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修行の日々

この辺から様々な魔法が出て来ます。

魔法の詠唱を考えるのって難しいと改めて感じています。

「準備は良いか?では始めろ」

「はい。…ハァアアアアアアア!」


 僕は右手に可能な限りの魔力を溜めこむ。

 身体を纏っていた魔力が右手の平に集中していく感覚。

 右手は標的となる大岩に向けている。

 そのまま僕は魔法の詠唱を開始する。


「煉獄より生まれし黒炎よ。地獄の業火で燃やし尽くせ!『漆黒(二ジェリ)()業火(インフェルノ)』」


―――ドォオオオオオオオオオオオオオン!


 僕の右手から放たれた黒炎は大岩に向かって真っすぐに放出され直撃した。

 激しく燃え上がる炎は大岩とその周囲を激しく燃え上がらせた。

 しかし…。


「全然ダメだな。話にならん」


 ヴァレンティナはやれやれとため息交じりに否定した。


「『漆黒(二ジェリ)()業火(インフェルノ)』の様な大技を使ってこの程度の岩を消し炭に出来んとは。まだまだ魔力のコントロールが未熟な証拠だな」

「……申し訳ありません。師匠(マスター)


 ヴァレンティナが指をパチンと鳴らすと残っていた黒炎は強風に吹かれたかのように綺麗に消え去った。


―――詠唱破棄。


 魔法を指導する際に発動のきっかけとなるキーが本来必要なのだが、それを省略して魔法を発動する技術の事である。

 熟練の魔導士にしか出来ない高等技術である。


「これではまだ実践など以ての外だな。今日の修行は魔力のコントロールだけに集中しろ!」

「分かりました」


 目を瞑り胸の前で合掌し、魔力のコントロールだけに集中する。

 そんな僕の様子を遠巻きに眺めていた師匠(マスター)とヴィンセントさんの会話が薄っすらと聞こえてくる。


「……」

「なんだ?ヴィンセント。何か言いたい事でもあるのか?」

「いえ。(わたくし)は何も…」

「そうか。なら良い」

「はっ」

 

 魔力の集中するには『心を無にする事が大事』だと過去にイザベルさんから教わった事があった。

 元の世界でいう、お坊さんや修験者の人達が『坐禅』を行うのと同じ様な感覚なのだろう。

 僕は屋外で直立したままやっているが。


 神経を研ぎ澄ませる事によって魔法の精度を上げる。

 その為に魔力のコントロールを的確に行う。

 ただそれだけの事である。

 しかし、これが中々難しい。

 修行を始めて幾ばくかの時間が経ったのだろう。

 これまで修行の中で師匠(マスター)から褒められた事など一度も無い。

 せいぜい言われて「まぁまぁだな」程度のものだ。

 

「おい、小僧!魔力の流れが乱れておるぞ!集中せんか!」

「はい!すみません師匠(マスター)!」


 この日は一日魔力のコントロールを行う修行のみで終わった。

 魔力の流れを完全に掴むまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 それにしてもこの修業は本当に疲労が溜まる。

 数十分程度行っただけでも全身から滝の様な汗が噴き出す。

 幸い、この宮殿には浴室があるのが唯一の救いか。

 そういえばトイレが無いのは驚いたが、吸血鬼となった僕自身も含めてこの宮殿の中で従事している魔族は排泄を行う種族はいないらしい。

 何にせよ一日の疲れをお風呂で癒せるのは有難い限りだ。




 翌日。

 この日もまた準備運動代わりに魔力のコントロールから修行は始まった。

 1時間ほど魔力の集中を行った後「今日は先日の大岩を浮かせてみろ」という課題を出される。

 物を浮かせる魔法は確か初級の呪文の中でも基本の一つに数えられる魔法だ。

 しかし、このサイズの大岩となると話は変わってくる。

 大岩のサイズは高さ10m弱、幅も6mはあるのではないだろうか。

 いやぁ。

 これは流石に持ち上げられる気がしないなぁ…。


「おい、どうした。早くやれ」

「はい」


 これはもうダメで元々だ。

 集中力を切らさずに持ち上げるイメージをしっかり持って…。


「風の精よ、我が力となれ。浮遊(トリスティーク)


―――グググ……。

 

 僅かに。

 僅かにだが浮いている事は分かる。

 おそらく1cmくらいは浮いているはず。

 だが、これ以上は…無理そう…!


