こういうときって逆に笑えて来る。
本当にさ。コイツといると、十回に一回はこういうことあるんだよな。本当に嫌になるわ。
衛は「はあ」と長い溜息をついた。ケンカをする気にもなれなくて、踵を返し、すたすた歩き出した。授業?知らん。
今は顔も見たくない。そしたら、なんと怜生はついてきた。衛は内心ぎょっとした。
こいつどういう思考回路してるんだ?ていうか戻れよ優等生。
「ついてくんな」
「またそれ?」
「殴りそうだからくんな」
「殴れっこないくせに」
その上、まだ挑発してくる。今日は、特に絡んできやがって。くそ、確かに人のことなんて殴れないけど。追い打ちかけにきたのか。
無視して歩いても歩いても、ずっとついてきて、本当に腹が立った。
怒りのままに歩いていたせいで、廊下の突き当りに来てしまった。壁の前につんのめって、衛は停止する。
くそっ、だせえ。
すごすご引き返すのを躊躇していると、ふいに、後ろからどんと手を突かれた。思わず振り返れば、怜生が見下ろしてる。衛はにらんだ。
「何?どいてほしいんだけど」
「衛くんこそ、立場わかってないよね」
「は?」
「好き放題して、僕のこと傷つけて楽しい?」
「はあ?その言葉――」
そっくりそのまま返す――そう言おうとした衛の口が止まった。
怜生に、思い切り唇をふさがれたせいだ。
「うぐっ……!?」
色気のない声が出たけど、そんなの不可抗力だった。怜生の伏せられた長いまつ毛がぼやけて見えた。
「っ……!」
咄嗟に体を押しのけようとするけど、びくともしなかった。なんだこれ、え?これってキスになる?まじ?
離れる瞬間に、唇をぬるっとなめられて、反射的に背が跳ねた。至近距離で見つめられる。
「うっ……」
「衛くんがわるいんだよ」
何やら断定的に言われたが、意味が解らない。思考が追いつかなかった。
ただ、目からぶわっと涙が出てきた。なに本当に。俺、ここまでされるほど悪いことしました?俺のファーストキスですけど。
唇を押さえた手の甲が、ぶるぶる震えた。ひどすぎだろ。まじで最悪。彼女ほしいってあとにこれ、まじできつい。高二にもなってみっともないけど、なんかガチで泣けてきちゃったし。
嗚咽を堪えていると、怜生に手首をひっつかまれて、もう一回キスされた。
「――っ!」
なにこれ!?もういいのがれできない範囲じゃん!
衛はもがき、足をばたばたさせた。けれど、怜生は壁かなんかってくらい動かない。衛はもう、ひたすらされるがままで、泣くしかできずにいた。とにかく、早くもうこの時間終われ!と願うしかなかった。
ようやく唇が離れたころには、衛はぼろ泣きだった。怖い。意味がわからなすぎて。
怜生にぎゅっと抱きしめられる。場違いにあったかくて怖かった。抱擁が優しいのが、怖い。
「は、はなせよ……!」
「やだ。そしたら、また意地悪言うんでしょ」
「はあ?意地悪って……」
言われたのは俺なんだけど!言い返したいのに、すべてが去勢だ。なんなんだ。なんなんだよもう!
「てめ、やっぱり俺のこと嫌いだな……!だからって」
「まだそういうこというの?」
抱きしめる腕が強くなった。穏やかな声がざらついて低くなっていて、本気で怖い。
「衛くんはキス、嫌いな人とするんだ」
怖い怖い怖い!何言ってんのこいつ!そりゃ、キスは好きな人とするもんだけど、今そういう流れじゃなくね!?
助けて、灯也……!思考がバレたのか、頬をつかまれる。
「今、誰の事考えたの」
「だ、だれでもいいだろ?もう離して……」
「やだ。もう僕、我慢しないから。衛くんの意地悪には」
「はあ……!?」
「僕の気持ち、わかっててひどいことばかり言って。僕がどんな気持ちでいるかわかる?」
し。しらねえよ……!衛は怜生の手の中で、どうにか首を振る。
なんで十割がた俺のせいになってんの。見据えてくる目が真剣そのものなのが余計に怖い。お前の中で、俺とのことってどうなってるわけ?過失全部俺なの?
「お前こそ、ひどいことばっか――」
「だって、衛くんが灯也のことばっかり見るから」
「は」
「僕はずっと衛くんを見てるのに。僕の方が先に、衛くんを好きだったのに」
ん?
「灯也とばっかり仲良くして、僕のこと邪魔にして。それでどうして、楽しい気持ちになるの。なのに、僕のこと簡単に切った」
ぎゅっと顔を強くつかまれる。痛い。
「灯也の言うことなら聞いて、仲戻したんだよね。あの時は嬉しかったけど、全然変わらないし、灯也とくらべられてわかった」
目が揺れてる。深い湖みたいに暗い色が揺れてる。
「なんで、こんなひどいことばっかりするの?ねえ、衛くんは僕のことどうしたいの?」
「いや、」
わかんないですけど。
でも、あまり怜生が迫真で言うので、衛も戸惑ってきた。なにこれ、俺が悪いの?と不安になってくる。そして、逆に少し、どこか頭の奥が冷静になってきていた。極度の緊張で笑うときあるけど、そんな感じだ。
「ちょっと待てよ。だからさ……」
「もう許さない。絶対に僕だけ見てもらうから」
そう言って、鼻先をがぶりと噛まれた。いってえ。
それからぎゅっと一回、両手で首を絞められ、離される。恐怖がぶり返す間もなく、怜生が衛の手を引っ張って歩き出した。
「授業遅れてる。行こ」
有無を言わせぬ力で引っ張られ、衛は、もたもたとついていくしかない。
色々話し合いたいことはある。けど、もしかして、もうそのタームって終了してる?二度と来ませんか?
ぐるぐる自問自答を繰り返す。結果、衛は、意味が解らないこの男に、ひとまず引っ張られるしかないのだと察した。
だから、とりあえず、涙まみれの顔をぬぐった。それしか、能動的な行動は、許されていなかったのだ。




