2話 聖騎士、辺境に追放される
辞めないでほしい。
同僚や部下にそう引き止められたが、しかし、聖女の命令は絶対だ。
別れを告げて。
準備をして。
そして数日後。
俺は、辺境に続く街道を一人歩いていた。
「別れを惜しんでくれる人もいたが、裏切り者と責める人もいたな……」
とても重要な聖騎士の任務を途中で放りだした。
周囲から見れば、裏切り者と思われても仕方ないだろう。
ただ、聖騎士を辞めたことに後悔はない。
己の成すべきことを見失い始めていたリュシアに、俺は、聖騎士として父として、最後の忠告をした。
それを拒んだのはリュシア自身だ。
俺を追放したことで、彼女は、これから多くの困難に見舞われるだろう。
ただ、それはリュシアの選んだ道。
今更、俺が関わることも口を出すこともない。
……だが、それでも。
「……胸が痛いな」
パパと優しい笑顔を向けてくれたリュシアは、もういない。
娘を失った痛みが、焼けつくように残っていた。
「……まあいい、過ぎたことをいつまでも考えても仕方ない」
人生、すでに半分を過ぎているが……
言い換えれば、まだ半分も残っている。
ここを人生の転換期と考えよう。
新しい人生は、悔いのないように過ごしたい。
「どこか、のんびりしたところで、ゆっくりと過ごしたいな」
今までは、聖騎士としての激務が続いていた。
徹夜は当たり前。
休みなく、一ヶ月、任務に就くことも当たり前。
そんな日々を過ごしていたから、スローライフというものに憧れている。
「まあ、のんびり辺境の村で過ごすわけではなくて、冒険者として村に応援の派遣という任務ではあるから、スローライフを送れるかわからないが……」
多少の期待はしてもいいだろう。
俺は、街道をゆっくりと進んでいく。
――――――――――
「そろそろだろうか?」
旅を始めて、二週間ほど。
歩きなので時間がかかってしまったが、そろそろ目的地である村が見えてくるはずだ。
「……綺麗なところだな」
街道の隣に森が広がる。
綺麗な深緑で、時折、小動物の鳴き声が聞こえてくる。
きっと、たくさんの生き物の家になっているのだろう。
反対側は川が流れていた。
底が見えるほどに澄んでいて、小魚が気持ちよさそうに泳いでいる。
「そして……うん。空気が美味しいな。王都が悪いわけではないが、色々な魔道具があるからか、ちょっと魔力に酔うところがあるからな。その点、こちらは自然そのもので、とても心地いい」
村はどんなところなのだろう?
この分だと、とても素敵なところに思えるのだけど……
「む?」
ふと、悲鳴が聞こえてきた。
小さな子供の悲鳴だ。
「なんだ?」
森の中からだ。
急いで悲鳴が聞こえた方に駆ける。
「あ……うぅ……」
「グルルル!」
小さな女の子が、狼に似た魔物……ウルフに襲われていた。
女の子は尻もちをついていて、逃げられる状況にない。
「伏せろ!」
「っ……!?」
有無を言わせない強い口調で言うと、女の子は、ビクッと震えつつも、反射的に頭を抱えて体を丸くした。
その間に、俺は一足でウルフとの間合いを詰めて、横から蹴り飛ばす。
「ギャン!?」
ウルフは悲鳴を上げて、転がる。
すぐに起き上がり、怒りの形相で反撃を試みるものの……しかし、その先はない。
「ッ……!?!?!?」
ウルフを蹴り飛ばすと同時に、俺は、腰の剣を抜いてナイフのように投擲していた。
刃がウルフの頭部に突き刺さる。
ビクンッと痙攣して、そのままウルフは息絶えた。
「大丈夫かい?」
「……」
女の子に声をかけて、手を差し出した。
ただ、女の子は呆然として、こちらの手を取ろうとしない。
……怖がらせてしまっただろうか?
だがしかし、あの場合は仕方ない。
一刻も早く魔物を排除しなければ、この子に害が及んでいたかもしれないからな。
俺は、努めて優しい顔をして、できるだけ穏やかに声をかける。
「もう大丈夫だ。魔物は退治した。新しく現れたとしても、俺がキミを守ろう」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。そうだ、約束をしよう」
小指を差し出すと、女の子は、おずおずと自分の小指を絡めてきた。
……小さな手だな。
幼い頃のリュシアを思い出す。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った」
子供がやるような約束事。
だからこそ効果があったらしく、女の子の表情がいくらか和らいだ。
「よし。これで、約束は絶対だ。おじさんは、キミのことを必ず守ろう」
「……うんっ、ありがとう!」
鈴が鳴るような綺麗な声。
不思議と、女の子の声を聞くと落ち着くことができた。
それと、今までとは一転して、女の子が明るい表情になる。
怯えて、萎縮してしまっていたのだろう。
「キミは、どうしてこんなところに?」
「食べられる野草を採取していたの。知っている? 野草って苦いイメージがあって、むにー、って感じがするかもしれないけど、実はすごく美味しいの! 栄養もあるんだよ? だから、おじいちゃんのためにたくさん採ってあげようと思って」
「そうか。事情はわかった。ただ、他にも魔物がいるかもしれないから、一度、家に戻ろう。家族も心配しているだろう。いいか?」
「うん……心配かけて、ごめんなさい」
素直に謝ることができるいい子だ。
「俺ではなくて、おじいさんに謝らないとだな。今頃、きっと心配しているだろう」
「うん……」
改めて手を差し出すと、女の子は掴まり、ゆっくりと立ち上がる。
「改めて、ありがとう、おじさん! えっと……」
「ああ……そういえば、自己紹介をしていなかったな。俺は、レオン。レオン・オライオン……騎士だ」
「わぁ、騎士様……!」
女の子は、目をキラキラと輝かせた。
騎士に憧れのある年頃なのだろう。
「私、ティカ・リュミエールって言います! 十歳! 女の子です!」
「ティカか、いい名前だな。っと……名前で呼んでもいいだろうか?」
「うん、もちろんだよ!」
「ありがとう、ティカ。俺のことも、よかったらレオンと呼んでくれ」
「わかったよ、レオンおじさん! えへ♪」
この子を助けることができて、本当によかった。
にっこりと太陽のような笑顔を浮かべる女の子を見て、俺は、心の底からそう思った。