6話 人々の祈りを叶える者……それを英雄と言う
「あぁ……どうして、どうしてこんなことに……!?」
村の広場では、多くの大人が集まっていた。
事件を聞いて、慌てて駆けつけた者。
そして……事件の当事者である、子供達の親。
子供達の親は、我が子を案じて不安に体を震わせて、涙する。
「おいっ、どうして助けに行ったらいけないんだ!?」
とある男が苛立った様子でシェフィに怒りをぶつけていた。
「気持ちはわかります。ですが、無茶をしては、逆に私達が魔物に襲われてしまう可能性があります」
「それはそうだが……」
「いや、俺も納得できないぞ」
他の男が声をあげる。
「魔物に襲われるくらい、なんだ! 子供達を助けるためなら、俺は、命を捨てる覚悟だってあるぜ!」
「俺もだ!」
「そうだ、俺だって、我が子を助けられるのなら命なんていらない!」
次々と声が上がり。
そして、子供の親も、今すぐに助けに行くべきと主張した。
村の人口は少なく、全員が顔見知りだ。
小さな村なので助け合いが基本。
必然的に距離は近くなり、全員が家族のようなもの。
だからこそ、自分の子供ではなくても自分の子供のように感じる。
命を賭けてでも助けるべきだと、決死の覚悟を見せることができるのだ。
……ただ、それは蛮勇だ。
「落ち着いてください! 助けたいという気持ちは私も同じです。ですが、本当に村の外は危険なんです。助けられず、皆さんが返り討ちに遭ってしまう可能性もあります」
「それは……」
「今、冒険者のレオンさんが救助に向かっています。どうか、レオンさんを信じて待ってください。レオンさんなら、必ず……」
「……そいつは信じられるのか?」
子供の親が、ぽつりと言う。
「そのレオンって男は、王都からやってきたんだろ? 辺境のことなんてろくに知らないだろうし……そもそも、なんでこんなところにやってきたんだよ? もしかしたら、王都でなにかやらかしたんじゃないか?」
「言われてみれば……そうだよな、おかしいよな」
「私、ちらっと見たことがあるけど、レオンって人、ちょっと影がある感じだったわ。やらかしたっていうの、本当なのかも……」
「おいおいおい、そんなヤツに子供を任せることなんて、できないだろ? 助けるどころか、自分だけ逃げ出すんじゃないのか?」
「そうだ、その通りだ! よそ者に頼ることなんて、できるか! 村の問題は、俺達が解決するべきだ!」
「み、みなさん、どうか落ち着いて……」
シェフィは必死に落ち着かせようとするが、ヒートアップする村人達は話を聞かない。
レオン=よそ者=悪。
そんな図式が出来上がり、絶対に信頼できないという流れになってしまっていた。
このままだと、村人達は、子供を助けるために森へ突撃するだろう。
無事に助けられる可能性はあるが……
しかし、魔物に返り討ちに遭う可能性の方が圧倒的に高い。
まるで戦闘経験のない、ただの村人が魔物の生息域で行動できるほど、外の世界は甘くない。
どうすればいい?
どうすれば村人達を止められる?
シェフィは必死に考えて、しかし、答えを見つけられず絶望して。
「私はレオンおじさんを信じているよ」
ふと、そんな声が響いた。
ティカだ。
とても真剣な表情をして、一生懸命に大人達に訴えかける。
「レオンおじさんは、とても強くて、すごく優しい人だよ! だって、私を助けてくれたもん。私のこと、なにも知らないはずだったのに、助けてくれたよ? そんな人が自分だけ逃げるなんて、絶対にないよ。私は……レオンおじさんを信じるよ」
「ティカちゃん……しかし、それは……」
「……俺も、あいつを信じるぜ」
続けて、とある農夫が声をあげた。
その農夫は頑固者として知られている。
よそ者に対しては誰よりも厳しいはずなのに、よそ者であるレオンを信じると言う。
「怪しいとか影があるとか、まあ……そういうところは賛成だ。否定はしねえさ」
「なら……!」
「ただ、力はある。この場にいる、誰よりも強い」
「「「……」」」
力強く断言する農夫に、皆、言葉に迷う。
「あいつなら、そこらの魔物なんて敵じゃねえさ」
「……俺も、彼を信じるよ」
続けて声を上げたのは、パン屋の店主だ。
「今、言われていたように、彼はとても強いと思う。どれくらいか、ってうまく説明することはできないけど……そうだな。彼は、剣を一振りするだけで、一瞬で百を超える薪を切ってみせたよ」
「な、なんだって……?」
「そんなことが本当に……」
「それに、強いだけじゃなくて優しいと思うよ。ただ依頼をこなすだけじゃなくて、俺のことを気遣い、色々と教えてくれた。優しくないと、あんなことはできないさ。確かに、なにかしら抱えているものはあるだろうけど……それが悪いものとは限らないだろう? なにか悲しいことがあったのかもしれない。それでも、今、俺達のために立ち上がってくれている……そんな彼を信じないで、どうするっていうんだ?」
「「「……」」」
パン屋の店主の言葉に、村人達は、今までの自分の言動を恥じるように顔を伏せた。
「ねえ……みんな。レオンおじさんのことを信じてあげて? レオンおじさんは、すごく強くて、すごく優しくて……絶対、みんなを助けてくれるから。だから……今は、レオンおじさんの言う通りにしよう? ね……?」
ティカは、懇願するように言う。
子供にここまで言わせて、自分達はなにをしているのだろう?
