3話 新しい人生は冒険者として
「この度は、まことにありがとうございます」
ティカを村まで送り届けて、彼女を知る大人に事情を説明して。
それから、村長の家に案内されて、村長から深く頭を下げられた。
「あなたがいなければ、ティカはどうなっていたことか……本当にありがとうございます」
「いや、そこまで気にしないでほしい。人として、当然のことをしたまでだ」
というのだけど、その後も、何度も何度もお礼を言われてしまう。
村長は、よほどティカのことが大事なのだろう。
「ティカ、向こうで遊んできなさい。ただ、今度は、一人で勝手に外に出てはいけないよ?」
「うん。またね、レオンおじさん」
ばいばいをして、ティカが家の二階に消えた。
その背中を見送る村長は、複雑な表情だ。
「……私は、あの子の家族ではないのです」
「そうなのか?」
「ティカの家族は、昔、魔物に……」
「……そうか」
「かわいそうに思い、私がティカを引き取ったのですが……ただ、あの子の心は傷ついたまま。いつも元気にしていますが、無理をしているようで……ですが、あなたと一緒にいる時のティカは本当に楽しそうに見えました。年相応の子供らしく見えました」
「俺は……特になにもしていないが」
「助けられたからかもしれませんな。改めて、ありがとうございます」
今日、何度目になるかわからないお礼を言われてしまう。
血は繋がっていないというが、村長は、ティカのことを大事に思っているのだろう。
「ところで……あなたは、いったい?」
「ああ……すまない、自己紹介をすっかり忘れていた。俺は……レオンだ」
姓は伏せておいた。
もしかしたら、聖騎士である俺の名前を知っている人がいるかもしれない。
あまり騒ぎになりたくない。
それと、リュシアからは……
『パパが聖騎士とか恥ずかしすぎるから、絶対にバレないようにしてちょうだいね? バレたら追放だけじゃ済まさないから』
……と言われていた。
ティカにはフルネームを名乗ってしまったが、それはもう仕方ないと諦めよう。
「王都の方で冒険者をやっていたが、ここの村が人手不足と聞いてな。ここに派遣されることになったんだ」
「はて? そのような話は……あぁ、そういえば、そういう要望は出していましたな。よかった、よかった。ようやく応援をいただけることになったのですな」
「これが、その紹介状だ。確認をしておいてほしい」
村長に紹介状を渡した。
「遠路はるばる、このような辺境の村までありがとうございます。応援をいただけるのか、いただけたとしてもどのような方なのか……不安に思っていましたが、レオン殿のような方ならば安心ですな」
「その期待に応えてみせよう。ひとまず、冒険者ギルドの方にも挨拶をしておきたいのだが、場所を教えてもらえないだろうか?」
「でしたら、私が案内しましょう……ティカ、少し出かけてくるよ」
「あっ、まってまって! それなら、私が案内をするよ!」
ぱたぱたと、ティカが二階から降りてきた。
「む、ティカが? しかし……」
「私だって、もう十歳なんだから、お客様の案内くらいできるよ。あと、レオンおじさんの役に立ちたいの! 恩返しもしないとだし」
「それは……レオン殿、よろしいでしょうか?」
「ああ、問題ない。ティカ、よろしく頼む」
「うん、よろしくされました!」
――――――――――
村の冒険者ギルドは、王都に比べると半分以下のサイズだった。
いや、四分の一くらいだろうか?
一階建てで、訓練場などもない。
シンプルに、受付カウンターが一つ。
受付嬢も一人という、必要最低限の配置だ。
「レオンおじさん、ここが冒険者ギルドだよ!」
「こんにちは、ティカちゃん。今日も元気だね」
「うん! 元気だけが私の取り柄だからね!」
受付嬢がにっこりと挨拶をした。
まだ若い女性だ。
二十くらいだろうか?
