伯爵令嬢、「おもしれー女」と言われたいがために超一流のピエロになる
伯爵家の令嬢グリナ・ローエンは邸宅で恋愛小説を読んでいた。
舞台はとある学園。学園一の美男子がクラスの目立たぬ女子に声をかける。
すると話しかけないでとばかりに冷たくあしらわれ、美男子は思わず、
「おもしれー女」
とつぶやく。
ここから二人の恋は始まっていく……。
グリナはこれを読んで胸をときめかせていた。
「いいわぁ……。私もこういう恋をしたい……」
グリナも波打つ金髪とルビーのような紅い瞳を持つ美少女で、「綺麗だ」「素敵だ」のような言葉はかけられたことがあるのだが、「おもしれー女」と言われたことはなかった。
本を読み終えたグリナはさっそく父の元に行く。
「お父様!」
「ん、どうした?」
「私、『おもしれー女』と言われたいのだけど、どうすればいいかしら?」
「面白い女? だったらピエロになればいいんじゃないか?」
ピエロは派手なメイクと数々の芸を駆使し、人々を笑わせるための存在。
つまり、面白い存在といえる。
「それだわ! お父様ありがとう!」
グリナの人生の方向性が定まった瞬間であった。
***
グリナはハンスというピエロが住む家を訪ねた。
「ワタシに弟子入り?」
「はい! 調べたら、この国一番のピエロはあなただと聞きました!」
ハンスは確かに一流のピエロであり、彼の元を卒業した芸人はいずれもそれぞれの業界で活躍している。
グリナが彼に弟子入りするという判断は正しいといえる。
「しかし、君は見たところいいところのお嬢様だろう? なぜピエロになりたいんだ?」
「『おもしれー女』と言われたいからです!」
「……分かった。まずはこれをやってもらおう」
ハンスは大きなボールを用意すると、その上に飛び乗り、器用にダンスを始めた。
「玉乗りだ。これぐらいできないとピエロとはいえんからねえ」
「いきなり玉乗りですか……!?」
「嫌ならいいんだよ。弟子はもう間に合ってるしね」
「……」
グリナは少し考えてから答える。
「やらせて下さい!」
さっそくグリナは玉乗りの練習を始める。が、素人が上手くいくはずがない。
何度もバランスを崩し、転ぶはめになる。擦り傷ができることもあった。
むろん、ハンスにも魂胆があった。
(貴族のお嬢様がちょっとピエロに憧れたってところだろうが、そんな暇潰しに誰が付き合うか。早く嫌になって帰っちまいな)
ハンスは最初からグリナを弟子にするつもりなどなかった。
いきなり無理難題を吹っかけて、彼女にピエロを諦めさせる腹づもりだった。
ところが――
「もう少しなのになぁ……」
何度転んでも、グリナは決して諦めない。
「確かハンスさんはこうやって……」
徐々にコツを掴み始める。
ついには――
「で、できた……! よたよたしてるけど、乗れましたぁ!」
満面の笑みで玉の上に乗ってみせるグリナ。
これを見てハンスも驚愕する。
(たった半日で玉乗りを成功させてしまうとは……。いや、驚くべきはそのハートだ。決して諦めない心、傷だらけになっても笑顔を見せる心、彼女はピエロに必要なものをすでに備えている!)
ハンスはグリナに近づく。
「見事だ、グリナ」
「ハンスさん……」
「君を弟子にしよう。君を最高のピエロ――“面白い女”にしてみせる!」
「よろしくお願いします!」
グリナのピエロへの道が幕を開けた。
***
――ハンスの指導は厳しかった。
「手を止めるな! ジャグリングはリズミカルに!」
「はいっ!」
「玉乗りしながらラッパを吹くんだ!」
「こ、これは難しい……」
「ピエロはトークもできなければならん! トーク技術を磨け!」
「磨くのは歯だけにしたいです~!」
「うん、なかなかいい返しだ!」
しかし、グリナも懸命に食らいついた。
ハンスの弟子になっても一ヶ月もすればその九割以上が辞めてしまう。
だが、グリナは“一割以下”の方だった。
一ヶ月経っても辞める気配はなく、二ヶ月、三ヶ月と時は流れ……。
一年も経つ頃には、グリナは立派なピエロとなっていた。
顔に派手なメイクをし、ピンク色の道化服を着たその姿は、どこから見てもピエロそのものだ。
もちろん、見た目だけでなく――
「グリナ、君にはワタシの持てる全てを伝授した。何も教えることはない。あとは君自身の翼で羽ばたくのだ!」
「ありがとうございます、師匠!」
グリナはパフォーマーとして国のあちこちで活躍した。
「小市民のみんなー! 元気かなー? 今日も私の芸で笑っていってねー! ただし苦笑いはダメだぞー?」
群衆が盛り上がる。
今やグリナの芸は完全にハンスを超えていた。
