4話 次なる依頼
「次の依頼は薪割りか」
冒険者ギルドに戻り、依頼達成の報告をして。
まだ時間があったため、次の依頼を請けた。
「レオンおじさん、働き過ぎじゃない? 村にやってきたばかりなのに」
「……そうかもしれないな。ただ、今は、体を動かしていたい気分なんだ」
ちくりと、胸に刺さる棘。
それはリュシアのことで……
ただ、体を動かしている間は、娘のことを忘れることができた。
「それよりも、ティカは、俺と一緒にいていいのか?」
「うん、大丈夫だよ! 私は、レオンおじさんの案内がお仕事だからね、えへん!」
「そうか、ありがとう」
「ん♪」
頭を撫でると、猫のように目を細くした。
可愛いな。
幼い頃のリュシアを……と、いかんいかん。
こういうことを考えるから、いつまで経っても過去から抜け出せない。
これからは一人だ。
リュシアと会うことも、おそらく二度とないだろう。
気持ちを切り替えていかなければ。
「レオンおじさん? どうしたの……なんだか、寂しそう」
「いや、なんでもない」
「……ん!」
ぎゅっと、ティカが抱きついてきた。
「ティカ?」
「私がいるよ? だから、大丈夫! レオンおじさんは一人じゃないよ!」
「……ありがとう、ティカ」
本当にいい子だ。
ティカは恩返しというが、すでに、俺の方が色々なものをもらっている。
俺は、この子になにができるだろう?
――――――――
「すまない、依頼を請けてやってきたのだが……」
「おぉ、あんたが噂の助っ人さんか」
とある家を訪ねると、恰幅のいい男性に笑顔で迎えられた。
「俺のことを……?」
「レオンだろう? エルセール村は小さいからね。噂なんて、あっという間に広がるのさ」
「なるほど」
「さっそく依頼をお願いしたいんだが、大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫だ」
「大丈夫だー!」
俺の真似をするように、ティカも笑顔で応えた。
案内というか、マネージャーのような役割になっているな。
「それじゃあ、裏手に来てくれ」
案内されて家の裏手に移動すると、たくさんの木材が置かれていた。
「うちはパン屋でね。いつもたくさんの薪が必要なんだが、最近、ちょっと腰を痛めてしまってね」
「そこで、冒険者ギルドに依頼を?」
「ああ。こんな依頼でがっかりしたかい?」
「いや。依頼に大きいも小さいもない。しっかりと果たそう」
「よかった、そう言ってくれて。じゃあ、これを使ってくれ」
男性は斧を渡してくるが、俺は首を横に振る。
腰に下げている剣をぽんぽんと叩いた。
「俺には、ここに相棒がいるから問題ない」
「剣で薪割りを……? それは、うーん……大変じゃないかい? 斧の方が力を入れやすいし、威力もあるから、楽だと思うんだけどねえ……」
「問題ない。見ていてほしい」
木材を手に取り、地面の上に縦に置いた。
軽く踏み込むようにしつつ構えて、剣の柄に手をやる。
「……よし、できた」
「え?」
「ほぇ?」
男性とティカが、なんのこと? という感じで首を傾げた。
その答えを示すかのように、木材に切れ目が入っていき……
ぱかっと、ちょうどいいサイズに分割される。
「えっ、えっ……えええええぇ!? い、今、切ったのかい……? でも、まったく見えなかったけど……」
「剣は得意だ」
「いやいやいや、得意というレベルを超えていないかい……? ぜんぜん見えないだけじゃなくて、この切り口、すさまじいね……とても綺麗だ。それに、サイズも全てがピタリと揃っていて……曲芸というか神業というか、こんなことができる人、初めて見たよ」
「おー! レオンおじさん、すごーい!」
「ありがとう」
ティカに褒められると、なんだか嬉しくなるな。
思い返せば、リュシアに褒められたことは一度もない。
『は? 薪割り? そんなこと、なんの役に立つわけ? 地味すぎるし、そもそも聖騎士の仕事じゃないでしょ。パパ、しっかりしてよ。あたしにふさわしい、もっと派手な仕事をしてちょうだい』
そう言われ、いつも睨まれていたものだ。
しかし、ティカはとても楽しそうに、嬉しそうに褒めてくれる。
なんだろうな、この気持ちは?
