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1話 「うざいから出ていけ」と、聖女の一言で父は追放された

 神聖王国アールヴェルグ。

 神に対する信仰心が厚く、多くの国民が敬虔な信者だ。


 その理由の一つとして、聖女が存在すること。


 女神の寵愛を授かる聖女は、その力で数々の奇跡を起こす。


 慈愛の光で病を治して。

 枯れた大地に雨を降らせて。

 時に、災厄の未来を予言して、回避してみせる。


 神聖王国アールヴェルグは、女神への信仰と聖女の力で成り立っていた。

 故に、必然的に聖女に権力が集中する。




――――――――――




 神聖王国アールヴェルグの大聖堂。


 荘厳な空気が漂う中、聖女リュシアの神託を聞くため、多くの貴族や高官達が膝を折り頭を下げていた。

 祭壇の前に立つ聖女リュシアは、その光景を満足そうに眺めている。

 愉悦感を滲ませているような、そんな笑みだ。


 ……あの子は、またあのような顔をして。


 聖騎士として、彼女の護衛で隣に立つ俺は、反射的に顔をしかめてしまいそうになる。

 それでも我慢して、何事もないように護衛に専念した。


「……今、神託が下りました」


 自分に向けられる尊敬の念などを受け止めて満足した様子で、リュシアはそっと口を開いた。

 その言葉を受けて、皆、顔を輝かせる。


「おぉ、聖女様!」

「今回は、いったいどのような神託が……?」

「神託だけではなくて、ぜひ、我が魔法省についての意見を女神様に……!」

「待て。それならば、今後の天候についてを……!」


 皆、こぞって聖女に対して意見を求めた。

 それはまるで、砂糖に群がるアリのよう。


 それすらも愉悦を覚えるらしく、リュシアは満足そうだ。


「おまちください。まずは、女神様の神託を。それから、皆様の願いを女神様に届けましょう」

「おぉ、なんとありがたい!」

「どうか、よろしくお願いいたします!」

「ええ、お任せください」


 リュシアは女神の神託を伝えて。

 それから、皆の願いを女神様に伝えて。

 聖女としての務めを果たしていく。


 それだけを見れば立派ではあるのだが……




――――――――――




「リュシア、あのような態度は止めた方がいい」


 儀式の後。

 リュシアの私室で二人になったところで、そう注意をした。


 リュシアは、あからさまに不機嫌そうな顔になる。


「なによ、あのような態度って?」

「聖女であることを当然と思うような。皆に尊敬されて当然というような……ああいう態度のことだ」

「は? そんな態度、とってないんだけど」


 無自覚ということか。

 なおさら質が悪い。


「とっているんだ。横で見ているから、そういう表情が出ていることがわかる」

「はいはい、気をつけまーす」


 ふてくされた様子で言う。


「それと……」

「なによ、まだなにかあるの?」

「ああ、いくつか確認したいことがある。各部署からの報告と、それと色々な噂を聞いているが……」


 国と民のために。

 それが聖女の義務であり使命なのだけど……


 最近、リシュアは、その基本理念から外れる行動を取ることが多い。


 王や王妃を差し置いて、自分が国母であるような言動をしたり。

 互いに支える関係のはずの騎士を下僕のように扱い。

 自分の希望を押し通すために、他者を虐げることもある。


 聖女にあるまじき行動だ。

 いかにリシュアが聖女で、この国に欠かせない存在だとしても、行き過ぎた行動は目に余る。


 道を外れようとしているのなら、俺が正さなければならない。

 それが、聖騎士であり……リシュアの父である俺の役目だ。


「リシュア、よく聞いてくれ」

「なによ」

「リシュアは聖女で、特別な力を持つ。その才能はかけがえのないものであり、他の者が代わりを務めることは難しい。それは確かなことだ」

「そうよ、わかっているじゃない。あたしは特別なのよ?」

「ただ、聖女だからといって、なにをしていいわけじゃない。もちろん、なんでも我慢しろというつもりはない。なにかしたいことがあれば、できる限り叶えたいと思う」

「そう、わかっているじゃない。あたしは、聖女の務めを果たす代わりに、正当な対価をいただいているだけ。なにも問題ないじゃない」

「最近、度が過ぎているんだ」


 しっかりと言い聞かせなければならないと思い、強い口調で言う。


「多少のわがままならいい。俺が叶えよう。ただ、多少の度合いを外れていて……それだけではなくて、多くの人に迷惑と負担をかけている。リシュア、わかってくれ。聖女は確かに特別な存在ではあるが、聖女一人が国を動かせるわけじゃない。皆で力を合わせることが大事で、一人、好き勝手にしていたら……」

「うるさいっ!」


 リュシアは振り返り、紅玉のような瞳を見開いた。

 その顔には怒りと軽蔑が浮かんでいる。


「ねえ、あたしは聖女なんだけど? 女神様に選ばれた存在なのに、たかが騎士風情が口出しするわけ? しかも親だからって偉そうに……うざいのよ、パパ。パパが聖騎士に選ばれたのも、あたしが聖女になったからでしょ? あたしのおかげで出世できたくせに、あたしに説教するつもり? パパは、いつからそんなに偉くなったわけ?」

