8話 聖女の憂鬱
「……以上が、女神様による神託になります」
大聖堂。
祭壇の前に立つ聖女リュシアは、静かな声で女神からの神託を伝えた。
膝を折る貴族や高官達。
いつもならば、リュシアに対する感謝の言葉を述べて、賛辞の言葉も並べていく。
ただ、今日は戸惑いの表情を浮かべていた。
「……神託はこれだけなのか?」
「……いつもの半分以下では?」
「……聖女様は、どこか調子が悪いのだろうか?」
そんなやりとりが小声で交わされる。
小声ではあるものの、大聖堂は広く声が通る構造になっているため、リュシアの耳にも届いていた。
「……っ……」
一瞬。
本当に一瞬ではあるが、リュシアは忌々しそうに舌打ちをした。
幸いというべきか、それは誰にも聞かれない。
――――――――――
「あーもうっ、なんなのよ!?」
王城にある聖女の私室。
一人になったリュシアは、すぐに悪態を吐いた。
「神託が少ない? 半分以下? うっさいわね! 神託をもらえるだけありがたく思いなさいよ! ってか、不敬なのよ。不敬! あたしを誰だと思っているの? 聖女よ! 聖女リュシア様なのよ! ちっ……あいつら全員、顔を覚えたから。まとめて僻地に飛ばしてやるわ」
怒りが収まらない様子で、リュシアは聖女がまとう神聖な法衣を脱いで、それをベッドに叩きつけた。
ティアラも壁に投げつける。
「はぁっ、はぁっ……いったい、なんなのよ……?」
怒りが過ぎて。
今度は、リュシアは戸惑いの表情で自分の手を見た。
「確かに、神託は少なかったけど……でも、こんなこと、今まで、一度もなかったのに……」
国の運命を左右するといっても過言ではない、女神からの神託をいただく儀式。
それは、週に一度くらいの頻度で行われる。
前回はなにも問題はなかった。
通常は、十ほどの神託をいただく。
ただ、今回は四つだけ。
明らかに異常と思えるほど、神託の数が減っていた。
「なんなのよ、これ……? はぁ、なによ……うざいパパが消えて、ものすごく快適になって、自由に好きにやれるから、もっともっとうまくいくと思っていたのに……」
現実は思い描いた通りにいかない。
むしろ逆だ。
レオンを追放したことで、確かに、リュシアは自由に行動することができるようになった。
誰も口うるさいことを言わない。
従順な姿を見せて、皆、言うことに従ってくれる。
完璧だ。
なにも問題はない。
……ないはずなのに。
「ってか……儀式だけじゃなくて、視察とか治療とか。そういうのをまとめるの、下手なヤツが多すぎるんだけど。なんなの、このスケジュール管理は? バラバラで計画性がなくて、あたしの負担が増すばかりじゃない。それに、段取りも悪いから、いつもの倍以上の時間がかかるし……」
確かに、自分が思い描いたように、自由にやれるようになった。
文句を言われることもなくなった。
代わりに、手間暇が倍増していた。
なぜか?
レオンがいなくなったから?
「そんなこと、あるわけないし! うざいパパがいないとダメ? そんなわけないじゃん! むしろ、パパがいるからうまくできないんだから! あたしはなにも悪くないわ、悪いのは、ぜーんぶパパだったんだから! だから、追放したのは正義なのよ!」
色々と調整がうまくいかないのは、急にレオンが抜けたことで、多少の混乱が生じているからだろう。
事実、いくらかの騎士からは、レオンの復職を求められた。
「はぁ……パパってば、うざいけど、スケジュール管理は得意だったみたいね。そこだけは認めてあげてもいいけど……ま、所詮、パパがやっていたことだもの。他の人にできない道理はないわ」
一週間くらいあれば、他の騎士もレオンの仕事を完璧に引き継ぐことができるだろう。
そうすれば、スケジュール管理など、色々な調整が元通り。
以前と同じように、聖女の仕事を進めることができて……いや。
今まで以上に、スムーズに進行できるだろう。
なにせ、口うるさいレオンがいなくなったのだから。
今は我慢の時。
部下が仕事を覚えるくらいは、我慢してやろう。
「……でも」
リュシアは小首を傾げる。
「神託が減ったのは、本当になんでかしら……?」
いつも、必ず十の神託を得られていたわけではない。
増える時もあれば減る時もある。
十前後で推移していた。
ただ、半分以下になることは始めてだ。
しかも、内容が曖昧になっていた。
今回の神託。
その一つに、辺境に災厄が訪れる、というものがあった。
今までならば、細かい場所に細かい内容が記されていた。
しかし今回は、辺境に災厄が訪れる、というだけで、とても曖昧なもの。
なぜ、このようなことに?
「……もしかして、聖女の力が衰えている?」
ふと、リュシアは最悪の想像に至る。
原因はわからないが、聖女の力が衰えているとしたら?
そのせいで神託が減り、内容も曖昧になっているとしたら?
「……バカバカしい。そんなこと、あるわけないじゃない」
リュシアはベッドの上に寝た。
天井に手を伸ばす。
「あたしは……聖女なんだから。パパなんかと違って、ちゃんと自分の役目を果たしてみせるわ……絶対に。そして、あの方の役に立つんだから……」