胸が温かい。
「さて、どんどんいくか」
やる気が湧いてきたため、まとめて十の木材を宙に放る。
「え? あ、あんた、なにを……」
「……ふっ!」
抜剣。
刃を宙に走らせる。
そして、鞘に剣を戻す。
同時に、木材が無数に分割された。
「……」
「どうした?」
「あ、いや……一瞬で百以上の薪を……レオンは、剣聖だったりするのかい?」
「……まさか」
しまった。
ティカに褒められて、ついつい気持ちよくて、やりすぎてしまったかもしれない。
聖騎士ということはバレてはいけないから、ほどほどに加減をしないとまずいな。
「先も言ったが、剣は得意なんだ」
「得意というか、そういうレベルを圧倒的に超えている気がするが……」
「レオンおじさん、やっぱりすごいね! かっこいい♪」
「ありがとう」
「……まあ、いいか。助かったよ、ありがとう。これだけあれば、一週間は保つな」
「これだけあっても、一週間でなくなってしまうのか?」
「そうだね。パンを焼くには、けっこう火力が必要だから、薪をたくさん使うんだ。なに、心配しなくてもいいさ。また依頼を出すから、その時は頼むよ」
「そうだな……もちろん、依頼があれば応えるが、依頼料もタダではないだろう? 少しでも依頼を出す回数が減るように、簡単に薪割りをするコツを教えよう」
「コツだって? しかし、俺は今、腰が……」
「なに。大して力を使わないから、腰にも負担がかからない。見ていてくれ」
薪割り用の斧を受け取り、トンッと先端を木材に食い込ませた。
「ここまでは普通のやり方だ」
「そうだな。あとは、叩くようにして刃を食い込ませて、割る、って感じだよな?」
「ああ。勢いを利用するから、そこまでの力は必要ないが、それでも多少の力はいる。腰に負担もかかるだろう。だから……」
木材に刃を食い込ませた斧を片手に持ちつつ、もう片手で柄の部分をトントンと叩いた。
すると、それを合図にしたかのように、パカッと木材が縦に割れる。
「えっ」
「こんな感じだ」
「今のは……い、いったい、なにをしたんだい?」
「特殊な振動を伝えることで、木材を一気に断ち切ったんだ。覚えるのに少しコツはいるかもしれないが……なに、一時間も練習すれば覚えられるだろう」
「ほ、本当かい……? そんな神業のようなこと、俺にできるとは思えないんだけど……」
「ものは試しだ、やってみないか?」
「やるー!」
ティカが笑顔で挙手した。
幼子に負けていられないと、パン屋の男性も練習に参加した。
……そして、一時間後。
トントン。
パカッ。
「お、おぉ!? できた、本当に俺にもできた!?」
「だろう?」
「ティカもできたよー! えへへ、褒めて褒めて♪」
「ああ、ティカもすごいぞ。さすがだな」
「えへへ♪」
ティカはとても嬉しそうだ。
なんとなく、褒められて喜ぶ大型犬を連想する。
「いや、まさか、こんな方法があるなんて……俺にも使えるように教えることができるなんて、レオンはすごいんだな。教える能力がすさまじい。教師かなにか、やっていたのかい?」
新人騎士の教官をやっていたことはあるが、それは秘密だ。
笑ってごまかしておいた。
「でも、これなら、あまり無理することなく、薪割りができるよ。時間の短縮にもなるし……いや、本当にありがとう! レオンは、完璧な……いや、それ以上の仕事をしてくれたよ!」
「喜んでくれて、なによりだ」
「ちょっと待っててくれ」
男性は建物の中に入り、少しして紙袋を手に戻ってきた。
「うちで焼いたパンだ。本当は焼き立てを用意したかったんだが、今からとなると時間がかかるからな。今度、焼き立てをごちそうするよ」
「こんなにたくさん……? もらってもいいのか?」
「ああ、もちろんだ。せめてもの感謝の気持ちだ」
「……ありがとう」
「やったー! パンだー!」
二つ目の依頼も無事に成功、というところかな?
案外、俺は冒険者の才能があるかもしれないな。
聖騎士よりも向いているかもしれない。
……ただ、全て順調に行くとは限らない。
「レオンさん!!!」
シェフィが慌てた様子で駆けてきた。