師匠・ヴァレンティナ
魔法や格闘に関する情報を色々調べましたが、調べれば調べるほど色々勉強になります
ヴァレンティナの修行はとにかく『体で覚えろ』というスタンスだった。
しかし、決して根性論などではなく、理屈も併せて説明してくれる。
例えば、体術に関していえばどのようにすれば目にも止まらぬ速さで動くことが出来るのか?
これも純粋な身体能力に限った話では無い。
踏み込みの瞬間、その一瞬だけ足に魔力を込めて長距離を思いっきり勢いをつけて飛んで移動するイメージ。
これは一般的な武術の言い方で「瞬動法」や「縮地法」という名で知られているらしい。
理屈は理解できた。
脚に魔力を溜め、目的の距離まで一気にジャンプするような感覚だ。
だが、理論を理解出来たからと言って実践が可能かと言われるとこれはまた別の問題だった。
最初は5mの程度の距離から始めたが、練習を始めて2週間ほど経っても未だに達成する事が出来ずにいた。
またその程度の距離を移動できたとしても一瞬で移動している様に見えていなければ意味が無い。
それは瞬動法とは呼べない。
ヴァレンティナ曰く瞬動法は戦闘技術として最低限身につけないとこの世界で生きていくのは厳しい言われており、更に言うなら瞬動法はより上の段階の技術として『虚空瞬動』という、虚空を蹴りつけ移動する技術もあるのだとか。
だからヴァレンティナ曰く「瞬動くらいさっさと覚えろ」との事。
魔法に関しても基本的な事は自分でも学んできたが、シルフェッド大森林にいる魔獣と戦うには圧倒的に火力不足との事だ。
確かに火力不足に関しては先日のワイルドホーンと戦った際に嫌と言うほど実感した。
僕が何発も放った炎の6弾はほとんど聞いていなかったのに、イザベルさんの放った黒の雷では一撃で黒焦げにしてしまったのだから。
しかしヴァレンティナ曰く、これに関しては使った魔法の種類が全てではないという。
魔法の火力はその術者の魔力の最大値に比例して威力が増大するものだとか。
それはつまり見方を変えれば、僕の魔力の総量の少なさを示している。
魔力の総力を上げるにはとにかく地道に集中力をキープする事だそうだ。
そうする事で徐々に魔力は増えていくらしい。
これは言ってしまえば器械体操の選手が毎日柔軟を繰り返すのに似ている。
とにかく地道に時間をかける事が地味だが最も正確なのだそうだ。
だが、ヴァレンティナが言うには「地味に、真面目に、丁寧に育てている暇など無い!」との事なのだ。
ではどうするのか?と尋ねてみたら「荒療治だ」とだけ言っていた。
そのやり方は単純なものだった。
本人の魔力を可能な限り放出し続け、魔力を枯渇させる状態にし、その反動で超回復させる。
ただこれだけだ。
しかしこの「魔力が枯渇している状態」というのが危険な状態らしく、あまりお薦め出来るやり方ではないらしい。
が、僕は吸血鬼であり、今現在不老不死の状態にある。
死ぬことが無いと分かっているから可能なトレーニング方法と言う訳だ。
で、ここで別の問題が浮上してくる。
僕の現在の魔力総量が少ないと言えども、魔力を大量に消費できるような魔法を習得していないのだ。
という事で魔法の方も色々と覚えるという難題に取り掛かっている状態だ。
等々、やる事を挙げればキリがないのだが……。
「そんなところで何を休んでいるんだ小僧?」
「あ、ヴァレンティナとヴィンセントさん」
というとヴァレンティナは眉間にしわを寄せる。
「ふん。気に食わんな」
「え?」
「何故貴様はヴィンセントには敬称を付けて、私には呼び捨てなのだ?なんだ?私には敬意を払っておらんとでも言いたいのか?」
「いや、そういうつもりは……」
と言い淀むとニヤリと笑うヴァレンティナはこんな事を言い出した。
「そうだ。私は貴様に修行をつけてやっている身だ。尊敬の念を込めて『師匠と呼ぶが良い』」
「えっと、それは…」
「なんだ?嫌だとでも言うのか?」
ふてくされたような顔をしている。
「い、いえ、師匠……」
「ふふふ。師匠。良い響きだ」
ここ最近では見た事ないくらい上機嫌になっている。
「では、弟子よ。早速だが師匠として貴様に命令する」
「は、はぁ、何?」
彼女はご機嫌のまま僕のベッドの上に腰かけて右足を差し出す。
「足を舐めよ」
「……………………………………………………………………………………………」
とんでもない事を言い出した。
驚き半分、呆れ半分で1行全て三点リーダーで埋めてしまった。
そんなに嬉しかったのだろうか?
彼女は「ほれ、早くせい」と右足をぷらぷらと揺すっている。
これはしなきゃいけないやつなのかなぁ……。
「ヴァレンティナ様。そろそろお戯れをお止めください。ハルト様もお困りでございます」
と、僕が困っているとヴィンセントさんが口をはさむ。
ヴァレンティナは「ふん」と少し拗ねた表情を見せる。
「他愛もない冗談だ。本気にするな。足など舐められたとて何も面白くも無いわ」
そう言うと僕のベッドからぴょんと立ち上がる。
「よいか。私を師匠と師事する以上、中途半端は許さぬからな。強くなるなら徹底的に強くなってもらうぞ。良いな?」
そうだよね。師匠の顔に泥を塗る訳にはいかないからね。
「もちろんだよ。師匠」
「……うむ。分かっておるならそれで良い」
ヴァレンティナは満足気だ。
「今日も修行はしっかり行うからな!送れるでないぞ!」
というと彼女は僕の部屋から出ていった。
「ハルト様」
部屋に残っていたヴィンセントさんが話しかけてくる。
「あんなに楽しそうなヴァレンティナ様を見るのは数年ぶりです。よほどハルト様の事を気に入られていらっしゃるのでしょう。我々もご助力いたしますので何卒ヴァレンティナ様を失望させぬ様、お願い致します」
ヴィンセントさんは柔らかな口調ではあるものの、その言葉尻は少し強く感じるものがあった。
「はい。分かってます。僕にとって彼女は命の恩人です。期待は裏切らない様努力します」
「それは私としても感無量でございます」
というとヴィンセントさんは「では私はこれで」と言い、部屋から出ていった。
そうだ。自分で言って改めて自覚したけど、ヴァレンティナは僕を謎の病を治してくれた命の恩人なんだ。
彼女はそれだけじゃなく、この世界で僕が生きていけるように修行までつけてくれている。
ヴィンセントさんやイザベルさんも協力してくれているんだ。
「……」
強くなりたい。
いや、強くならなくちゃいけないんだ。