亜麻色の髪は長く、腰まで届いている。
くりっとした瞳は小動物を連想させて、彼女のチャームポイントになっていた。
「あら? そちらの方は……」
「レオンだ。応援として、この村にやってきた冒険者だ」
「まあ! あなたが……よかった、これでなんとかなるかも。あっ、失礼しました! 私は、シェフィ・ノイエンといいます。このエルセール村の冒険者ギルドで、受付嬢をしています。よろしくお願います」
「ああ、こちらこそ」
シェフィと笑顔で握手を交わした。
「さっき、レオンおじさんに助けてもらったの!」
「えっ、そうなんですか!?」
「うん! 魔物が現れて、あわわわ、ってなっていたんだけど、そこにレオンおじさんが! ばしゅっ、すばー! ずだだだ! っていう感じで、魔物をやっつけたんだよ! すごくかっこよかった♪」
「そうだったんですね……レオンさん、ありがとうございます。ティカちゃんは、村のみんなの妹や娘みたいな存在で、なにかあったらと思うと……」
「ああ、いや。そこまでかしこまらないでいい。人として、当然のことをしただけだ」
「そう簡単に言えるレオンさんは、とても素敵だと思いますよ」
「ティカもそう思う!」
二人の笑顔に、ちょっと驚いてしまう。
王都にいた頃は……
『は、人助け? そんなことをして、なんの価値があるの? あたしの時間は有限なの、聖女なんだから忙しいの。そこらの有象無象を助けているヒマも価値もないわ。わかったら、パパも変なことは考えないでね』
……なんてことを言われていたが、そうか。
俺の考えは間違っていなかった、ということか。
ティカとシェフィに肯定されて、少し救われたような気持ちになった。
「レオンさんに力を貸していただけるのなら、エルセール村の冒険者ギルドも安泰ですね! どうぞ、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む。どれだけ力になれるかわからないが、全力を尽くすと約束しよう」
「レオンおじさん、かたーい」
「む? そうなのか……?」
「こういう時は、よろしくな! っていう感じでいいと思うよ?」
「いや、しかし、それはさすがに軽すぎではないか……?」
「それくらいの方がいいよ。仲良くなった、って感じがするもん」
そうなのだろうか?
思わずシェフィを見ると、苦笑されてしまう。
なるほど。
子供の言うこと、と捉えた方がよさそうだ。
「ところで……すまない、質問をいいだろうか?」
「はい、なんでもどうぞ」
「他の冒険者はいないのか? 冒険者ギルドは、いつも、いくらかの冒険者がいるものと記憶しているが……」
「あー……他の街ではそうかもしれませんが、このエルセール村は、辺境の中の辺境ですからね。冒険者は、他に一名しかおらず……」
「そうなのか」
「だから、レオンさんが応援にやってきて、すごく嬉しいです!」
冒険者が一人だけだと、できることなんてかなり限られてしまうだろう。
二人になったとしても、あまり差はないが……
できる限り期待に応えられるように、がんばろう。
「そのもう一人の冒険者は? できるなら、挨拶をしておきたいが……」
「今、依頼を請けていまして……夕方か夜になったら戻って来ると思います」
「そうか。なら、俺も依頼を請けよう」
「えっ。いきなり、いいんですか……?」
「ああ、もちろんだ。他に急ぎの用事があるわけではないからな。依頼票を見せてくれないか?」
「はい、こちらになります」
シェフィから依頼票を受け取り、それに目を通して……
「……なん、だと?」
依頼票を見た俺は、ついつい驚きの声をこぼしてしまうのだった。
――――――――――
「すまない、少しいいだろうか?」
村の畑に移動して、そこで農作業に勤しむ人に声をかける。
「ん、なんだい? あんた、見たことのない顔だが……おや? ティカちゃんも一緒なのかい」
「うん! レオンおじさんに、エルセール村を案内してあげているの」
「レオンおじさん……?」
「応援にやってきた冒険者だ。今日から、この村で世話になる」
「ふぅん……応援の冒険者ねぇ」