―――ズズゥン!


「はぁはぁ……」


 俺は膝に手をついて大きく呼吸をする。

 でも僅かにだけど持ち上げられた!

 多分20~30秒程度だけど。

 どうだろう。

 師匠(マスター)の反応は…。


「ふむ。まぁまぁだな」


 結構頑張ったつもりだったけど「まぁまぁ」か…。

 最近分かってきたけど、もしかしてだけどヴァレンティナにとって「まぁまぁ」って褒めているつもりなのかな?

 だったら良かったけど…。

 

「はっ!あの程度の岩を数十秒持ち上げた程度でずいぶん疲れているではないか」

「いや…これ…結構疲れるって…」

「それは貴様がまだまだひよっこだという事だな。もっと修行に励め」

「はい……師匠(マスター)…」

「ほれ、早く立て。今日はまだあの岩を持ち上げただけだ。さっさと次の修行に移るぞ」

「……」


 ヴァレンティナはものすごく良い顔をしていた。

 どこか満足気なのは何故だろう。


「さぁ次は体術の修行だ。まずは瞬動(しゅんどう)を見せてみろ」

「はい…」


―――しゅっ!ザッ!


 腕を組みながら眺めていた師匠(マスター)は特に顔色を変えずに、


「ふむ。5mちょっとくらいか。おい小僧。一回の瞬動(しゅんどう)()()()()最大距離を移動してみろ」

「分かりました」


―――しゅっ!ザッ!


 僕は今行ける最大距離を移動した。


「それでも8mちょっとか。まだまだだな」


 瞬動(しゅんどう)を教わった当初に比べればだいぶ移動できるようになったつもりだったのだが、生憎ながら評価されるほどではなかったようだ。


「今後はこの瞬動(しゅんどう)を最低でも20mは移動できるようになれ。それが最低合格ラインだ」

「……分かりました、師匠(マスター)


 今出来る限界の倍以上を求められてしまった。

 数か月は修行を続けてきてやっとここまで伸ばせたと思ったのに…。

 

「なんだ?不満でもあるのか?」

「いや不満では無くて、本当に出来るようになるのかなぁって…」


 ヴァレンティナは「はぁ」と大きなため息交じりに言う。


「貴様は何を言ってるんだ?出来るに決まっているだろう。貴様は吸血鬼の真祖たる我が眷属なのだぞ?ポテンシャルだけならばこの世界中の魔族、魔王、人類まで全て含めて10本の指に入ると思って良い。そんな貴様がこの程度の事、出来ぬ訳がないだろう。自信をもて。貴様はこの私が責任をもって世界でも指折りの大吸血鬼にしてやる!何も心配するな」


 そう語る彼女の顔はとても凛々しく、僕は一瞬ドキッとしてしまった。

 

「う、うん……分かった……」


 僕は咄嗟に顔を背けて答える。

 今の自分がどんなニヤケ面になっているか容易に想像出来る。


「ん?どうした?何故こっちを見ぬ?ん?どうした?こっちを見ろ小僧」


 悪意100%でつらつらと言葉を並べて問いかけてくるロリ吸血鬼。

 たかだか10歳そこらの心情などバレバレなのであった。


「はっはっは!貴様の考えている事などお見通しだ。今更照れるな」


 そう言うと彼女はニヤケ面を近こちらに近づけてくる。


「いいか?私は見た目こそ同じくらいの背格好だが、実年齢は貴様の数百倍は生きておる。色んな経験もしてきた。良い物も、悪い物も、色々な。貴様もこれから色々な経験をしていけば良い。焦る事はない」


 そういう彼女の顔はどこか哀愁漂う雰囲気があった。

 きっと僕には想像できないような経験もしてきたんだろう。

 だが、僕の知る限り彼女は人前で弱さを見せた事はない。

 強い吸血鬼(ヒト)だ。

 僕はきっとそんな彼女に惹かれたんだろう。

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