婚約者が浮気相手を妊娠させたようなので、黙って身を引きます
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「すまない、カリーナ……実は浮気相手を妊娠させてしまったのだ」
「はぁ」
カリーナ・ヴォルタニアは、水のように透き通る青い髪と、金色の瞳の持ち主で、婚約者の衝撃的な言葉を聞き茫然として彼を見ていた。
婚約者はロイソン・パーフェル。
赤色の髪で、侯爵家生まれの美形だ。
ロイソンは浮気をしており、その浮気相手を妊娠させたという話を突然暴露してきた。
あまりにもいきなりのことで、カリーナは驚きを隠せないでいる。
本腰を入れて結婚の話を進めようかと考えていた段階なのに、まさか浮気とは。
カリーナは我に返り、そしてあまりにも馬鹿馬鹿しすぎて鼻で笑う。
浮気するような男なんてこっちから願い下げだ。
でもこのまま相手の思い通りにいかせるのも癪。
カリーナと別れようと考えているのだろうが、彼女はそれを許さなかった。
「申し訳ありませんが、少し時間を下さい。自分の気持ちが整理できていないので」
「いや、しかし、こんなことになってしまったのなら、もう別れるしか――」
「そのことはまたお話ししましょう。今日のところは失礼します」
「あっ……」
カリーナは踵を返し、ロイソンの話を聞かずしてその場を後にした。
浮気相手が誰なのかはすでに聞いていたので、家に戻った後、彼女はすぐに行動に出る。
情報収集の得意な人間が父親の知り合いにおり、ロイソンの浮気を聞いた父親が、彼をすぐに紹介してくれた。
カリーナの屋敷に訪れる黒髪の美青年。
彼は人の心を癒すような優しい笑顔で、彼女と接する。
「初めましてカリーナ様。私はフィン。情報収集を得意としていますが……本業のことは聞かないでくれたらありがたいです」
「初めましてフィン。それではあなたのことは詳しく聞きませんが……どうしても調べて欲しい方がいます。お願いできますか?」
「そのために本日参りましたので」
フィンはカリーナの依頼を快く引き受け、そしてその調査に乗り出す。
彼の仕事は驚くほど早く、一週間後には調査はほぼ完了していた。
調査報告書を受け取り、それに目を通すカリーナ。
そこには信じられないことが記載されており、彼女は吹き出しそうになってしまう。
それから翌日のこと。
カリーナはとある場所に向かう。
そこは婚約者の浮気相手の、婚約者の家であった。
「ごめんください」
「はい。どちら様でしょうか」
「私、カリーナ・ヴォルタニアと申します。セドニー様にお会いしたいのですが」
「申し訳ありませんが、どちら様でしょうか?」
カリーナに対応するのは、使用人の女性。
約束もなく、いきなり訊ねてきた彼女に怪訝そうな顔を向けている。
「突然の訪問すみません。どうしてもセドニー様とお話がしたかったもので……ドリアント様の浮気の件で」
「‼ 少々お待ちください!」
ドリアントという名前、そして浮気というキーワードに血相を変えて走っていく女。
すぐにとある男性を連れて戻ってきた。
「カリーナ……聞いたことない名前だが、君は?」
サラサラの茶髪。
星を封じ込めたように煌く赤い瞳。
ロイソン以上の美形が、カリーナの前に現れた。
「初めましてセドニー・タイクーン様。私はドリアント様と浮気した方の婚約者でございます。この度、浮気相手の情報を共有したいと思いまして」
「……そういうことか。私たちは被害者同士というわけだ」
難しい顔をしていたセドニーであったが、カリーナの正体を知って破顔する。
それから客間に通されたカリーナは、セドニーとドリアントのことを話した。
カリーナの知る事実を聞き、セドニーは笑い出す。
信じられない内容ではあるが、だが彼女の言葉に嘘は無いと信じたのだろう。
笑いつつも、真摯な対応をする。
「そうか。そんなことが……それで君はどうするつもりだい?」
「決まっています。婚約は破棄させてもらいます」
「私はすでに婚約破棄をさせてもらったよ。まさか彼女がそんな……ははは。そうかそうか」
ドリアントのことを考え、二人で笑い合う。
そして二人は会ったばかりだというのに、惹かれ合っていることにも気づく。
「また、会えるだろうか」
「セドニー様が望むのであれば」
「ではまた、近いうちに」
セドニーはロイソンに対して、激しい怒りを覚えていた。
だがカリーナの話を聞き溜飲が下がり、綺麗さっぱりとする。
帰って行くカリーナの馬車を見送り、セドニーはドリアントのことさえも忘れつつあった。
すでに美しく正しいカリーナのことばかりを考えている。
カリーナはセドニーと会ってからすぐ、ロイソンと話し合いに向かうことに。
翌日に彼の屋敷へとお邪魔していた。
「私たちの婚約、破談といたしましょう」
「すまない、カリーナ……僕は君を幸せにできなかった」
「いいえ。誰だって間違いはありますもの。私はロイソン様のことを許しますわ。できればこれからも、良き友人でいられればと」
「それは願ってもないことだ……ありがとう……ありがとう」
涙を流してカリーナに感謝するロイソン。
カリーナはただ優しく笑顔を浮かべる。
そして月日は流れ、ロイソンの子供が生まれたという話を聞き、カリーナは彼の屋敷へと訪れた。
ロイソンが抱く可愛い赤ん坊。
溶けたような顔で子供をあやすロイソンを見て、カリーナは微笑を浮かべていた。
「可愛いお子さんですね」
「ありがとう。名前はジュッシュというんだ。ドリアントから言わせれば、口元が僕にそっくりみたいだ」
「まぁ、そうなのですか」
可愛い子供が、カリーナを見ている。
その子の瞳は珍しい銀色。
それを見たカリーナは、ふふっと声を出して笑ってしまう。
ロイソンは子供の可愛さから彼女が笑ったと考え、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ははは、可愛いだろう」
「ええ。目なんかも父親そっくりで……子供っていいですわね」
「ああ、そうか。目もそっくりか。ははは。お父さんとそっくりだと、ジュッシュ!」
嬉しそうに子供を抱え上げるロイソン。
彼の様子を見て満足したカリーナは、屋敷を出ることにした。
「それではそろそろ失礼します」
「ああ、良かったらまた訪ねてきてくれ」
「はい。それでは」
屋敷を後にするカリーナ。
外では彼女を待つ、セドニーの姿があった。
「それで、どうだった?」
「はい、間違いありませんでした」
「そうか……やはり彼の子供じゃなかったんだな」
実はドリアントは、二人の男性と浮気をしていた。
もう一人の相手は庶民の青年で、珍しい銀色の瞳の持ち主とのこと。
浮気相手が酒場の自慢話として、ドリアントとの間に子供ができたと言いふらしていたという情報があり、カリーナはそれを確かめに今日訪れたというわけだ。
父親と同じ銀色の瞳。
あの子供は間違いなく、別の浮気相手の子供だ。
カリーナとセドニーは顔を合わせて笑い、馬車に乗る。
「これから彼は、他人の子供を育てていくことになるんだな」
「知らないほうが幸せなこともありますから、黙っておいてあげましょう」
「そうだな。これは私たちだけの秘密だ。そして、私たちは私たちで幸せになればいい」
「ええ、そうですわね」
ヴォルタニア家から離れて行く馬車。
真実を何も語らないまま、自分たちだけの幸せに続く方角へと向かって――
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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