カレンと訓練
ルクセリア城のもてなしは本当に素晴らしいものだった。
キングサイズのふかふかなベッド。
僕個人への専属メイド。
一日三回の豪勢な食事。
一着で金貨数十枚はするのであろう高級服。
いたれり尽くせりとは本当にこう言う事を言うのだろう。
もうずっとここにいても良いかな~なんて考える事も何度もあった。
でも流石にいつまでも好意に甘える訳にはいかない。
そろそろ旅立ちの時を考えなければならない。
と、そんな事を考えているとコンコンと扉をノックする音がする。
この音は恐らくメイドさんだろう。
ノックの音だけで誰か判断できるくらいにはここの生活に甘えさせて貰ってる。
うん。
間違いなく悪い方向に成長しているな。
「失礼致します、ノクス様。カレン師団長がいらっしゃっております」
「おはよう。失礼するよ、ノクス」
部屋に入ってきたカレンはズボンに薄手のタンクトップ一枚のラフな格好だった。
「おはよう、カレン。今日はどうしたの」
「どうしたもこうしたも無いさ。今日は非番なんだ。少し剣の練習相手になってくれ」
「ははは。ホント真面目だよね、カレンは」
「そんな事はない。師団長として当たり前の事をしているだけさ」
そういう所が真面目だと思うんだけどなぁ。
本人の中では違うんだろうな。
「じゃあ準備出来たら演習場まで来てくれ。私は先に行って待っているよ」
「分かった」
さて、剣の相手だったな。
とりあえず動きやすい格好の方が良いだろう。
下は動きやすそうなズボン。
上はTシャツでいいか。
え~と、演習場にはどう行くんだっけ?
「あの、メイドさん」
「はい。演習場までご案内しますね」
本当に有能なメイドさんだ。
メイドさんに連れられ演習場に着くと、カレンは既に一人で素振りをしていた。
「カレン、お待たせ」
「あぁ、こちらもちょうど身体が温まってきたところさ」
「そう。僕も準備運動くらいさせてくれ」
お互いに準備が出来、ではそろそろと向かい合って対峙する。
「………………」
「………………」
無言のまま、互いに相手から目を離さない。
一挙手一投足を見逃さないように。
―――シュッ!
先に動いたのはカレンだった。
瞬動法で僕の背後に回る。
が、彼女の動きはしっかり目で追えている。
カァン!と互いの木刀が当たる音が鳴り響く。
ここからはお互いに動きの読み合いだ。
互いに瞬動で飛び交い、その度に砂埃が舞い上がる。
時間にして約10分弱といったところだろう。
カレンの体力が先に尽きて、地面に背中からバタンと倒れこむ。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
「……一旦休憩にしようか」
「はぁはぁ……そ、そうだな……はぁはぁ……」
瞬動で動きっぱなしのまま3分以上戦闘を続けられる人間が果たしてこの世に何人いるのか。
そう考えるとカレンは人間の中では十分超人の域に入る実力者だ。
決して弱くはない。
では何故僕は10分近く瞬動で動き続けて息一つ乱れていないのか。
答えは一つだ。
ティナによる地獄の特訓の成果だ。
少なくとも30分以上は瞬動で動き続けたとしても息は切らしたりする事はない。
最低でもそれくらいは出来ないとすぐにやられるぞ、と聞かされ続けて来たからだ。
恐らく真祖の吸血鬼のポテンシャルがなければ成しえなかった結果だとは理解しているけど。
今のカレンの様子を見ていると実感する。
普通の人間の限界と真祖の吸血鬼の限界の差を。
「……はぁ。さぁ、もう一勝負いこうか……」
「え、もう?まだ息を切らしてるじゃないか」
「……無理は承知さ……限界を超えてこそ……人は成長できるというものだ」
「……分かった。やろう」
もう一勝負やって、カレンがぶっ倒れる。
もう一勝負やって、カレンがぶっ倒れる。
もう一勝負やって、カレンがぶっ倒れる。
今日一日で4、5回この流れを繰り返した。
本人はまだやりたがっていたが、休息を取るのも修行の内だと伝えると渋々納得した。
因みにこれはヴィンセントさんからの受け売りだ。
ティナは休憩の事なんて絶対に考えてなかった。
やり始めたら僕がぶっ倒れるまで延々と続けたからな。
あ、ある意味今のカレンと同じか。
「はぁはぁ……悔しいな……」
「ん?」
「これでもさ……由緒正しきルクセリア騎士団の……師団長だっていうプライドというか……自負はあるんだ……」
「うん……」
「私は息を切らして……ぶっ倒れてるって言うのに……君は息一つ……切らしていない……」
「……」
「こんなにも差があるんだなと……まざまざと見せつけられたよ……」
「……」
「はぁ……悔しいな……はははは……」
彼女は腕で目元を隠したままぶっ倒れていたから真偽は分からないが、もしかしたらだけど、泣いていたような気がした。
「な~に弱気になってんすか師団長!」
「あんたは俺たちのリーダーなんだぜ!」
「しっかりしてくれないと俺らが困っちまうよ!」
おや?いつの間にやらギャラリーが大勢いた様だ。
「はぁはぁ……そうだな……私はお前たちのリーダーだ……こんな事で……へこたれてる場合じゃないな……」
そう言うと疲れ果てた身体を自力で起こすカレン。
「おっしゃー!その調子だぜカレンちゃん!」
「おい坊主!あんま俺らのカレンちゃんボコしてくれてんじゃねーぞ!」
「ほらほら!カレンちゃんはやる気だぜ!俺らじゃ敵わねーからよ、相手してやってくれよ少年!」
「カレンちゃん言うな!!!師団長と呼べぇ!」
大声を出してスッキリしたのか、ゆっくりと立ち上がるカレン。
「最後にもう一勝負、受けてくれるか?」
「勿論」
その最後の一勝負は、今日戦った中で一番熱が入った打ち合いだった。
カレンの年齢は20代前半です。
ほとんどの部下よりも年下です。
良い仲間に恵まれましたね。




