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名剣「ルーナ」

 僕はダルガンさんに向けて手をかざし、魔法を使う時の様に強く念じてみる。

 

「な、なぁ坊主。本当にこれで治るのか……?」

「ダメで元々です。やってみない事には……」


 手の平に魔力を集中させる。

 その魔力を放出するのではなく、いつもとは逆。

 ダルガンさんの魔素と合わせて自らの内に引きずり込むイメージで。

 少しずつ、少しずつ。

 続けている内に何となくコツが掴めてくる。

 やっている内に目も慣れたのか、ダルガンさんの全身を覆っている魔素がはっきりと目に見えて分かる。

 あとはこれを僕の方へ吸い寄せれば……。


―――ズズズズズズッ


「おぉ……少しずつだが身体が軽くなってきたような気がするぞ」

「ほ、本当かダルガン!?」


 始めてから5分。

 恐らく全体の魔素の3割くらいは吸えただろう。

 これを同じ様に続けていけば……。


 それから10分後。

 ダルガンさんの魔素はほぼ全て吸い尽くした。

 

「おぉ!おぉ!軽い!体が軽いぞ!先程までの気怠さが嘘のようだ!」

「ほ、本当か!ダルガン!?本当にもう良くなったのか!?」

「あぁ嘘じゃない!生まれ変わったのかと思うほどに元気だ!……坊主!いや、ノクスと言ったか!礼を言う!おかげさまでこの通り元気になったぞ!」

「ノクス!わしからも礼を言わせてくれ!ダルガンを助けてくれてありがとう!」


 2人は満面の笑みでこちらへと感謝を伝えてくる。


「ところで、ノクスは一体どんな治癒魔法を使ったんだ?」

「僕が使ったのは治癒魔法ではありません」

「なに?なら何をしたんだ?」

「ダルガンさんの体内に滞留していた魔素を僕が取り込んだだけです」

「なんだと!?魔素を取り込んだだと!?じゃ、じゃあノクスは俺の身代わりになっただけなんじゃ……!?」


 ダルガンは驚愕した様子でこちらに詰め寄ってくる。


「ダメだ!いくらわしが元気になったからといっても、それじゃあ今度はノクスの身体が……!」

「い、いえ。大丈夫ですよ」

「大丈夫ったって、お前……」


 ここまで来たら正直に話してしまおう。


「僕、実は人間では無いんです」

「人間では無い……?まさか、魔族という事か」

「正確に言えば『元人間の吸血鬼』なんです」

「元人間の……そうか。お前さん、吸血鬼に噛まれたのか」

「はい。8年ほど前の話です」

「そうだったのか……だから魔素を身体に取り込んでも平気だと……」

「はい」

「そうか……いや、お前さんの正体がなんだろうと命の恩人である事に変わりはない。この礼はしっかりさせてくれ。」


 ニカッと笑顔を見せるダルガン。

 

「さ~て!早速鍛冶場に戻るとするか!」

「おいおいダルガン。もう戻るのか?一日くらいゆっくりしても……」

「何言ってんだ!ノクスは俺に武器を作ってもらいたくてここまで来たんだろう?だったら俺がする事は一つしかねぇじゃねぇか!」


 そう言うとダルガンは鍛冶場へと出かけて行った。


「ったくダルガンのやつ!張り切り過ぎだっての!さて、わしもダルガンの手伝いにいくとするかな。ノクス、刀が完成するまで丸一日はかかる。その間はこの街に滞在すると良い。出来たら呼びに行くからよ。宿でも取って気長に待っててくれ」

「はい。分かりました」


 そう言うとネルドさんも出て行ってしまった。

 ……家、カギ閉めなくていいのかな?なんて余計な事を考えてしまう程度には心に余裕があった。

 ダルガンさんの病が解決できるもので良かった。

 さて、僕は明日明後日くらいまでひまになっちゃったし、宿屋にでも行くか。

 世界一の鍛冶師が作る僕の剣。

 どんなものになるのか楽しみだな。









 それから三日後の早朝。

 ネルドさんが宿屋まで僕を呼びに来た。

 