「……聞いてくれ、リシュア。俺は、自分が偉くなったなんて勘違いをしたつもりはない。ただ、リシュアのためを想って……」

「だからうるさいのよっ!!!」


 リシュアは激昂して、近くにあった花瓶を投げつけてきた。


 花瓶が壁にぶつかる。

 破片が飛び散り、頬を傷つけた。


「あーもうっ! 前々から言おうと思っていたんだけど、パパ、本当にうざいんだけど! なんなのよ!? あたしの父親っていうだけで、聖女であるあたしに説教するつもり? あんた、何様なのよ! 偉そうになったって勘違いしているのは、パパの方じゃない!」

「待ってくれ、リシュア。俺は、そんなつもりはない。本当にお前のことを心配して……」

「だから、それがうざいって言っているの!!!」


 再び花瓶が飛んできた。


 今度は、俺の頭に直撃した。

 水を被り、血が流れる。


 仮にも聖騎士。

 これくらい、大したことはないが……

 しかし、娘からこのような仕打ちを受けることがとても悲しく、やりきれない気持ちになる。


「はぁあああ……」


 リシュアは大きなため息をこぼして、


「クビよ」


 そう言い放つ。


「……なんだって?」

「クビよ、クビ。パパは、もういらないから」

「なにを……」

「もう、あんたなんていらない! 聖女への不敬罪で、レオン・ヴァルグレアを追放するわ! 二度と王都の地を踏ませないんだから!」


 リシュアは、子供のように癇癪を起こして、強く叫んだ。

 その目は……本気だ。


「正気か? 俺がいなければ、聖女であるリシュアは……」

「うっさいわね! あたしのおまけのくせに、あたしに偉そうに説教しないで! パパなんて、必要とされていないの。必要とされているのは、聖女のあたしなのよ!」

「……リシュア……」

「いつもいつもいつも、親だからって偉そうにして! パパは、あたしよりも下なのよ! 聖女の方が偉いの! この国に必要なのは、あたしの方なのよ!」


 リシュアは肩を震わせつつ、叫ぶ。


 こうして、すぐに癇癪を起こしてしまうところも悪い癖だ。

 治すように何度も口にしていたのだけど、それも、リシュアにとっては不快感しかなかったのだろう。


 妻を早くに亡くして、男手一人ではあるが、必死に……愛情を込めて育ててきたつもりではあったが。

 しかし、俺は、なにか失敗してしまったのだろう。

 普通の人々が手に入れるような、優しく温かな家庭を作ることができない。


「あーもうっ……マジでうざい。パパ、本気でうざいわ……やっぱり、パパなんていらないわ」

「待て。さっきのクビというのは、本気なのか……?」

「当たり前でしょ? なに? やっぱりあたしが間違ってましたごめんなさい……とか、あたしが泣いて謝るとでも思っていた? はぁ、頭お花畑? そんなこと、するわけないじゃん。アホかっての」

「……リシュア……」

「何度でも言うわ。パパはクビよ。今日限りで……ううん。今、この瞬間から、聖騎士からただのおっさんに格下げよ。ついでに、国からも追放してあげる。とっとと出ていってくれる?」

「考え直すんだ、リシュア。そのようなことをすれば、聖女であるお前も……」

「だから……うっさい!!!」


 今日一番の怒声が響き渡る。


「言ったでしょ? あんたなんて、もうどうでもいい。いらない。親子の縁も、今この瞬間、切るわ。あたしとあんたは他人。もう親子なんかじゃないわ。わかった?」

「……本気なんだな?」

「当たり前でしょ。前々からうざいと思ってたし、もっと早くこうしたらいいと思っていたわ。パパだから、情けをかけてあげてたけど、もう無理。限界。もうあたし達は親子じゃないから。さっさとこの国から出ていってくれる?」


 リシュアからかけられる言葉は、とても冷たく、肉親に対するものとは思えなかった。


 こんな時、親として叱ることができればいいのだけど……

 しかし、俺の言葉は、もう届かないのだろう。


 ……すまない。


 俺は、心の中で妻に謝る。

 キミが亡き今、リシュアのことはしっかりと育てていこうと思ったが……

 しかし、俺ももう、限界だ。

 ここまで言われて、なお、リシュアに愛を注げるほど、俺はできた人間ではない。


「……わかった。お前がそう望むのならば、父としても騎士としても、ここを去ろう」

「ふん。最初からそうすればよかったのに。でも、行動の遅さには目をつむってあげる。これでもう、うざいパパの顔を見なくて済むんだから。あははっ、今日はお祝いね。ありがと、パパ♪ 出ていってくれて」


 リシュアの冷笑を背に、俺は静かに部屋を後にした。

 自らの剣とわずかな所持品だけを携えて、そのまま国を後にする。


 ……こうして、俺は、実の娘から国を追放されることになった。

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全国のパパさんへ 「お前のためを想って」 「お前のことを心配して」 は使わないようにね。 正論でも嫌われますよ。
まあ、テンプレ
>「愉悦」感を滲ませているような、そんな笑みだ。 「愉悦」とは、うれしく思うこと。 「優越」とは、他よりすぐれていること。他より大きな権限を持つこと。 文意に沿うならば、 「優越」感を滲ませているよう…
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