玉乗り、ジャグリング、手品、一輪車、楽器演奏、トーク、あらゆる芸が高水準で、彼女が行くところにはたちまち笑いの花が咲く。
グリナの芸で笑って手術を受ける勇気を得た、グリナのおかげで自殺を思いとどまれた、といった客もいたほどだ。
そんな日々が続き、師匠であるハンスが話を持ちかける。
「グリナ、君を宮廷道化師に推薦してみた。挑戦してみないか?」
「宮廷道化師?」
「王家に仕え、国王や王子を楽しませるためのピエロだ」
宮廷道化師は一見ただ娯楽を提供するだけの職に見えるが、その役割は重要である。
国を支配する王家を楽しませることは、そのまま国全体の活性化に繋がる。
とある国では、とにかく短気で戦争したがりの国王を宮廷道化師がなだめ続け、平和を保ったという逸話もある。
ピエロとしては最高峰の職業であることは間違いない。
『おもしれー女』を目指すグリナはすぐに返事をする。
「やってみます! 私のせいで王様たちが笑い死にして、国が滅んじゃったりして!」
こんな時にもおどけてみせるグリナを、ハンスは「君こそ最高のピエロだ」と称賛した。
***
宮廷道化師になるための試験はシンプル。
王家の面々の前で芸を披露して、認められれば採用となる。
国王、王妃、王子、王女、重臣……そうそうたるメンバーが見守る中、グリナはいつも通り芸を始める。
「はいはーい、グリナの芸を始めまーす!」
グリナはいきなり玉乗りを披露する。
「私は玉に乗るのが仕事だけど~、王様は国民の上に乗るのが仕事! 私は人々からおひねりをもらうけど~、王様は税をもらうのが仕事! よく似てますよね~!」
笑いがこぼれる。
一歩間違えば不敬扱いされてもおかしくない紙一重のトークで王家を楽しませていく。
場が温まったところでとっておきの芸を繰り出す。
玉に乗りながら右手に持ったラッパを吹き、左手では小さなボールをジャグリング、さらに頭では独楽を回すという、ハンスでもできない凄まじい芸だった。
これには王家も大盛り上がり。グリナの採用はあっさり決まった。
グリナは名実ともに王国一のピエロになったのだ。
そしてグリナはようやく、というか今更、あることに気づく。
(もしかして、私って方向性を間違えてたんじゃないかしら……!?)
今の自分は明らかに、恋愛小説で見た「おもしれー女」とは違う「面白い女」になっている。
しかし、それもいい。それもまた最高のピエロじゃない。
グリナはとことんピエロ道を突き詰めることにした。
***
グリナが宮廷道化師になってからというもの、王宮は常に笑いが溢れ、明るい雰囲気になった。
国王も寛容な政策を施すようになり、おかげで国中が盛り上がった。
そんなグリナを特に気に入ったのが、王太子ラーズ・ド・リデイルだった。
毎夜のようにグリナを自室に呼び出し、芸をさせたり、トークをさせたりする。
時には――
「僕は次期国王としてやっていけるか不安なんだ……」
「不安になんかなる必要ありませんよ! だって誰もあなたに期待してませんもん!」
「フフッ、君の忌憚のないトークを聞いてると元気になるよ」
「あら嬉しい! でも元気になったなら現金が欲しいですねえ!」
「じゃあ、金貨をあげるよ」
「ワーイ、金貨をもらった! ……って、ホントにあげてどうすんですか! この税金無駄遣い野郎!」
ノリツッコミまで使いこなすグリナ。
日頃から世辞しか言わない取り巻きに囲まれていたラーズにとって、容赦なく罵声を浴びせてくるグリナは新鮮だった。
「君は面白いな」
「面白い!? やったぁ、嬉しいです!」
そしてしばらくして――
「君はローエン家の令嬢だという。家柄も申し分ない。結婚しないか」
「いいですよ。しちゃいましょう!」
プロポーズされ、グリナは王太子妃の座をゲットしたのであった。
結婚式は教会で盛大に開かれたが、グリナはもちろんウェディングドレスなど着なかった。
「ピエロがそんなもん恥ずかしくて着られませんよ!」
道化服で結婚式をやる方がよほど恥ずかしいだろうと出席者は大爆笑。
「玉乗りしてたら、玉の輿に乗っちゃいました! イェ~イ!」
ダブルピースでこんなギャグまで飛び出し、式場は笑い声で満たされる。
招待されていたハンスは、「立派になったな。君は史上ナンバーワンのピエロだ」と最大級の賛辞を口にした。
貴族令嬢としてもピエロとしても最高峰まで上り詰めたグリナ。
しかし、そんな彼女も父親にこう言われた時は――
「まさか、お前が殿下に見初められるとはな。おめでとう。だけどお前、どうしてピエロなんかになったんだ?」
「お前が勧めたんだろうが!!!」
さすがにブチ切れたという。
完
お読み下さいましてありがとうございました。