無茶無謀を繰り返すだけ。
なんて愚かで恥ずかしい。
「……よし、決めた」
最初に声を上げたのは、子供達の親の一人だ。
「俺は、やっぱり森に行くぜ」
「待ってください、それは……」
「……勘違いしないでくれ。子供達を助けるのはもちろんだが、あの冒険者を手伝うためだ!」
男は力強く言う。
「冒険者の言うことは正しいさ。俺達だと、魔物に返り討ちに遭うだけかもしれない……でも、それでも子供達のことは放っておけないし……冒険者のことも放っておけない! あいつは、この村にやってきてくれたんだ。王都なんて遠いところから、わざわざこんな辺境まで! なら、あいつも、もう村の一員だ! 俺は、村の一員を助けるために行く!」
「……俺も行くぞ!」
「そうだ、その通りだ! 俺もやる、やってやるぞ!」
村人達は、次々と声をあげていく。
そのどれもがレオンのことを気にかけるもので、先程までとは一転していた。
「みなさん……」
シェフィは、もう、村の皆を止めようとは思わなかった。
レオンの言いつけを破ることになるが、しかし、今の皆を止めることはできない。
止めてはいけないと、そう思った。
「えへへ♪ みんな、かっこいいね」
ティカは、にっこりと笑い……。
「でも、大丈夫。もう終わったみたいだから」
「ティカちゃん? それは、どういう……あっ!?」
村の南門に人影が見えた。
大きな影が一つと、小さな影が三つ。
レオンと、行方不明になった子供達だ。
レオンはあちらこちらを怪我しているが、自力で歩けるらしく、大きな問題はなさそうだ。
子供達は傷一つなく、泥で少し汚れているくらい。
「「「……」」」
村人達は、目に見える光景が信じられなくて、ついつい呆然としてしまい……
「「「おおおおおぉ!!!」」」
ややあって我に返り、とびきりの歓声をあげた。
「お父さん!」
「うあああ、パパ―! ママー!」
子供達は緊張が解けたらしく、泣きながら親のところへ。
親は、そんな子供をしっかりと抱きしめて、嬉し涙を流した。
「よかった、よかった……」
「あぁ、本当にもう……こんなに心配をかけて」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「危なかったけど、でも、おじさんが助けてくれたの……!」
みんなの視線がレオンに向けられる。
レオンはあくまでも落ち着いたまま、応える。
「怪我はないと思うが、念の為、治癒師に診てもらった方がいい。それと、心のケアも……」
「ありがとう! 本当にありがとう!!!」
親達は、一斉にレオンのところに駆け寄り、深く頭を下げた。
さらに、他の村人達も口々にお礼を言う。
「子供達を助けてくれて、ありがとう!」
「俺、疑うようなことを口にして……すまない! それと、本当にありがとう!」
「うん? ああ、いや……そこまで気にしなくていい。俺は、俺の務めを果たしただけだ」
村人達の態度に、レオンはやや戸惑いを覚えていた。
感謝はともかく、なぜ謝罪されるのだろう? ……と。
とはいえ。
細かいことはどうでもいいか、と気にしないことにした。
なぜなら……
「うわあああああん、お父さん、お母さん!」
「よかった、本当によかったわ……」
無事、親子が再会することができた。
その光景を見ることができたのだから、細かいところはどうでもいい。
「あぁ……よかったな」
レオンは、再会を喜ぶ親子を見て、小さく笑うのだった。
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どうか、レオンとティカの物語を、これからも温かく見守っていただけますように――。