うさんくさい目を向けられてしまう。
よそ者が現れれば警戒するのは当然のことなので、気にしない。
「依頼を請けてやってきた。依頼内容は……畑を耕すことだな?」
冒険者がやるようなことではない。
なんでも屋の仕事だ。
ただ、依頼票には、しっかりと畑を耕すと書かれていた。
辺境だからなのか、それほどの人手不足なのだろう。
王都ではありえないことだが……
ただ、依頼は依頼。
しっかりとやることにしよう。
「そこを耕してもらいたいが、できるかい?」
「ここか? ふむ……踏みしめられているのか、かなり硬いな」
「元は家が建っていた場所だからな。古い家だったから取り壊して、あたらしく畑にしようと思っていたんだが、思っていたよりも硬く、耕すことが難しい。まあ、冒険者ならそれくらいできるだろう?」
「ああ、任せてほしい。すぐに取りかかろう」
「それが言葉だけでないことを祈るよ」
農夫は小さく鼻で笑う。
俺にできるわけがない。
あるいは投げ出してしまうだろう、そう考えているようだ。
「レオンおじさん、がんばって!」
ティカは、キラキラした瞳で、とても期待した様子でこちらを見る。
あの子にあんな目で見られたら、がんばらないわけにはいかないな。
「二人共、少し離れていてほしい」
「? あんた、いったい何をするつもりだい?」
荒れ地の中心に移動して、しっかりと大地を踏みしめた。
抜剣。
体内を流れる魔力を調整して、剣に流していく。
「お、おいっ、あんた、本当になにを……」
「わぁ……なんか、レオンおじさん、ぴかぴか!」
「すぅううううう……はっ! 竜陣剣っ!!!」
魔力を込めた剣を大地に突き立てた。
そして、溜め込んだ力を一気に解放する。
ゴガァッ!!!
爆発。
地面がひっくり返ったかのように土が舞い上がる。
ただ、威力は調整しておいたから、農夫から指定された範囲外に影響が及ぶことはない。
必要な区画の地面だけを爆発させて、地面をひっくり返して……
「ふむ……こんなものだろうか?」
ガチガチに固まっていた大地は適度にほぐれ、土も、いい感じに混ざりあった。
岩も紛れ込んでいたみたいだが、今の爆発で砕けた。
「どうだろうか?」
「……」
唖然とする農夫に問いかけるが、反応はない。
代わりに、ティカがキラキラ笑顔ではしゃいだ。
「わー、わー! すごいすごい! ぐわーって、土が一気にひっくり返ったよ! おじさん、ね、ね? すごいね!」
「あ、ああ……こりゃまた、すごい……」
ティカに声をかけられて、農夫は我に返る。
「い、今のはいったい……? 剣技のようだが、しかし、魔法も合わさっていたような……まさか、魔法剣? 選ばれた者しか使えないという……?」
「あ、いや。そんなことはない。今のは、ただの剣技だ」
「そ、そうか、そうだよな……し、しかし、すごい威力だな」
「これでも威力は抑えた方だ。本来は、広域戦術で使うようなものだからな」
「よくわからねえが……戦闘で使うもので畑を耕した、ってことか? おいおい、すごく贅沢なことをしているな……」
「やや荒い手段だったが、こうするのが手早く、また、一番効率的だと考えたのだが……どうだろうか? いい感じに土がほぐれ、畑に適していると思うが」
「はっ……ははは! ああ、そうだな、最高だ! やるじゃねえか、あんちゃん。ここを耕すなんて、俺ら農業のプロでも一ヶ月はかかると思っていたが、まさか、たったの一分で終わるとは思ってなかったよ。いやはや、本当に助かった!」
「そうか。喜んでもらえたのならなによりだ」
「これから一杯、どうだい? 礼に奢るぜ」
「せっかくだが、ギルドに報告をしないといけない」
「そっか。なら、飲むのはまた今度にして……ほらよ」
農夫からトマトを受け取る。
「うちで採れたトマトだ。うまいぜ。ほら、ティカちゃんも」
「……ありがとう」
「ありがとー!」
ティカと二人でトマトを食べる。
とてもみずみずしく、甘さを感じる美味しいトマトだ。
「美味しいね、レオンおじさん!」
「ああ、そうだな」
……これが最高の報酬かもしれないな。