「ノクス!起きてるか!?ついに出来たぞ!お前さんの専用の武器が!」


 僕はネルドさんと共に鍛冶場まで駆け足で向かった。

 鍛冶場に着くとそこには一振りの剣を持ったダルガンさんと同じ鍛冶場の職人さん達と見られるドワーフが集まっていた。

 

「ダルガン!ノクスを連れて来たぞ!」

「おお!ノクス!こっちだ!」

「おはようございます。ダルガンさん」


 僕がダルガンさんの近くまで駆け寄ると他の職人さん達もニコニコしながら話しかけてくる。


「この子かい?ダルガンの病を治しちまったって言うのは」

「へぇ~。どんな人かと思いきやまだ子供じゃねぇか」

「バカやろう。そんな失礼な事をいうんじゃねぇ。ダルガンの恩人だぞ」


 賑やかな雰囲気になっていた所にダルガンが一度「ゴホンッ」と咳払いする。


「話が盛り上がっているところ悪いが、今日の主役はコイツだ」


 そう言うとダルガンさんは両手で大事そうに抱えている一振りの剣を僕に差し出す。

 僕はそれを受け取ると「鞘から抜いてみろ」という。

 言われた通り鞘から刀身を引き抜くと神々しいほどに美しい白銀の刀身が現れる。

 朝日を受けて眩いくらいに輝く神秘的な剣。

 これが。

 これが僕だけの剣。

 

「この剣にはな、ある特別な金属を使っていてな。その名を『ヒヒイロカネ』というんだが、聞いた事はあるか?」

「いえ、初めて聞きました」

「そうか。俺も詳しい事は知らんがヒヒイロカネっていうのは赤い金属という意味らしくてな。加工する前の状態はその名の通り赤い金属なんだ。だが、その剣。今は白銀の刀身をしているだろう?何故だと思う?」


 僕は「分かりません」と答えるとダルガンさんは「素直で宜しい」と返した。


「いいか、ノクス。今からその剣を自分の身体の一部だと思いながら刀身に魔力を纏わせてみろ」


 僕は言われた通り、剣に魔力を纏わせる。

 すると刀身は真っ赤に輝きだした。


「……これは」

「これが、ヒヒイロカネが赤い金属と呼ばれる所以だ」

「……凄い」


 僕はただただ感動していた。

 元の白銀の刀身も心を奪われる様な美しさがあったが、魔力を込めた際の真っ赤な刀身も人の心を魅了する妖艶さがある。


「さて、感動しているところ悪いが、一つだけ問題が残っていてな」

「問題ですか……?」

「あぁ、実はな、この剣……まだ名前が無いんだ」

「名前が……」

「おう。なんてったってさっき出来上がったばかりの生まれたてだからよ。人の子と同じよ。生まれたなら名前を付けてやらなきゃならねぇ。で、通常はその剣を作った鍛冶師が名前をつけるんだがよ。こいつは完成形を見た上で、俺らが名付けして良い代物じゃねぇって話になったのよ」

「……」

「だからよ。ノクス、突然で悪いんだがそいつの名前、考えてくれねぇか?」


 僕の剣の名前。

 おそらく今後冒険していく上で一生の相棒になるであろう存在。

 何て名付けたら良いんだろう。

 普段は白銀で、魔力を込めたら真っ赤に染まる……。

 

 そういえば昔、日本に居た時にテレビで見た事がある。

 普段は真っ白く浮かぶ月が、特別な条件が揃う日にだけ真っ赤に輝いて見える事があるって。

 確か『ブラッディムーン』とか言うんだっけ?

 赤くも白くもなれる『月』、それをこの世界の言葉にすると……。


「ルーナ……」

「ルーナ……。『月』って意味か。うん。良いんじゃねぇか?月といえば夜!ある意味、お前さんにもピッタリの名前だな。それじゃあ決まりだ!そいつの名前は今からルーナだ!」


―――うおおおおおおおおおおおお!!!


 朝っぱらから工場に響く男たちの大歓声。

 僕は刀身を天に向けて、深く心に誓った。

 今日から宜しく。相棒。

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